罠 中編
★帝歴2503年2月15日 ヒューパ城 ティア
ふ、ふおおおお…ぐぐぐぐうぐぐ
私は、ベッドの上で壁に足をやって逆立ちしながら、考え事をしていた。
先月の初め、アルマ大蔵大臣から、私の近辺にスパイが居るかも知れないって話しを聞かされた。
甜菜大根から砂糖を作る方法が他国に流れ、うちで作った砂糖と同じ物が大量に入ってくる事で、砂糖市場の値崩れに直面している。
アルマさんから、うちの子達の尋問をしたいと言われたが、その場は突っぱねた。
その後、お父さんからも尋問をさせろと言われて、これも強硬に拒否した結果、ムンドーじいじが新しく雇った新兵を使い、城内の探査に当るようになって早一月。
今日も昼から行われる会議に私も呼び出されている。どうやら何かの報告があるらしい。
どうしよう、もし私の可愛い家来達の中にスパイが混ざってたら……
もし居たら、その子を処罰しなきゃなんなくなる。
やだ、絶対私の手から離したくない。
もしも、もしあの子達に何か有ったら……
「うーううううんんううう」
その時……その時は、どうやって助ける?
いや、そもそも、まだ何の確証もないし、スパイがいるって確定したわけでもないんだよ、悩んでもしょうがない。
「ティア様、よろしいでしょうか、旦那様がお呼びです」
ドアの向こうからメイドのメイプルさんが声をかけてきた。
もう時間だ、行かなきゃ、嫌だ……駄目っ、しっかりしろ私。
部屋を出るとメイプルさんが立っていて、私の顔を見て心配してくれた。
「姫様大丈夫ですか? 顔色がすぐれませんよ」
「うん、メイプルさんありがとう、大丈夫よ」
「そうですか、会議が終わったら、また元気がでるように、この前教えてくださった砂糖菓子のカルメ焼きを作ってお茶の準備をしておきますね」
「ありがとうメイプルさん、楽しみにしてます」
砂糖と小麦と卵白泡立てて作ったなんちゃってカルメ焼きです。このレシピだとふっくらケーキになるはずだけど、お菓子作り下手な私には、ふっくらケーキは無理で、ぺたっとしたなんちゃってカルメ焼きしか作れなかったのよねえ。
重曹……重炭酸ソーダを気軽に作れたらなあ、熱で溶けた砂糖に重曹混ぜてプクーって膨れた本物のカルメ焼きができるのに。
早くアルカリ系化学製品作れるようにしたいよまったく。
お父さんの執務室に行くと、お父さんとムンドーじいじ、そしてアルマ大蔵大臣の3人が座って先に話をしていた。
「ティア、そこに座りなさい」
「はい」
私が座ると、お父さんが自分の前に置いた3枚の羊皮紙から2枚を取り、私に見せた。
見せられた2枚の羊皮紙は、帝国と教皇庁からの私への招待状だった。
「何ですかこれ?」
「良く読んでみろ、どっちの羊皮紙にも、お前に婚約者をあてがってやると書かれているし、一緒に黒のナイフ=魔剣も持って来いと書かれている。お前と魔剣を差し出せと言ってるんだ」
え、私と魔剣が欲しいっての? もしどっちかに行ったら今より自由度なくなるよね……なら行かない。
「えー、砂糖泥棒の帝国と私の可愛い家来を迫害した教皇庁でしょ? 私やですよ」
「勿論、この申し出は無視する。黒のナイフは我が家の家宝だし、お前は大事な娘だ。あのような国にくれてやる気はビタイチない……その上でだ、もう1枚の羊皮紙…報告書の方を見ろ」
残ったもう1枚の羊皮紙を手渡された。
「ティア、ムンドーからスパイ調査の状況を報告させる、そこの報告書に目を通しなさい」
私が報告書に目をやると、知っている名前がそこにあった。
「姫様、その報告書に書いてある通りです。砂糖製造時に関わった者の内、外部との接触のある者の行動を重点的に調べました。すると1人の容疑者が浮かび上がってまいりました……ホリー先生です」
確かにホリー先生は、城の外に家があり、城まで通ってきている。
私の運営する私設学校の女の子達は、皆宿舎ぐらしで定期的な外部との接触は無い。
真っ先に疑われるとするなら、ホリー先生が疑われるのは、私も分かってはいた。
「はい」
喉の奥で声が詰まりながら返事をする……ちょっと声震えたかな?
「先月より、彼女の行動を監視してきました、すると彼女は1軒の服屋に定期的に通っていました。ヒューパの地が潤うようになって出来た、ピタゴラ帝国の首都から出店してきた商会の店です」
じいじに続けてアルマさんが口を開く。
「わたくしからも情報の補完をします。その商会は帝国皇室への出入りを許されており、帝国皇室との結びつきが強い商会です」
続けてじいじが私の目を見ながら話しを続けてきた。
周りの人達は、私の反応を見つめている。
「姫様、この商会を監視しておりましたところ、場違いな冒険者が数名、店の中におります。その内、気になる者が3名。1名は腕の立ちそうな騎士風の男、マントで顔を隠していて確認は取れていません。2人は女装をした男で顔は瓜二つ、さらにこの2人は、大出力の魔力を感じさせる魔道具を身に着けているらしく、2人の周りで精霊の動きが非常に活発でした」
うん、怪しすぎるね。
「……はい」
「以上の事から、ホリー先生には限りなく黒に近い灰色の嫌疑があります。姫様の許可さえいただければ今すぐにでも連行して尋問を開始したいと思います」
疑いは強いよね……でも諦めるつもりなんて一つもない。
「解りました、では私から1つ提案があります」
!?
「ティア、お前がホリー先生の事を助けたいのは分かるが、我々も苦しいのだ」
「はい、お父さん、先生へかかっている嫌疑の重要性も分かっております、だからこその提案なのです」
「分かった、言ってみろ」
「ありがとうございますお父さん、まず私達がやるべきは、ヒューパ内に入り込んだ敵勢組織の壊滅です」
「バカモン、はっきりした証拠もなしに帝国との繋がりが深い商会を襲ったら、後で大きな問題になるわ、相手が大き過ぎる」
まあそうだよね、いくら遠く離れてるって言っても、一応はこのエウレカ公国の盟主は帝国なんだしマズイ事になっちゃうか。
ならば。
「はい、ならば彼らを罠にかけましょう。新兵の訓練を兼ねて私とゲネス隊を魔獣討伐に出す情報をホリー先生から、敵に渡します、もちろん偽情報です。実際に私達は出発しますが、別の場所に行き、本当の場所にはお父さん達が罠を張って待ち伏せてもらいます」
「ふむ、それでは下手をするとホリーから敵に情報が漏れて、待ち伏せは失敗するではないか」
「大丈夫です、直前にホリー先生をこの魔獣討伐に参加させて、敵への情報を遮断させてしまいます。そして同時に、ムンドーじいじと騎士のトードさんで、私達の後方から敵が尾行してくるのを邪魔してください。そうすれば敵は尾行を諦め、最初に知った魔獣討伐地へと行くでしょう。そこをムンドーじいじの索敵魔法で探し出し、お父さん達騎士の力で殲滅してください」
もし、私達の張った罠に帝国が引っかからなかったとしたら、それはホリー先生が情報を渡していないと言う事だ。
最悪、ホリー先生が帝国のスパイだとしても、これで帝国のスパイ網を叩き潰せる。
どっちに転んでも損は無い。お父さん達でもこの条件なら飲んで貰えるだろう。
……
結局この会議で私の案が通って、罠を仕掛ける事になった。
正直、敵が罠への反応を示さなければ、ホリー先生から敵への情報流出の疑いは晴るので、私としては空振りに終わってもらいたい。
多少前よりは気が晴れて、会議後にカルメ焼きを頬張りながら、メイプルさんとお喋りを楽しむ余裕が生まれたよ。
★2503年 3月11日朝 旧ホラ領 タドス村付近 ティア
時間は経ち、狩り当日の朝だ。
前日ヒューパを出発する前に半分強引にホリー先生を、魔獣討伐に参加させる事にした。
周りのゲネス隊には、ゲネスを元気つけて良いところを見せるチャンスを与える為だと説明してて、どいつもこいつも偉く張り切っている。
……いや、普段から張り切ってよね。
泊まった野営地から、私達の馬車は出発をした。前日まで自分達の後方へばかり斥候班を出して尾行がないかを確認していたが、何事もなく、今日からは前方の狩場へと送り出す。
「姫様ー、良い天気になりましたな、魔獣狩り日和ですぞ」
ゲネスの奴が馬に乗って私達の馬車に近寄ってきた。
やたら張り切ってるな、ちょっと前まで死にそうな顔してたくせに、私の隣にいるホリー先生の前でカッコいいとこ見せようとしやがって。
本当は、お前をダシにして先生の嫌疑を晴らしたいんだよ、私の苦労も知らずに、ベーっだ。
私が心のベーを出している内に、少しずつ霧が出てくるようになった。
ヒューパやホラの周辺はクルツァ川の影響で、朝の内霧がかかるのがあたりまえのような土地だし、視界も50m程度はあったので気にもとめなかった。
目的地まで道なりなので、迷うこともないはずだ。
今頃お父さん達は、上手くヤっているだろうか?
道の途中にあった石像に手を合わせ、何事もなく終わってホリー先生への嫌疑が晴れて欲しいと願い事をする。
考えることがいっぱいで今自分が置かれている状況の判断が遅れていた。
しばらく進んでいたが、目的地にもう着いてなければおかしい。
道の途中にある石像を通り過ぎる。相変わらず景色が変わり映えしない。
いつまでこの道を進めば良いのだろう?
不安に思っていると、先行していた斥候隊が戻ってきた。
「姫様、変です、この先の道が途切れてしまいました」
「何? この霧で道に迷ったか、ゲネス、どう思う」
馬車の隣にいたゲネスも険しい顔で前を見ていた。
「そうですね、引き換えした方が良さそうですが、丁度いいので、ここいらで一度休
憩を挟むのがいいでしょう。それにちょっと気になる事があります。斥候を周囲に出して調べさせましょう」
「わかった、では先に斥候を先行させよう、斥候隊周辺警戒だ散開して見回れ、私たちは馬車を回し休憩だ」
馬車が方向転換をして休憩の準備を始めた時、その異変は起きた。
ザワッ
空気が揺れ、何かが聞こえてくる。
ピーピーヒョーヒョーピー
気のせいだろうか、笛の音?。
異様な雰囲気に、馬車隊の隊員達もキョロキョロと不安を隠せなくなっている。
私は近くに居たゲネスの方を見ると、奴は何かの臭いに気がついてクンクンと臭いを嗅いで情報を集めていた。
と、
「いかん、魔獣の群れが来るぞ、全員戦闘準備、急げ」
ゲネスが叫んだ。
ゲネスの叫び声と同時に、霧の向こうから半狂乱になった斥候隊が馬を駆って帰ってくる。
その後ろを見ると霧の中から魔獣が何頭も飛び出してくる。
大半は村の周辺でもよく見る角ウサギだが、中には少数だが角ウサギを捕食する大土イタチや、水生魔獣の斑目カエルまでいる。
「急げ、戦闘開始、魔獣の大群だ」
私も叫ぶ。
1頭1頭は大した事はないが、数が多い、あっという間に周りを囲まれてしまった。
馬車から降りていた人間は接近戦になってしまい、長槍のパイクを振り回せない、戦闘経験と訓練の成果か、ゲネス隊のやつらは、なんとか剣を握って応戦している。
一方、慌てた新兵たちは、パイクから剣に握り変えられず、パニックになって次々倒れていく。
私は、一度混乱した戦場から脱出するために馬車を発進させる事も考えたが、下に降りた人間を見捨てて行くわけに行かず、馬車から降りての突撃を命じた。
「ゲネス、突撃だ、皆を馬車から下ろして、下の奴らを助けるぞ」
ゲネスは馬で角ウサギを踏み潰しつつ、自分の武器のパイクを振り回していた。
「解りました姫様、全軍下に降りろ、角ウサギは大したことない、仲間を救うぞ。大土イタチには気をつけろ」
馬車に残っていた新兵たちは、恐れながらも剣に持ち替え、先輩のゲネス隊の人間と一緒に戦い始める。
私も黒のナイフと一緒に細身のレイピアを抜いて、敵中に突撃をする。
「あ、姫様勝手に前に出てはいけません」
誰かが後ろで叫んでいるが、知らん。前の味方を助けるんだ。
レイピアで角ウサギの動きを牽制して抑えたら、そのまま右手に持った黒のナイフでとどめを刺していく。
途中倒れていた新兵を引き起こし、まだ意識があるのを確認してポーションを飲ませると顔に朱がさして生気が戻ってきた。
勝手に死ぬなよ。
この時右から殺気を感じて振り返ると、大土イタチが土の精霊をまとい、私の盾になっていた兵士を吹き飛ばして突っ込んできた。
私はとっさに、大土イタチの爪の一撃をレイピアでいなしながら、すれ違いざまに黒のナイフで大土イタチの腹を切り裂いた。
ドドドッ、大量の血を流した大土イタチは、数歩よろよろと歩いた後、倒れ込み、しばらくすると光りだしたので、私が左手をかざすと、プラーナの光が飛び込んできた。
どうやら他の兵士達にもプラーナの光が飛び込んできているようだ。
突然の襲撃で、苦戦はしているが、魔獣の数も減り、全体としては私達の方が優勢になってきてる。
私は、経験値稼ぎとしては非常に効率がいい状況だとニヤつきながら、残った角ウサギを刈り取っていく。
時間が経ち、最初の魔獣襲撃は混乱の中終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます