南三陸町市街地
殺人ソーラービーム。お礼を求めぬ案内人。緩やかにカーブを描いて。
運転手に青春18切符を見せて降車した。
「あ、つ……」
志津川駅には強烈な西陽が射していた。六時だというのに暑くて溺れそうだ。
三ツ葉はダークグレーの登山帽をかぶっていた。
「あれ、三ツ葉、いつの間に」
「陽射しがあるから、一応ね。私、陽が出てないときはかぶらないタイプだから。てっきり依利江も同じタイプだと思ったけど、依利江はかぶらないの?」
「かぶらないの? って、わたし持ってきてないんだけど」
そう言うとあからさまに嫌な顔をされた。普通は持ってくるでしょ。そう言ってるように見えた。
「安物でもなんでも、どっかで買わなきゃね。死ぬから」
死……。
夏の日光って、そんな恐ろしいものなのだろうか。
肩の荷が重い。たぶんこれは精神的なものなんだろうと思う。考えなきゃいけないことが山ほどありすぎる。目先の悩みとして、ホテル観洋への道だ。一体わたしたちは何分間歩けばいいのだろう。
「駅に直結してるのが、南三陸町さんさん商店街です」
「結構賑わってるんですね」
「アイス屋、ラーメン屋、海鮮丼。観光地の側面っちゅうのもありますが、近隣住民も利用するんでね。文具屋、電機屋、床屋に整骨院。日用の買い物ならここで事足ります。俺もよく買い物する」
「おじさまの住まいはこの近くなんですか?」
「ん? 歩いて三十分ってとこかなあ。林地区っていうね。観洋への行き方、知っとる?」
「国道を辿っていけばいいのかと」
「行けなくもねえが……途中歩道のない箇所があるし、トラックの通りも多い。グーグルマップも頼りにならん。どうだい、せっかくなら途中まで案内しよう」
「そんな、悪いですよ。荷物もありますし」
「なあに、このくらい。お嬢さん方に比べたら」
男性はビニール袋を軽く持ち上げた。
「それに、観洋までの道は、途中まで同じなんだ。なにかの縁だ、志津川市街のこと、なんでも答えるよ。や、なんでもは言い過ぎか。俺と女房の恋路以外だったら、なんでも答えるよ」
男性はひとり大笑いをした。どうも彼の笑いのセンスは個性的で、同調して笑うべきか悩むものが多い。
「ありがとうございます。私たち、初めての被災地だったので、緊張がほぐれました」
「お礼なんていーいって」
二人は歩きながら、雑談を始めた。わたしはその後ろを付いていく。
歩道を歩くとじゃりじゃり音がした。きちんとアスファルトで舗装されている道なのに。よく見ると細かい砂粒が舗装の目に詰まっていて、白っぽくなっている。
ガードレールを挟んだ車道をダンプトラックが走ると、白い砂塵が舞った。じゃりじゃりするのは、トラックに満載した土が落ちたり、かさ上げした部分の土が風に飛ばされて、道路にうっすら積もっているからだと思う。
「盛土、すごい量ですね」
「あっちゅう間よ。新市街のほうはかさ上げ済んで、そろそろ店が建つよ。来年(二〇一七年)の三月だったかな、さんさん商店街が移設するんだってよ」
「いよいよですね」
「まあ、課題は山積みですが」
南三陸町(志津川市街地)のかさ上げ工事は二〇一四年末から始まった。工事の開始は被災地のなかでも遅いほうだったみたいだけど、それからはまたたく間に景観が一変し、現在に至る。
早さの秘訣は、内陸で開通工事中の三陸自動車道にある。トンネルを採掘する際に発生する土砂を利用することができたため、スピーディに工事が進んでいるみたいだった。三陸道が全通すれば、東京からここまで高速道路を降りずに行くことが可能になる。
盛土の一部は真黒いアスファルトの舗装が進められている。巨大なロードローラーが緩やかにカーブを描いて登っていく道を進んでいる。新しい道から蒸気がしゅうしゅう上がっていて、油の臭いが立ち込めている。
今歩いてる道も新しい道も同じアスファルトなのに、まるで別の材質のように思えた。
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