三日目――其ノ一
村の外れにある日本食料亭は、村民たちはもちろんのこと、村外の人たちからも愛される自慢の場所なのです。お店を経営しているのは小学校時代によくしてくれた先輩のご両親なので、少しだけお邪魔したことはあるのですが、ちゃんとしたお客としてここへ来るのは初めてのことでした。
私たちの前には、光り輝く魚介類たちから地元でとれた野菜どもまで、あらゆる食の原石が見事な技術によって調理され運ばれてくるのです。これはもう、ついついお酒が進んでしまうのも仕方がありません。ですので、私が我に返った時にはすでに、視界はぼやぼやして体はとろとろとろけそうな状態になっていたのです。
「よく言われる。というか音衣、ふらつき過ぎ。」
足取りのおぼつかない私は、よろよろと彼女にもたれかかったので怒られてしまいました。
「あはは。ほんとだねぇ。千鳥足だぁ。」
ハルハルとシーズーの歩くスピードはとても速く感じられました。私はついていくので精一杯です。私も普段はあれほど速く歩いているのでしょうか? とても信じられません。
私は彼女たちの後ろをふらふらと歩いて行きました。二人はいつもと同じように会話をしていました。こうして、客観的に見ると、とても仲睦まじく映るのですが、昔の二人を知っている私からすると、なんだかとてもぎこちない関係に見えてしまって仕方が無いのです。私が間に入るべきなのでしょうか? それとも、二人だけで解決させるべきなのでしょうか? そうやって六年も過ぎてしまいました。無力なことこの上ありません。
彼女たちの姿はどんどん離れて行くばかりです。意識も体もふにゃふにゃしている私はそのペースに合わせるのが大変です。もう少しだけでいいのでゆっくりして欲しいものです。
そう思いつつ私は唐突に振り返りました。どうして振り返ったのかは分かりません。ただ、何となく振り返りたくなったのです。
すると、山道の中へと入って行く人影が映りました。そして、私は何となく思ったのです。その人影はムン君なのではないかと。
髪の毛はとても長くて、当時の彼とは似ても似つかなかったのですが、その歩き方は正しく、私の記憶の中のムン君そのものでした。
正直、暗くてはっきりしたことは分かりませんでしたが、私はいつの間にか誘われるように、その人影を追って山道に入っていました。
山道の中は本当に真っ暗でした。冷涼な風が山の中を吹き抜けています。さっきよりも少しだけ気温が下がったように感じられて、ちょっぴり寒いです。彼の姿は見当たりません。酔っぱらいがもたもたしているうちにとっとと先へ行ってしまったのでしょう。
山道は緩やかにカーブしていました。私が足を進めるたびに、その分、次の景色が現れるので、一歩踏み出すごとに、前にいるはずの彼の影が見えるのではないかという期待を膨らませました。しかし、一向に彼は見えません。
「ホーホー」フクロウが鳴いています。それはとても可愛らしい鳴き声なのです。
こうしてここを歩いているとなんだか子供に戻ったようでわくわくします。幼い頃は探検と称してよく夜の山道で遊んだものです。そしていつも大人の方たちにこっぴどく叱られていました。「神隠しにあうぞ」と脅されたりもしましたっけ。
しばらく進むと、道は長距離に渡って直線を描いていました。そしてついにその先に彼の姿を捕らえたのです。
「ムンく~ん」
彼を捕らえたのはいいのですが、体とろとろの私は追いつけそうもなかったので、叫ぶしかありませんでした。しかし、彼は見向きもしてくれません。
「ムンく~ん」
私は必死に足を回しましたが酔いの力には勝てそうにありません。まるで月にいるかのように動きはスローテンポでした。そして、気がついた時には彼を完全に見失ってしまっていたのです。
ああ、私はどうして今日、お酒を飲んでしまっていたのでしょう。アルコールにさえ邪魔されなければ、彼とお話できる所までたどり着けていたはずです。せっかくのチャンスを棒に振ってしまいました。なんとも残念なことなのです。
私は仕方なく帰途に就きました。肩を落とし、道を下っていると夕立に見舞われたので、持ち合わせていたお気に入りの傘を盛大に広げました。水を弾く傘の音がとても切なく感じられます。
雨はとても激しく降り付けました。それはまさにゲリラ豪雨です。
滝のような雨は数十分ほど降り続け止みました。このような短くて強い雨は、この村の典型的な降り方なのです。
コテージの玄関を開くと、そこには三足の靴がきれいに並べられており、脇には端正な一本の濡れた傘(デザイン的にシーズーの物だと思われます)が立てかけられていました。
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