逆襲のティア

★2503年 3月11日昼 旧ホラ領付近、人界外魔境 モグワイ姉者ギズモ妹者姉妹兄弟?



「あ、姉者あねじゃ、今のは何じゃ? あのでかい火炎熊も姉者が呼び寄せたのかえ?」

妹者いもじゃよ、わらわは知らぬ、いくら旧帝国、いにしえの魔術具とは言え、あんな化物クラスの魔獣なんぞ操れぬわよ。あの火炎熊なら竜種相手でも勝っちゃうかもしれないわ」


 綺麗に編み込んだ長い髪をなびかせ、高貴な貴族女性が着るような金糸混じりの派手な女性服に身を包んだ2人組が、共に駆る馬上で話しをしている。

 2人の顔はよく見ると瓜二つだし、その姿は厳つい男顔のごっつい大男だ。


「でも、姉者、あんなの見たことも無い大きさの魔獣が偶然来るものかしら?」

「いや、妹者、元々この地にいたのなら、魔獣の血の匂いに引き寄せられて来た可能性はあるわ。この辺り一帯の魔獣に、通常に見るような強さの魔獣が全く居ないのは、あの火炎熊に狩りつくされたのが理由かも。お陰であまりに弱い魔物ばかりで、襲撃に支障が出てて困っちゃうわね」

「姉者の言う通りかもしれぬわね、すでに人界の境界を超えて、魔境へと誘い込んだと言うに、なぜに弱い魔獣ばかりなのかしらと思ってたら」

「妹者、その証拠に、先程の火炎熊は、残された魔獣の死骸を漁っていたわ、お陰で妾達には関心も寄せなかったではないの。ま、もっとも妹者の幻術機さえあれば、あの火炎熊であろうと惑わす事は可能なはずよ」

「姉者よ、さすがにあの火炎熊相手では自信がない。ここは、いつものように同じ場所をグルグル回すのを辞めて、先程の火炎熊から遠く離れた場所で倒そうぞ」


応うおう妹者いもじゃよ」

応うおう姉者あねじゃよ」

「「我らモグワイ・ギズモ姉妹、聖グレムロール・シスター修道院の名に賭けて」」



 2人組が追うのは、目の前に見えている馬車の群れだ。

 馬車隊は、整備をされて居ない草原を砂塵を巻き上げて走っている。

 ピタリと視界の中に収めた馬車隊を追いかけ、2人の馬は草原にできた道を駆け抜ける。


 2人で一度は、止まった馬車の群れに魔獣攻撃を仕掛けたが、馬車の装甲に阻まれ、すぐに逃げ出されてしまう。

 また後ろからチャンスを伺いながら付いて行く。


「姉者、あの馬車の装甲はやっかいよね」

「妹者、あの馬車の装甲はやっかいだわ」

「姉者、防御の時には、馬車の車輪の下まで装甲板が下ろされて防御されているわ」

「妹者、防御の時には、馬車の車輪の下まで装甲板が下ろされてて下に潜れないわ」

「やっかいよね、クスクス」

「やっかいだわ、アハハハ」



 しばらくなぎ倒された草の道を追い続けると、馬車隊は止まり隊列を組みだした。

 馬車の荷台を五角形に組み、まるで小型の要塞に変貌していく。


「おーほほほ、姉者、姉者、奴ら何か始めたわよ」

「あーははは、妹者、妹者、奴ら何か始めたわね」

「クスクス、姉者、あの虫けら共、生意気ね、今度は防御を固めているわ」

「ウフフフ、妹者、あの虫けら共、生意気よ、今度の防御を砕いてやるわ」


 姉者あねじゃ・モグワイが馬から降り、剣を引き抜く。すると剣の部分はただの鉄の棒になっており、先端が尖ってるだけで、武器として使えそうにはない。

 だが、引き抜くべく握った柄の部分が、異様な形と色をしている。

 その剣の柄部分は、緑色の二匹の蛇が螺旋状に絡みながら伸び、先の蛇の頭には、細かい線で魔法陣が書き込まれている。

 材質は、緑色をした風精霊の魔石で出来ているようだ。

 よく見ると、蛇の胴体には穴がいくつも空いており、ねじれた縦笛のような形をしている。

 姉者あねじゃ・モグワイは、剣を地面に突き刺し、剣の柄を優しく握り込むと、愛おしそうにその先端の蛇の頭に口をつける。

 すると、蛇の頭に書き込まれた魔法陣へ己の吐息と一緒にマーヤ魔力を注がれ始め、風精霊が渦を巻くように集まってきた。


「ウフフ、妹者いもじゃ、これからやって来る魔獣の群れに見つからないよう、私達の姿を上手く隠してね」

「ウフフ、姉者あねじゃ、これからやって来る魔獣の群れに見つからないよう、私達の姿を上手く隠すわよ」


 妹者いもじゃ・ギズモが頭にかぶった水色のかんむりを撫でる。冠の側壁にはビッシリと魔法陣が書き込まれていた。

 こちらの冠かんむりはどうやら水精霊の魔石から作られた冠のようだ。

 妹者いもじゃ・ギズモも自分の水精霊魔法の幻術に集中を始めた。


 姉者あねじゃ・モグワイの口から、地面に突き刺した蛇の剣に書かれた魔法陣へと、ゆっくりとマーヤ魔力が注ぎ込まれていくと、緑色をした風の精霊が剣の柄へと吸い込まれていき、剣の中から湧き出すように周りへと飛び散っていった。


 気がつくと、2人の周りには魔獣が大量に集まってきているが、襲い掛かってくる気配はない。

 今度の魔獣の群れには弱い魔獣だけでなく、雪オオカミのような強力な魔獣も混ざっていた。


 姉者あねじゃ・モグワイが蛇の口の中へと息を吹き込む。

 すると笛の音と共に風精霊が広がり、集まってきた魔獣が馬車でできた要塞を包囲していく。


「ウフフフ、やるわよ、妹者いもじゃ

「ウフフフ、いいわよ、姉者あねじゃ


 モグワイが強く息を吹き込むのを合図にして、一斉に魔獣が要塞へと殺到していった。



★2503年 3月11日夕刻 旧ホラ領付近、人界外魔境 ティア


「今度のはさっきより強い魔獣が混ざっている、皆油断しないで、確実に倒すんだ」

「は、はい……」


 ティアが、叫ぶ。

 周りの返事が弱々しい。

 特に新兵達の士気が低いが、逃げ場所など無いのが救いだ。

 勝手に戦闘放棄できずに、死ぬまで命がけで戦うだろう、いきなり陣が崩壊するのだけは避けられる。

 中世の兵士は、不利になると命がけで主君を守ろうとはせず、逃げ出すってのが定番だ。


 実際に戦闘が始まってみると、この装甲馬車の効果は高く、強力な雪オオカミが相手でも容易には攻撃を通さなかった。

 だが戦闘が進んでいくと、馬車の装甲壁から身を乗り出した所を攻撃されて負傷する兵士も出てくるようになる。

 これ以上兵が減るのは非常にマズイが、1時間程度の戦闘でほぼ魔獣を壊滅させ、残りを逃亡させることに成功した。


「ニコス、被害状況を報告して」

「はっ、姫様、現在隊の約半数程度がまだ戦闘可能です。が、そろそろポーションが心もとない事になっています……」

「そうか、ポーションか……」


 このまま戦闘が続くと、かなりマズイ事になりそうだ。今でも厳しいのに。


「あ、姫様、5号車にいるゲネス隊長がお話があるそうです、お連れします」

「分かったわ、行こう」


 私は、ゲネスが寝ている5号車へと急ぐ。

 荷台に上がってみると、ゲネスを看病するホリー先生の姿があった。

 ホリー先生の目が少し潤んでいる。


 !?

 なにい、恋する乙女の目じゃないですか。

 体張って助けたゲネスにほだされたのかな?

 ……よし、邪魔をしよう。


「私に何の用?」


 さりげなく、ゲネスとホリー先生との間に入る。


「姫様、お話があります。どうか怒らずに聞いてください」

「私は、そんな怒りん坊じゃない」

「はい、では献策をいたします。現状を鑑みれば我々は窮地に陥っており、このままの状況が続くと全滅させられてしまいます……軍を二つに分けしましょう」

「……はあ? 各個撃破で皆殺しにされるわよ」


 以前からじいじとゲネスの軍事訓練にくっつきながら、陣形や戦術について学んだ内容では、敵軍をいかに分断させて小単位にさせたのか、そしてその小集団を各個撃破するのかが重要だと知っている。

 ゲネスからの提案は、自分達が分断させられる事を意味する。


「いえ姫様、さらに兵を分散することで、幻術の術者の目から逸らすのです」

「さらに分散?」

「そうです、まずこの装甲陣に我々兵士を残してください、そして姫様達は残った馬全部を使い、ここから出ていってくださいませ、途中馬をさらに分散させて術者から目眩ましを行います」


 うーん、それだと益々私が危ないんじゃないかな?

 敵は、帝国の手先だと分かっている。

 なら、敵の目的は、私の魔剣と私自身だ。私を目当てに追いすがってくるだろう。


「それだと、私だけを追いかけてこない?」

「はい、ですから、影武者を立てます。小柄なベックと服を取り替え、彼を囮にします」

 ……

「うん、それで上手く行ったとして、囮になるベック達やここに残る貴方達はどうなるの? 囮に気がついて戻ってきたら腹いせに皆殺しにされちゃうじゃないの、そんなの私が許すとでも思ってるの?」


 この囮作戦は、私一人を逃がすのが主眼の作戦だ。

 ろくでもない作戦だよ。ふざけないで。

 でも荷台に寝そべったままのゲネスの目は、真剣に私を見つめる。


「いえいえ、姫様、この装甲馬車でどうにか持ちこたえますのでご心配なく。姫様が領主様の軍を率いて戻ってくるまで私達は粘ります。囮のベックが乗った馬だけ途中で引き返してここに戻ってこさせます」


 ……嘘だ。

 みえみえの嘘だ。囮の馬に乗った人間も、ここに残った皆も死ぬつもりだ。

 自分達を捨て駒にして、外に出た私と他の馬の人間を逃がす気だ。


「姫様、他に方法はありません、残る私達を信じてください、私達も姫様が連れ帰る援軍を信じて待ちまする。あ、ホリー先生も馬に乗って姫様達と一緒に行ってくださいね」


 結局この話し合いは、ゲネスの迫力の方が勝った。

 ホリー先生が首を振って嫌と言っているが、副官のニコスに命じて脱出させる用意をさせた。

 私は、外から見えないよう、馬車の壁影でベックと服を交換して着替える。


 ……誰も死なない方法は、無いのか?

 ……本当にダメなの?


 考えろ私。


 ……恐らく追ってくる敵は、女装の2人組だけだろう、情報に有ったもう一人の騎士の男は、騎士装備でこの距離を走り続けると馬が持たないので不向きだ。

 ゲネスの実家を襲ったと言っているので、この幻術と魔獣襲撃の手法は鉄板の技なのだろう……ゲネスの作戦で逃げさせてくれるのか?

 まあ、よくあるパターンでは、バラバラの方向へ逃げ散った馬が幻術で惑わされて、元の位置に戻ってきて、全員が絶望するパターンだろうな……やだやだ。

 だいたい上手く行っても、途中にあの巨大な火炎熊が居るんじゃないの? ホラー映画だと絶対やな所で出てくるもん。


 うーん。


 ……だとすると、この方法しかないか。

 私は、もう一度ゲネスの寝ている5号車へと戻っていき、ゲネスと話し合うことにした。


……




「よーし、騎馬隊、全員毛布は用意したね」

「「はい、姫様」」


 馬に乗り込むメンバーで、私とベックとトラビスに毛布をかけて外から見えないよう被せ、馬を操縦する大人にも被せた。

 他の脱出組の馬にも毛布を持たせている、こちらは私ぐらいの大きさに毛布を丸めて、その上から毛布で包んだ物だ。

 毛布以外にも、数日分の食料や物資の荷物を背中に背負わせている。


「砦は、魔石ランプと松明の光を絶やさないで、いつ敵が襲撃してきてもいいように備えといてね」

「「はっ」」


 私が砦に残る兵士達の顔を見て確認をする。

 ここにきて、ようやく新兵達も良い顔つきになってきたな。

 私は、ニヤッと笑って、答える。


「では、馬出しを開けてちょうだい、作戦を開始する。全員生きて帰るわよ、忘れるないでね」


 そして最後に、馬上の作戦員に笑顔でお願いを一言付け足した。


「勝手に死んだら殺すからな」


 よし、会心のギャグも決まったし、いっちょやりますか。



★2503年 3月11日夕刻 旧ホラ領付近、人界外魔境 モグワイ姉者ギズモ妹者姉妹兄弟?


 魔獣襲撃の方は失敗に終わったが、確実にヒューパ軍一行の戦力は削れている。

 まあ時間の問題だろう。


「姉者、もう少しよね」

「妹者、もう少しだわ」


 夕日に照らされる中、装甲馬車の砦から馬が8頭出てきた。


「あら姉者、彼ら逃げる気よ」

「そう妹者、彼ら逃げるのね」


「ウフフフ、妹者、逃しちゃダメよ」

「アハハハ、姉者、逃がさないわよ」


 8頭の騎馬に全員毛布を被り、同じ格好をしているし、ティアぐらいの大きさの毛布を抱えている。

 ギズモ妹者は笑う、どんな格好で囮にしても、幻術を使って、8頭をグルグル回らせ、全員同じ場所へと戻らせるつもりだ。

 モグワイ姉者はすでに、魔獣を呼び寄せるための準備を始めている。


「クスクス、全速力で逃げるといいわ」

「オーホホ、全速力で逃げるのかしら」


 2人の予想に反して8頭の騎馬はゆっくり進み、馬車砦が見えるかどうかの距離に来ると突然停止した。

 騎馬の内の1頭が進み出ると、毛布をかぶった小さな影が馬の上で立ち上がる。


「聴け、幻術を使う者よ。貴様の狙いはこの魔剣であろう」


 小さな影の右手に鞘に入ったナイフが握られ、夕日の中で高く上へと差し上げられている。


「我々の負けだ、貴様達にこの魔剣と後ろの財宝を渡そう、代わりの条件に我らだけでも逃がせ。無駄に戦う必要はない」


 小さな影は、そう叫ぶと、ナイフを下に投げた。

 後ろに控えていた他の騎馬も、毛布と一緒に、背中に背負っていた荷物を下に投げる。

 そしてそのまま、騎馬は走って逃げ出した。


「あらら、魔剣をあんな所に捨てちゃったわ、魔獣を呼び寄せたら拾うのが大変だわね」

「そうね、魔剣をあんな所に捨ててしまった、魔獣を呼び寄せたら拾うのが大変そうね」


「先に拾いに行こうかしら」

「先に拾いに行かなくちゃ」


 ギズモ妹者は、走っていく8頭の馬を睨んで頭にかぶった冠へとマーヤ魔力を流し込み、方向を迷わせる。

 荷物が散乱した場所に戻ってこないよう、少しの間、そこでグルグル回ってもらうつもりだ。

 こうして魔剣と荷物を回収するため、安全を確保した場所まで2人は移動した。


 モグワイ姉者は、さっき見た場所につくと『もう薄暗くなっている草原で、魔剣のナイフを探すのは大変だな』と思いつつ、魔石ランプを点けて探し出す。

 その後方でギズモ妹者も馬から降りて、捨てられた財宝とやらの近くまで進んだが、前方でグルグル迷っている騎馬の群れへと意識を残しているので、探し物がやりにくかった。


「姉者、暗くなると捜し物は大変ね」

「妹者、暗いから捜し物は大変だわ」


「っと、あら、これかしら」

 モグワイ姉者は、暗くなった草むらの中、ようやく硬い物を探し当て、下に屈むと後ろで音がした。


 グスッ

「ヒュッ」

 ドサッ


 人が倒れた音がする。どうやら妹者が転んだらしい。

 幻術をかけている時は注意力を失っているので、ドジな事になるのはいつもの事だ。


「あら、妹者、暗いからつまづいたのね、気をつけなくちゃダメよ」


 ……返事がない。


「どうしたの妹者?」


 ようやく異変に気づいたモグワイ姉者が後ろを振り向くと、目の前に少女が立っていた。


「貴女の捜し物はこれでしょ」


 モグワイ姉者の首元に黒のナイフが押し付けられ、ゆっくりと動いた。



 ……

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