鬼神カムロ

白河貞仁

第1話 桃太郎の鬼退治

 石造りの大きな蔵は、観音開きの入口が正面中央にあった。

 ふち赤錆あかさびた鉄板で囲むとした木製の戸で、左の戸が少しの隙間を開けていた。

 その隙間からは小さい角が2本、先っぽを覗かせている。

 角の持ち主がと恐る恐る、隙間から角を全部出し、の茶色がかった黒い頭髪、赤茶けた肌、と周囲を見渡す黒い瞳を、何かにおびえながら、震えながら外へあらわに見せた。

 首から上を戸の隙間から突き出した格好のため、体の大部分はまだ倉の中だった。

 木製の古びた灰色の戸に首を挟み込み、頭だけを外に出して倉の周りをと見回した。

 夜は明けたばかりで仄暗ほのぐら朝靄あさもやが立ちめていたが、黒い瞳にはと、息をする度に鼻の中にはと、何が起こったのか感じ取れた。


 首の無い者。

 脳漿のうしょうを鼻から垂らす者。

 臓腑ぞうふを掻き出された者。

 そこは、まさしく、黄泉が広がっていた。

 累々るいるいとしたかばね

 中には身籠みごもった者や、産まれて間もない嬰児えいじもあった。

 住んでいた者は殲滅せんめつし、岩が多く荒涼とした灰色の土地は、ベンガラで塗りたくられた如く血に濡れていた。

 それを目にした2本の角の持ち主は動けなかった。

 いな、動くことが出来なかった。

 見初みそめられてしまったのだ。

 この黄泉を作り出した死神に。


 死神は角を持つ者達を皆殺しにした。

 死神の仲間達は頭から角が生える人々を総じて“鬼”と呼んだ。

 そして、鬼が住まう島を鬼ヶ島と呼んだ。

 そうここは死神、又の名を桃太郎

 桃太郎が鬼退治した鬼ヶ島であった。


 鬼は死に絶えたのか、いな、たった1人、生き残った鬼があった。

 その名は、カムロ。

 死神に見初められた、あの小さな2本の角の持ち主である。

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鬼神カムロ 白河貞仁 @GOSHIRAKAWA

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