四日目――其ノ二

                    ○




 午後十一時三十八分。「ガチャ」玄関の開く音がした。「一と静子が帰ってきたのかな?」部屋の扉が開く。私は顔を上げた。

「ハルハル。ただいま。遅くなっちゃった」

彼女は特にいつもと変わらない様子で小さく手を上げていた。そして何事もなかったかのように部屋を横切り「ふぅ」と軽く心を揉むようにソファに腰かけた。

「えっ、音衣」

私が抱いていた不安という温度と、彼女のそれがあまりにもかけ離れていたため、驚きが思わず漏れてしまった。

「音衣。どこに行ってたの? すごく心配したよ」

「ごめん。夕飯までには帰る予定だったんだけど、いろいろ盛り上がっちゃって」

「連絡してもつながらないし、メッセージも見てなかったよね」

「それもごめん。充電が切れてたから」

彼女は、合掌をした手の横から左目だけ閉じた顔を覗かせている。

「そういえば、他のみんなは?」

「みんな音衣のこと心配して、さっき管理人さんに、音衣を探すのを手伝ってもらえるように頼みに行っちゃったんだよ」

「えっ。そうなの? それは悪い事しちゃったなぁ」

音衣は申し訳なさそうな表情と共にそう言った。

 彼女は壁にかかっている時計に目を向けた。

「あれっ。もうこんな時間? もう少し早いと思ってたのになぁ」

彼女は不思議そうに、でも納得したように呟いた。

 このとき私には一つの思案が思い浮かんだ。それは「神隠し」と時間の関係だ。これはネットで得た情報だが、「神隠し」に遭遇した人たちは基本的に帰ってこないと言われている。しかし、戻ってきたという事例もいくつか存在するらしい。そんな中、ネットが語る話では、帰還者が体験した時間と実際の時間が嚙み合わないことが多くあるというのだ。私は音衣にもそれと同じようなことが起こったのではないかと考えた。

 私はもう限界だった。音衣に言われた通り、できる限り気にしないようにしてきた。でも、「謎の男」に「神隠し」これ以上耐えられる自信が無かった。私自身に降りかかる忌々しい出来事もそうだが、それ以上に自分の親友が危険な目に逢うことに、これ以上ない苦痛を感じた。

「音衣。もう帰らない?」

「帰るって?」

「街に」

「えっ。どういう事?」

「この辺り、なんか変だよ」

「変って?」

「だって、ここはい――

「ガタン。ドッドッドッド。カチャ」

私の言葉を遮るように、一が慌ただしくドアを開けて入ってきた。

「あれ。音衣。帰ってたの?」

「うん。ごめんね。心配させちゃって」

「いや。別に。無事だったならいいんだ」

彼はなぜか焦っている様子だ。

「静ちゃん。静ちゃんは帰ってない?」

「静子? 帰ってないよ。何で?」

「あいつ、突然いなくなったんだよ」

昨日と同じだ。身震いがした。

「もっと詳しく聞かせて」

「いや。そのままだよ。俺と静ちゃんは二人で管理人室に向かった。それで管理人室に着いたんだけどそこには誰もいなくて。だから家まで行ったんだ。そこでようやく管理人に会えたから、俺が事情を説明してた。そしたらいつの間にか静ちゃんはいなくなってたんだ。連絡も取れない」

 私たちは管理人さんと一緒に静子を探した。藪の中や山道を。しかしその日のうちに、彼女を見つけることはできなかった。

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