二日目――其ノ二

 彼女は顔を萎め、瞳をうるうるさせた。そんな彼女を見てると、こっちまで悲しくなった。でも、彼女はそんな俺を差し置いて、すぐ立ち直りお願いの手を作った。

「きつねさんがだいじょうぶですように。きつねさんがだいじょうぶですように。きつねさんがだいじょうぶですように」

彼女は祈る様にそう唱えた。

「何してるの?」

そう聞くと

「ほたるさんにね、きえるまでにね、さんかいおねがいごとをしたら、そしたら、おねがいごとがかなうんだよ」

その姿は息が零れるくらい健気で、俺は心臓を一突きにされた。だから、彼女がホタルと流れ星を勘違いしてる事には触れなかった。

 俺たちが絶景に目を奪われていると、途中で華ちゃんと音衣が合流した。

 華ちゃんも俺と同じで、初めて見るその景色に唖然としているみたいだった。そんな華ちゃんを誇らしげな表情で音衣が見つめてた。

 俺たちは、ホタルを眺めつつ川を下った。背後からは三人の他愛無い会話が聞こえる。

「みんな。どう。気に入ってくれた?」

「うん」

「そっか。よかった。私もここをすごく気に入ってるんだ。昔こっちに住んでた頃、夏になるとよく友達と二人でここに来てたんだ。だからすっごく思い入れがあるの」

俺がそれに参加せず一人前を歩いてると音衣が静かに近づいて来て大きな声で耳打ちしてきた。

「ワン君ワン君」

俺は思わず驚いて声を上げた。

「ワン君はどう? 気に入ってくれた?」

彼女は腕を後ろで組み、下から覗き込むように俺を見上げる。

「うん、まあ」

「乃愛ちゃんも気に入ってくれたみたいだし、よかったね」

得意げなその笑みは幼少期から変わらない。

 音衣、華ちゃん、そして静ちゃん。三人とも立派に成長した。小さい頃から、俺がお兄さん的な立場だったから、そのことに何となく驚きを感じる。変わった所。変わらない所。三人はあの頃の三人であって、あの頃の三人じゃない。でもやっぱりあの頃の三人なんだと思う。

「うん。よかった。仕事忙しいから乃愛をどこにも連れてってやれなくて困ってたんだ。だから、こういうのはありがたい」

「うんうん。やっぱ男手一つで子育てするのは大変だよね。ワン君、ファイト」

音衣らしいそのゆるふわなトーンの激励は、自然と俺を元気づけ、それと同時に和ませた。

 音衣と俺は肩を並べて歩いた。肩と腕がときどき触れた。

 彼女はいつも楽観的。だから俺はいろいろと思い悩んでた頃、なぜいつも気楽でいられるのか聞いたことがあった。そしたら彼女は

「どんなにつらくても抜け道はどこかにあるものだから」と言った。

それを聞いて、すごく納得した。理由は、自分自身もそれまでそういう抜け道を活用して生きていたから。俺が何をしても上手くいってたのは、能力の高さもあっただろうけど、それ以外に、簡単に上へ登れる抜け道を知っていたからだと思う。

「音衣と俺ってそういう意味では似てるのかもしれないな」と独り言のように呟いた。

「えっ何?」

「何でもない」

無雑な彼女の質問に、俺は焦らすように返した。彼女はその内容がすごく気になるみたいで、「何て言ったの?」と耳が腫れるほど聞いてきたけど、俺のSっ気が彼女が一番もどかしいと感じそうないい塩梅で、それをかわし続けた。

そうやって仲睦まじくイチャイチャしてると、背後からウリボーみたいなのが二人の間から顔を出して

「ねいとおれってそういういみではにてるのかもれないな」

と大人びてているというか、幼い者が無理して大人ぶっているような口調でそう言った後、俺たちを裂くように走り抜けた。そいつはそのままかなり前の方まで走って行って、振り返り、こちらを見ながら「きゃっきゃっ」と笑ってた。

「ノアノアは一パパが大好きなんだね。パパの真似して嬉しそうにしてる」

「そう。あいつ最近、俺の真似にハマってるんだよ。でも俺なんかの真似して育ったら、大した大人にならないと思ってやめさせようとするんだけど、全然聞かなくて」

「ワン君ずいぶん弱気だねぇ」

「いや、俺も一度失敗してるから」

そう言いながらいろいろと思い返した。一度のミスで人生が狂うこともある。一度落ちると苦労する。だから乃愛には、落ちる心配のない綺麗なレールを辿って欲しい。

「ふぅん。でも、気にすること無いと思うけどなぁ。真似するのは成長過程の一つだと思うからむしろプラスじゃないかな。それに真似しててもしてなくても親に似るのは仕方ないと思うよ。蛙の子は蛙だから。」

彼女は冗談交じりにそう言った。

「俺、今貶された?」

「違うよ。いい意味でだよ。いい意味で」

そう言って彼女は弾んだ顔をした。

 そんな表情をしていた音衣は、仕草から滲み出るその趣に対して、ごく自然な形で振り返った。するとその顔つきはすぐに浮かないものに変わった。それを見た俺もごく自然な流れで振り返り、「あっ」とした。

 そこには誰もいなかった。華ちゃんはいなかった。

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