君の名は。 Another Side:Earthbound

角川スニーカー文庫

第一話 ブラジャーに関する一考察 1 

 窓から差す光が顔に当たる不快で、立花瀧たちばなたきは目を閉じたまま顔をしかめた。

 その、しかめた顔の感触で、意識が覚醒方向に浮上していく。


目覚めはいつも、水の底から水面に向かって浮き上がっていくイメージだ。

庭の木が揺れる音がガラスの窓越しに聞こえて、それが波の音のようだ。


 横たわっている自分の重さを自覚し始める。背中に重力を感じる。このまま目を開けたら、新しい一日がいやおうなく始まってしまう。


 目を開けたくない……。


 しばらくのあいだ、眠りでも覚醒でもない境界の状態に、自分をひたひたと浮かべていた。

この、オンとオフの中間の状態が、なんとも心地よい。

ああ、この時間が永遠にほしい……と思ったそのとき、何か不吉な塊のようなものが、胸の中に、というより胸の上にきざした。


 夢うつつの中で、ぎくりとしたものが意識に差し込まれてきたのだが、それをあえて言葉に変換するのなら、


(今日はどっちだ!?)


 ぎくりとしたはずみで、反射的に、身体を揺すってしまった。その瞬間、全身に猛烈な違和感が襲いかかってきた。

 肉付きがうすすぎて、ゾッとする。

 つまり、自分の身体を構成している筋肉が、がっちりと身体表面を覆ってくれていない感じがして、ひたすらやわらかくて頼りないので、その不確かな感触にぎょっとしたのだ。


「うわあ!」


 あまりの違和感に堪えかねて、瀧は布団を勢いよく撥ねて起き上がった。


 すばやく周囲を見回すと、そこは和室の六畳間だ。

 だいぶん、この部屋も見慣れてきた。

 畳敷きの部屋に、学習用デスクと椅子が置いてある。

初めて見たとき、のび太の部屋みたいだと思った。

畳の上にデスクを置く部屋が本当にあるということにまず驚いた。

もっとも、この部屋は置かれている物の数が明らかに多いから、のび太の部屋みたいに殺風景ではない。

壁には縦長の鏡が立てかけてある。

長押には女子用の制服がかかっている。スカートのプリーツにきっちりとアイロンが押してある。

押し入れを開ければ、衣装箱がみっしり詰まっていて、布団を上げるのに一苦労することを瀧は知っている。


 女の部屋だ。


 窓の外では木の葉が揺れていて、差し込む光も揺れている。

だからこの部屋は、瀧にとってはグリーンのイメージだ。別に緑色の光が差し込んでいるわけではないのだが、雰囲気がグリーンなのだ。


 ひとしきり部屋の状態を見渡すことで、瀧は周囲の現実感と肉体の非現実感をすりあわせようとした。


「またか……」


 状況を理解した瞬間、額から汗が噴き出していた。その汗で、長い前髪が貼り付く。それがうっとうしくて、頭を揺らすと、首の後ろを自分の長い髪が撫でるのを感じてヒヤリとしてしまう。


 目の上に当てていた手のひらをどけて、その手で左腕をつかんだ。

 あまりにもやわらかすぎるその腕の肉の感触に、どきりとする。

こんなにやわらかいのに、ちゃんと腕としての機能を果たしているのが、もう不思議だ。

肌の質感が、筋肉のつきかたが、いや、身体の品質というものが完全に自分の知っているものとは違う。男の身体ではない。


 女の身体だ。

 今日も、またしても、目が覚めたら女の身体になっていた。

 深く息を吸い、ゆっくりと長いため息をついた。

 それだけで、《肺の容量が本来の自分と違う》ということに、気づかされてしまう。


(しんどいな……)


 今日もまた、まる一日、知らない町のいち女子高生として過ごさなければならない。

知らない女になりきって、知らない人々の中で、知らない人間関係をなるべく破綻させず過ごすというのは、とにかくもうストレスだ。


 それに、

(またこの身体がなぁ……)

 扱いづらくて、しょうがない。


 そもそも歩幅が違いすぎるので、苛立つ。

 身体の重心が本来の自分とは違うから、ふらつきやすい。足首が華奢なので、ちょっとよろけたらすぐひねってしまいそうだ。


 足首に限らず、全体的にこの身体は、細いのだ。

 そのへんに適当に手をついたら、腕の骨が折れるのではないかと心配になる。

 どのくらい無理したら壊れるのかが、よくわからないので、恐怖だ。


 そういうことを考えながら、瀧は両手で、細い身体のあちこちをへたへた、さりさりと触りまくった。

《自分は今、自前のものではない身体の中にいる》ということをそうやって触覚で確かめていないと、現実認識を維持できないのだ。


 ひとしきり身体の状態を点検したあと、両手を胸元に移動させた。そして、少し躊躇したのち、パジャマ越しのふくらみをおもむろに手のひらで押した。

 手のひらがごくかすかな抵抗を感知し、弱い弾力をもった胸が、へこみ、つぶれる。


 すべての指を曲げて、ふくらみを軽く握ってみる。


 うむ。

 結構、ある。


 決して巨乳ではない。

 ぼよんぼよんだの、たゆんたゆんだの。そういう感じではない。

 手のひらできゅっと持ち上げて、ぱっと手を離し、ぼんと落ちるような質量感もない。


 しかし、

(おお、おっぱいだ)


 と納得し、深くうなずけるくらいには、充分にある。


 うむ。

 充分だ。

 これだけあれば、触った感じ、わりと嬉しい。


 真剣な顔をして、瀧はおっぱいを揉んでしまう。

 これをやっていると、なぜだかわからないが妙にリラックスする。

 とんでもない今の状況が、ジョークみたいに思えてきて、「気楽にやれよ」と誰かに言われているような気分になる。


 胸を揉みながら、頭の中で、「おっぱいおっぱい」とつぶやいてリズムをとっていたら、だんだん面白くなってきた。


 おっぱい、おっぱい。

 握る、離す、握る、離す。

 うわー。

 おっ・ぱい。おっ・ぱい。


 自分のことながら馬鹿すぎて、おのずと笑みがこぼれてしまう。


 ひとしきり楽しんだあとで、手を離した。

これ以上やると、まずい。まずいというのは、自分の歯止めがきかなくなるという意味である。

何というか、この先には、押してはいけないスイッチがある気がする。

コメディ映画で、秘密基地みたいなところで、頭がちょっとおかしくなった大統領が人差し指でいきなりぐっと押し込もうとして、周囲の人々に力ずくで止められたりする。そういうシーンに出てくる押しちゃいけない赤いスイッチだ。それを押したらもう、何かが取り返しのつかないことになるのだ。


(それに、三葉みつはにばれたらとんでもないことになりそうだしな)


 少し後ろめたくなって、何となく部屋を見回していたところ、突然アラームが鳴って、瀧はびくっとした。

 机の上の携帯電話が鳴ったのだった。数年前くらいに発売された全画面型の機種だ。


 取り上げてみると、三葉からのメッセージが表示されていた。毎日決まった時間にテキストメモを表示するアプリだ。


(俺と入れ替わったときのために、毎日これを表示させてるのか、あいつは)


 内容は、いつも通りのルール確認だった。


〈三葉→瀧君へ!〉

〈お風呂禁止!〉

〈体は見ない! 触らない!〉

〈脚を開くな!〉

〈男子に触るな!〉

〈女子にも触るな!〉


 それに加えて、新たな事項が追加されていた。


〈ほんっとに、とにかく、私の体で勝手なことしないでよね。あと、わかってると思うけれど、女子更衣室に入ったりしたら、何らかの形で復讐するから〉


 こえーよ!


 瀧は反射的に、携帯を顔から遠ざけてしまった。

 メッセージというか、脅迫だ。

 こちらとしても、自分の身体を彼女に預けているわけで、その間に何をされるかわかったものではない。

 完全に、釘をさされた。うかつなことはできない。



 三葉というのは、「この身体」の持ち主である。


 説明をしだすと、きりがないのだが(そして瀧にも説明不能であるのだが)、東京都千代田区六番町に住む男子高校生立花瀧と、岐阜県Z郡いともりまち在住の女子高生みやみず三葉は、現在、周期的に、相互人格転移を起こす関係にある。


 もう少し、くだけた言い方をするなら、この二人は、ときどき意識が入れ替わる。

 何だそれは、意味がわからん、とお思いになる向きには、おおばやし宣彦のぶひこ監督の『転校生』を見るか、山中やまなかひさしの『おれがあいつであいつがおれで』を読めば、一発でイメージをつかめると思われる。


 入れ替わりは週に二、三日程度ランダムに起こるが、発生のトリガーは眠ることだ。

 朝、瀧の意識が宮水三葉の身体に入った状態で目が覚め、三葉の意識は立花瀧の身体に入った状態で目が覚める。そして、一日が終わって眠りにつくまで、その状態が続く。

再び床について眠りに入れば、いつのまにか元の状態に戻っている。


 昼間に居眠りをした程度では、入れ替わったり戻ったりはできないようだ。これは実際に授業中に居眠りをしたことで得られた知見である。


 初めて入れ替わりを起こしたとき、瀧は「リアルな夢を見ている」のだと思った。眠りの中で知らない女になって、知らない場所で生活している、そういう夢を見ている途中だと思いこんでいたのだが……。


 それにしては、あまりにもリアルすぎる。

 知らない景色があまりにも鮮やかであり、聞こえる音が鮮明であり、はっきりした触覚があり、登場人物の自律性が高すぎる。


 思わずノート一面に人物相関図を書き出してしまったくらいだ。

 夢の中で、宮水三葉という人物になって、まる一日生活する……そういう夢が、何度も続いた。


 それだけだったら、ちょっとやばい感じの夢を立て続けに見ましたね、念のためカウンセラーにでも会ってみますか、くらいのことで済んだかもしれない。それで済めばよかった。


 これはちょっと、いよいよまずいんじゃないかと思い始めたのは、夢の中で一日過ごすと、自分の記憶がきっかり一日ぶん飛ぶ、という現象を認識したときだった。


 宮水三葉になる夢を見たら、火曜日の次が木曜日になっていた。


 バイト先で、したはずのない失敗をしたことになっていた。


 高校の授業内容が、まるまる一日ぶん記憶から抜け落ちている。というか、その授業を受けた記憶じたいがない。


 まるで、一週ぶん見そこねたテレビドラマの続きを見ているようだ。


 しかし、それだけのことなら、ちょっと専門の病院を探してみますか程度のことで済んだはずだ。まったく、それで済んでくれたらよかったのだ。


 受けた覚えのないその授業のノートが、知らない筆跡でとってある。

 いや、知らない筆跡というのは、語弊がある。正確にいえば、瀧はその筆跡を見たことがある。夢の中で。


 それは宮水三葉のノートの文字と同じ筆跡だったのだ。


(たぶん、俺とほとんど同じタイミングで、あいつも筆跡のことに気づいたんだろうな……)


 極めつけには、携帯の日記アプリに、記憶が吹っ飛んだ一日ぶんのあいだに起こったらしい出来事の記録が、やたらはしゃいだ文体で書きつけてあった。

 その日記の末尾に、「三葉」という署名がある。


 朝、瀧が自分の部屋で目を覚ますと、左腕の内側に油性ペンで大きく「みつは」と落書きがしてあったこともある。その下に「参上」と書いてないのが不思議なくらいだ。


 ここまでくると、お互いに、気づかないわけにはいかない。


 つまり、これは夢ではなく。

 宮水三葉というのは幻の世界の登場人物などではなく。


 彼女も、彼女の周りの世界も、現実のものとして存在しているのであり、自分はいつのまにか意識だけが彼女の身体に入り込んでおり、そして、その間は、宮水三葉の意識が、自分の身体に入り込んで活動しているのだということだ。


 それに関する、立花瀧の最初の反応はこうであった。


「噓だろ!?」


 一方、宮水三葉が携帯のメモ機能で伝えてきた第一声はこうだ。


〈変態ッ!!〉


 変態じゃねえよ! とメモの下に即座に書き足した瀧である。

意図的に女の子の生活に忍び込んだのなら変態と呼ばれてもしかたがないが、これは完全に不可抗力だ。こんなややこしい事態を自分から望むやつがいるものか。


 フリック入力でそう書き込んで抗議したのだが、


〈私の身体を自由にしてるんだから、変態に決まってるでしょう!?〉


 次に入れ替わったときに、けんもほろろにそんな返事が返ってきた。

 身体を自由にするって何だよ。

 こいつ、相当きわどいこと言ってるのに、自分で気づいてないのか。

 だいたいそのくらいの段階で、宮水三葉という人格が、乏しい情報の中、おぼろげに輪郭を取り始めた。


 ──この女、結構アホだぞ。



 布団を上げた。パジャマを脱いで畳に落とした。

胸を揉んでいるときよりも服を脱ぐときのほうが、瀧は後ろめたくなる。

長押にかかっていた制服を身につける。

この恐ろしいスカートというもの、フックとファスナーだけで、ベルトもなしに身体に固定されることにいつも驚く。

くびれがあるって、こういうことか。

そしてこの細い小さい白いシャツにするりと身体が通って、きちんとボタンが留まることにも奇妙な感慨を覚えてしまう。

 そういうことに、いちいち驚いてしまう。


 髪の毛をまとめて束ねて、ゴムで留める。本物の三葉は、もっと凝った結いかたをしているのかもしれないが、瀧にはこれが精一杯だ。


 装備品を装着してしまうと、いやおうなく、気合いが入る。

 今日一日、なんとかして、女を演じきるぞ。

 気合いでも入れなければ、心がくじけてしまう。


《あんた、誰?》


 誰かに突然、真顔で訊かれそうで恐い。そんなことを言われようものなら、確実に心臓が止まる。


 これまで周囲の反応を見てきた結果、宮水三葉がどんなしゃべり方をするのか、おぼろげながらわかってきたところだ。

 わかってはきたのだが、さすがに一日じゅうそれで通すのは難しいのだ。

昼より前には、確実にぼろが出始める。

知らず知らず、男言葉に戻っていて、学校の連中をぎょっとさせてしまう瀧である。

いつも反省するのだが、それでもなかなか直らない。

 もう少し、チューニングが必要かもしれない。


「──あ、そうだ」


 目の前に、絶好のテキストがあることに気がついた。

三葉が携帯の中に残したメモだ。

ようするにこいつは、宮水三葉の肉声みたいなものだろう。

これを自然に喋れるようになればいいわけだ。


 試してみた。


「……ほんっとにッ、とにかくッ、私の体で勝手なことしないでよね!」


 自分のことながら、実にわざとらしい。アマチュア劇団の素人芝居のようだ。


「──あと、わかってると思うけれど! 女子更衣室に入ったりしたら何らかの形で復讐する!」


 がんばって凄んでみたのだが、この声ではいまひとつ迫力が出ない。


 二、三回、そうやって読んでみたが、馬鹿馬鹿しくなってやめてしまった。

ふと、何かの気配を感じて視線を泳がせてみると、ふすまがうっすら開いていて、その隙間から小さな目がこちらを覗いていた。その目がまばたきして、きょろりと動いた。


「うおう!」


 芝居どころではなくリアルに声が出てしまった。薄暗い日本間の中でそんなことをされたらまるきり横溝正史の民俗的恐怖の世界である。


 妹の四葉よつはだ。

三葉とは歳が離れていて、まだ小学生くらいだ。

うすく開いたふすまの向こうで、小学生は口もとをゆがめて、眉をたがいちがいにして、しゅるしゅると海老みたいに後ずさりながらそっとふすまを閉めた。

まったくの無言だったが、その表情をあえて台詞にするなら、


「うへえ」


 そういう顔だった。



 時間に追い立てられるように家を出た。

学校までの道のりは、半ばまでは妹と一緒だったので迷うことはなく、妹と別れてからも一本道だったので何の問題もなかった。


 この糸守町という小さな町は、糸守湖をぐるりと取り囲むようにできている。

糸守湖は、山地の真ん中にぽっかりとくぼんだ、それほど大きくもない湖だ。

深い山の奥に唐突に湖が現出する、という風景はなかなか幻想的である。

湖は山地に取り囲まれた状態になっているので、湖の周辺はすべて斜面であり、民家や道路は、斜面をところどころ盛ったり削ったりして半ば無理やり作った水平地にできている。

だから道路はおおむね環状線だし、行っても戻ってもだいたい同じ場所に着く。


 瀧は左方向の景色に目をやった。


 道よりも低い斜面に植わった樹木がとぎれ、遠景が目に入ってきた。

風に吹かれて小さく波打った糸守湖の水面に、朝の光が当たって、カットガラスみたいにキラキラしていた。


 その向こうに、緑色の木々に全面を覆われた山の景色が、あちらはかすかに淡く、またあちらは深く濃く、というふうに、複雑な陰影を作っていた。


 そんな山々の複雑な表情を視線でなでまわしていると、瀧の心の中に、感動に近いものがわき上がる。


 ひょっとして、これが郷愁というやつなのだろうか。

 生まれも育ちも東京二十三区、しかも山手線の内側で、地方の故郷というものを瀧は持たない。帰省とかいうものもしたことがない。

 だから、里心がつくという感覚が、よくわからないのだが、何やらくすぐったい感じだ。


 瀧はふと立ち止まって、その景色をじっと見据えた。視界を広くとり、全体像を、意識の中に焼き付けようとした。


 光は湖面に反射して躍り、山はくろぐろと静まりかえっていて、その景色から、風が吹き込んできて身体をなぶる。髪を揺らす。


 風には、匂いがあった。水と土と樹木の気配が、見えないくらい小さな透明なカプセルに封じ込まれていて、それが風に混じって頰に当たってふと弾けるような、そんなかすかな匂いだ。


 風に匂いがあるということを、瀧はこの町で、初めて体験した。


 予感がある。


 これから先、自分は、懐かしいという概念を、この景色とワンセットで想起するだろう。


 この景色は──。

 どこかに還ってゆく、という概念を持たない瀧に、神が与えた、〝故郷〟なるもののイメージ像なのではあるまいか。


 言葉としてはっきりとそう認識したわけではないが、そういったことを、瀧は感じている。


「朝っぱらから何たそがれとるの?」


 後ろから、肩に誰かの顎が乗った。振り返ると、とり早耶香さやかがおさげを揺らして立っていた。


 その背後から、ボウズ頭で体格の大きい勅使てしがわ克彦かつひこが、ママチャリを引いてあくびをしながら追いついてくる。


 瀧のこれまでの観察結果によれば、この二人と三葉は、家族ぐるみの幼なじみだ。学校内ではほぼ三人一緒に行動している。この周辺の言い方で表現すれば「つれ」ということになる。


 瀧は当初、「三葉のことを知り尽くしている人物と、長時間行動を共にするのはまずい」と考えて、警戒していたのだが、すぐにそうではないということがわかってきた。

二人とも、比較的おっとりした人物なので、三葉の人格(の中身)をそうそう疑ったりはしなかったし、特に早耶香は、多少不審なことがあったとしても、「何やってんの?」と訊いてくれるので、すぐに調整がきくのだ。正直助かる。


 そういった理由で、瀧は学校では、なるべくこの二人にくっついていることに決めていた。三葉の行動としても、それが自然なようだ。


リアリティを追求するなら、「サヤちん」「テッシー」と呼びかけねばならないのだが、さすがにそこまで距離を詰めるのは気が引けて、「えっと」とか「あのさ」という感じでごまかしている。


「また、髪の毛くしゃくしゃ。スカートも折っとらんし」名取早耶香が、頭の上でひと束にまとめただけの瀧の(というか三葉の)髪を、軽くつまんだ。「また寝坊したの?」


「寝坊もしたけど。これが精一杯です……」


 瀧は泣きそうな顔を作った。すでにして、オリジナルの三葉らしい口調で喋ろうという決意が崩れている。「スカートとか。これ以上は不可能」


 瀧にしてみると、世の中の女子高生という人々は、どれだけ根性を決めたらあんなに短いスカートを穿けるのか、さっぱりわからない。

はたから見ているぶんには、女の子のスカートが短いのは単純に嬉しいが、自分が穿くとなると、こんなに恐ろしいものはない……。


 早耶香が首をかしげて言う。「あんた、スカートが長いなんて高校生女子としてのエスプリに関わる、みたいなこと言っとったやろ」


「あいつそんなこと言ってたのか……」瀧は口の中だけで小さくつぶやく。


「学校着いたら、髪の毛、結ったげようか?」


「いや、いいよ」そう断ってから、また瀧は小声でつぶやいた。「自分でほどく自信がないし……」


「でもそれもええよな。時代劇の剣豪みたいで」勅使河原が口をはさんできた。


「『新吾しんご二十番勝負』とかそういうの」


「ちょんまげ呼ばわりかよ」早耶香が眉を寄せて肘で勅使河原につっこむ。「ていうか何それ。映画?」


大川おおかわ橋蔵はしぞう


「誰?」早耶香と瀧がユニゾンで言った。顔を見合わせるその動きまで、左右対称だ。

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