石ノ森萬画館

中州のUFO。万人の嗜好に合うメディア。龍神沼。

 商店街が終わると、くたびれた橋があった。


 塗装の剥げた手すりのすぐ先に川面がある。変な表現かもしれないけど、川が近くに感じた。手を伸ばせば水をすくえるんじゃないかと思えたくらいだ。もちろんそんなマネはしないし、やろうとしてもすくえっこないけど。

 マンガロードを歩いて大体二、三〇分。終着点は川を渡った先にあった。


「なんだろ、あの建物」

「UFOみたいだ」


 岸辺に白い楕円形の建物がある。三ツ葉の言う通り、UFOが着陸しているように見える。

 これが石ノ森萬画館だ。002やロボコン、ガンツ先生たちが出迎えてくれる。マンガロードはこの博物館のために整備されたものだったのだ。



 さっそく館内に入った。受付の女性を見て、わたしは思わず声を上げてしまった。サイボーグ戦士の真っ赤なユニフォームを着ていたのだ! そうか、これが制服なのか。

 入館料は大人八〇〇円、この観覧券で一階の映像ホールと二階の常設展示室・企画展示室が見られる。常設展示室には石ノ森先生の代表作品に関わる展示がされている。企画展示室では、仮面ライダー四十五周年を記念した〈菅原芳人すがわらよしひとWORKS展〉が開かれていた。


 仮面ライダーで父さんの幼い頃の話を思い出した。当時、〈仮面ライダースナック〉なるものが大流行したらしい。お菓子がおいしかったから買いまくったわけじゃない。おまけのカードを集めまくったのだ。

 何年か前に屋根裏部屋から発掘したのを大喜びで見せてくれたっけか。アルバムは八センチCDのパッケージみたいに細長い形をしていて、バイクにまたがった仮面ライダーが写っていた。カードたちを愛おしそうに眺める父の横顔が印象的だった。ちなみに今はプロ野球チップスのカード蒐集しゅうしゅうに熱を注いでいる。


 ちなみに、この博物館の名前の由来である〈萬画〉は、石ノ森先生自身が発表した〈「萬画」宣言〉から取っている。一階の略歴にそんなふうなことが書かれていた。

 かつてマンガは漫画と書き、単に面白おかしいモノだった。それが手塚治虫の登場により多様なテーマを表現し得る媒体へと成長した。成長した表現媒体の総称として〈萬画〉という呼称を提唱した。

 〈「萬画」宣言〉には以下の条文が掲載している。



   一、萬画は万画(よろずが)です。あらゆる事象を表現できるからです。

   二、萬画は万人の嗜好に合う(愛されるし親しみやすい)メディアです。

   三、萬画は一から万(無限大の意も含む)のコマによる表現です。

   四、従って萬画は、無限大の可能性を持つメディアである、とも言えるでしょう。

   五、萬画を英語風に言えば、Million Art。Millionは百万ですが、日本語の万と同じく「たくさん」の意味があるからです。頭文字を継げればM・Aです。

   六、M・Aは即ち”MA“NGAの意。



 先生の萬画に対する思いは、単に条文に記されているだけではなかった。一階から二階へ上がるスロープに、石ノ森先生の書いた短篇萬画〈龍神沼りゅうじんぬま〉が展示されていた。ただ展示されているだけでなく、この作品を題材に先生のコマ割や描写のテクニックを紹介していた。


 よくマンガを読むわたしだけど、娯楽のために読んでいるのであって、コマ割に意味なんて求めてなかった(ストーリーがわかればいいやって気持ち)。

 しかし萬画家は何気ない一コマにも魂を注いでいる。オノマトペの一つひとつまで。心理描写やストーリーの緊張感ならセリフ抜きで描ける。例えば空白のコマを置くことで時間経過や場面転換を表現するのだ。

 読み手の目じゃまったく気付けない部分を解説文が丁寧に説明してくれている。


「すごいね、石ノ森先生って」

 独り言じみたことを三ツ葉に投げかける。


「依利江、マンガ家になるんだっけ?」

 そんなことを訊いてきた。

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