第9話 夕暮れの風車

街を歩くエクスたちの耳に、号外!と配られる新聞が降ってきた。勢いよく走って売り歩く売り子は商品のうち一枚が飛んでいってしまったことには気づいていない。



『伯爵邸から不審火、きつねの祟か!?』



でかでかと書かれた新聞の号外タイトルを見て、元通りであることを確認した。見覚えのある大きな屋敷は見るも無残な黒く焦げた火事があったのが、門越しでもわかる。

白の壁は黒く染まり、レンガでさえも変色し、ところどころ崩れ落ちている。


そして、けたたましい警報とともに走り去っていった乗り物には今回の怪我人がのせられていたらしい。


無事に元の物語に戻っていることがわかるが、これで良かったのかよくわからない。でも、最後に見たあの笑顔なら大丈夫だと、思っている。



「かえれないよ、いや、でも」



その門近くにいる小さな子どもは、独り言を呟いていた。周りの人は彼が見えていないように振舞っている。奇抜で派手な服であっても、誰も振り向かない。


神様は見えない。


本来、稲荷のきつねも普通の人には見えないはずの神様だった。空白の運命の書を渡された四人に見えたのは、どこかで彼自身が姿を望んで見せていたからだった。



「軒下に住み着くぐらいなら、神様でなくただのきつねがいるだけならいいかな?」



名案と笑ったその子はくるりとその場でまわって埃を落としてから走り出した。神様でなくなったから、稲荷のきつねの物語は終わっただけだ。


ただのきつね、白きつねとしての物語はこれからはじまる。


お互いにこの想区にとつては見えないはずの存在、一瞬だけ目を合わせて、稲荷のきつねは微笑んだ。在るか、無いか、その狭間にある揺らぐ存在感で、はっきりと言ってくれた。



「ありがとう」



気のせいかと思うほどに、素早く、所狭しと並べられたたくさんの風車をまわしながら白きつねは夕陽に紅に染められた街を走り抜けていった。


その顔はぼんやりとしてよく見えなかったが、表情は晴れやかだった。



「次の世界にいきましょう」



こうして、橙色に染められたたくさんの風車がある街から、3人の英雄と、1人の神様がいなくなった。

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