五日目――其ノ四

 ゴミ山はパチパチと音を立てて終末を迎えてた。周りには黒く原形を想像させない灰が散らばってる。

「やっぱいないか」

 もう、結構いろんな場所を探したし、いろんな人が捜索してくれてるからそろそろ見つかってもいいはずなんだけど、彼女はまだ出てこない。子供の足で行ける場所には限りがあるはずだからそんなに遠くには行ってないはずなんだけど、全く見つからない。

「ほんと、どこいったんだろ?」

疲れ切った心身からはため息が零れた。

 もう少し別の場所を探そう。そう思って歩き出した時、まるで人形の物かと思われるくらい小さな靴が目に飛び込んできた。それはゴミ山から数メートル離れた所に、きれいに揃えられて置かれてる。靴の中には、これもまた小さい靴下が入ってた。それは乃愛の靴と靴下だった。

 乃愛が靴と靴下を脱ぐ行為には見覚えがあった。それはどこか狭い場所に隠れる時。隠れられる場所……。

 俺は急いでゴミ山の残り火を踏み消した。燃えカスを我武者羅に掻き分けた。さすがに少し前まで火がついてたから、熱くて熱くて仕方なかったけどそんなことを考える余裕は微塵も無かった。

「乃愛、乃愛。いや、いないよな。いるはず無いよな」

なぜか自然と無味な笑いが漏れた。

 手は黒く黒く、そして赤く赤く染まって行った。ひらひらと宙を舞う灰は、喉の奥に入り込んで、俺を大きく咳き込ませる。白い煙は目に染みた。

 何か固いものに触れた。それは、他の物より一段と熱かった。

 それは、ネックレスだった。それも、見覚えのあるやつ。

 ネックレスは何かに巻き付いてた。真っ黒だったし形もおかしかったから元の面影はなかったけど、大きさとか、重さとか、状況とかで何となく察した。

「乃愛……。燃えっちゃったんだな。」

 どこからか叫び声が聞こえた。男の太い絶叫だった。

「ヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ……

それは怒りでも、恐怖でも、苦しみでもなくて、悲しみ近い様相をしてた。まるで絶望を体験してるかのように。

 うめき声にも似たその声は、骨の奥から直接響いてくるように感じた。自分の中にいる誰かが叫んでるみたいな妙な感覚。声は段々俺の体と馴染んできて、全身を震わせた。

 世界は暗くて声だけが存在してる。何も見えないし、誰もいない。でも全然寂しくない。むしろそっちの方が楽だとさえ思える。

「あんうん。あんうん」

今度は女性の声。凄く小さくて聞き取りづらい声。それが男の声の隙間から顔を覗かせ始める。

「あんうん。あんうん」

女性の声は次第に大きくなってくる。それは中から響く感じじゃなくて、外から投げかけられてるような聞こえ方。

 男性の魂を引き抜くような叫喚と、女性の魂を連れ戻すような呼びかけが、鼓膜を境にせめぎ合ってる。

 肩を何かが揺らしてた。それに合わせて体が前後に揺れた。

「ワン君」

目の前には音衣がいた。ひどく悲し気な顔をしてる。

 そこでようやく気がついた。女性の声は音衣のものだったことと、男性の声が自分のものだったことに。自分が我を忘れて泣きわめいてた事に。

 音衣は俺に何か言ってるみたいだった。何を言ってるかは分からない。今の俺に何を語りかけるんだろ? 全てを失った俺に。

「全てを失った? ああ、そうか。俺の大事な物、亡くなっちゃったんだよな。あはは」

「……………………………………………………………………………………………………」

「ヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ……

また男の声。さっきと同じ男の声。今度はどんどん遠のいてく。体の中にはいるんだけど、なぜか離れていくような感じ。




                   ○




                   ○




 目を覚ますとそこは室内だった。ほのかに漂うヒノキの香りが鼻をかすめる。

「一」「一」「ワン君」

三人の女性が一斉に声を上げる。凄く心配そうな表情。何かあったんだろうか?

「一、 大丈夫?」

「何が? って言うかどうしてみんな集まってるの?」

「ワン君が急に倒れたからだよ。大丈夫? 気分悪くない?」

「そうだったんだ。悪い。心配かけて。俺は全然大丈夫だから気にしないで」

記憶は無かったけど、とりあえずいつもみたいに軽い調子で返す。でも三人の表情は浮かなかった。

「みんな、何でそんなに暗い顔してるの? 何かあった?」

三人は何も言わずただうつむいてる。これは多分ただ事じゃないし、だからこそ、それを俺が三人のためにも解決してあげないといけないなっていう使命感に駆られた。

「何があったか言ってみて。俺が力になるから」

そう言って三人の発言を促した。

「ワン君。乃愛ちゃんのこと……」

乃愛ちゃん? 何の話だろうか? そいつが彼女たちを苦しめてるのだろうか?

「何? その子がどうかしたの?」

すると、華ちゃんがいきなり甲高い声で泣き始めた。

「乃愛ちゃんはきっとトリさんになってお星さんに行っちゃったんだよね……。だから……だから……」

 視界が真っ暗になった。聞き覚えのあるフレーズ。

乃愛……乃愛……乃愛……乃愛……乃愛……乃愛……乃愛……乃愛……乃愛……乃愛……

誰だっけ? 

 ああ、俺の娘か。そういえば乃愛、死んだんだったな。

 燃えちゃったんだよな。肌は真っ黒で爛れてたな。

 何で燃えたんだっけ? はっきりとした事は言えないけど、多分あの男だよな。明らかに怪しい風貌だったし。ゴミに火、つけてたのあいつだし。あいつがゴミと一緒に燃やしたんだろうな。それ以外考えられないし。

 あの男の目的、何だったんだろ? 何のために乃愛を殺したんだろ? 

 まあどうでもいっか。それを知ったところで何も変わらないし。

 乃愛……

「ヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ……

何か聞こえる。男の声らしい。

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