三日目―—其ノ三
しばらくしてその声は息をひきとるように消えていった。周囲には再び静けさが戻ってきた。
「コン・コン・コン・ざっ・ざっ」
足音が遠ざかっていく。いつの間にか聞こえなくなっていた雨音も、思い出したようにまた流れ始めた。さきほどまで近くにあったおぞましい気配はもう無かった。もしかして助かった? そう思い扉の隙間から恐る恐る外を覗いた。何もいない。目に映るのは賽銭箱、屋根から落ちてくる水、そしてひっそりとそびえ立つ鳥居だけだった。私は胸をなでおろした。
「はぁ。よかった」
私はゆっくりと壁にもたれかかった。するとその弾みで足が神棚に触れた。
「コトンコトンコトッコトッコトトトズドンズドドドド」
神棚は大きく揺れ、神具が体勢を崩し雪崩のように地面に落下した。足元には祭られてたであろう様々な道具が散らばっていた。私はうなだれた。元通りに戻せるかな。そんな事を考えながら下に落ちている神具を手に取った。その瞬間
「トン・トン・トン・トン」
その音に合わせて扉はカタカタと揺れ、留め具が「キーコキーコ」と鳴った。何かで突かれている。隙間から差し込む僅かな光はちらちらと影を見せている。その場が凍りつく。いる。誰かがそこにいる。おそらくやつだ。私は焦りを覚えた。いなくなったはずじゃ?
「トン・トン・トン・トン」
扉が再び突かれた。それは明らかに私に対して行われているように感じた。まさか見つかった?
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」
扉が外れそうなほど大きく揺れた。まるで地震でも来たかのように建物はキーキー泣き叫んだ。
「ぴちゃっぴちゃっ」
水の落ちる音が聞こえてくる。
「ズドォーン」
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」
扉の揺れは狂気じみたまでに高速で、今にも鍵を壊されそうな勢いだ。
「やばい。ダメ。助けて」
私は必死に扉を抑えた。しかしその足掻きが全く通用しないほど扉は激しく前後した。血管が縮こまる。心臓や胃などのあらゆる臓器を掴まれているような感覚に見舞われる。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」
もう無理。やめて。もしこの扉が開いてしまったら私はどうなるのだろう? やつの目的は何? 私は半泣きになりながら扉を抑え続けた。
「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」
勢いはさらに増した。
「もうやめて」
私は何かにすがるような甲高い声でそう言った。
「ガタガタガタガタガタッ」
するとその揺れは唐突に治まった。辺りには、三度静寂が訪れた。
「はぁ・はぁ・はぁ」
これはどうなったのだろう。やつは? 私は急に静まり返ったこの状況を飲み込めずにいた。もう何も起こらないで欲しいという淡い期待と、また恐ろしいことが起こるのでは無いかという言い知れぬ不安が混在している。私はこれからどうするべきだろう? 逃げるべきだろうか? しかし体は硬直し、動けそうにない。ここに留まるべきだろうか? いや、それも安全ではない。どうすればい
「ズドォーン」
雷鳴と共に室内が一瞬明るくなった。そして私は全てを悟った。なぜなら、扉の隙間から、無理に大きく見開かれ、蜘蛛の巣のように縦横に血走った眼球がこちらを真っ直ぐ見つめていたからだ。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
○
○
オレンジ色の灯りがうっすらと目に入る。ヒノキの香りがほのかに漂う。私は仰向けになっている体を起き上がらせた。どうやらここはコテージの前らしい。なぜ私はここにいるのだろう。雨はすっかり上がっていて空には星が輝いている。私は立ち上がり、ドアを開け、中へ入った。
玄関には靴がしっかりと四足ある。奥からは馴染んだ声が聞こえる。私は急いで部屋へと進んだ。
「あれっ。帰ってきたよ。華ちゃん」
「ハルハル、おかえり。ってどうしたの! そんなに濡れちゃって」
「華花。おかえり。私バスタオル取って来るわ」
自然と涙が溢れ出してくる。それはここ最近で流したどの涙よりも暖かかった。私はみんなのもとに駆け寄った。
「静子。音衣。二人とも無事だっ……たん……だ」
そんな私を音衣は静かに抱きしめてくれた。静子はびしょ濡れの私をバスタオルで拭いてくれた。
「ハルハル。大丈夫? 何かあったの? 話聞くよ」
「ううん。いいの。二人がいてくれるだけで十分だから」
体の骨が無くなったかのような脱力感がある。私は初めて止まらない涙を経験した。この気持ちをどうやって表現すればいいか分からない。出てくる言葉は「よかった」それだけだった。
私の身の回りで起きた不可思議な現象の原因は全く分からない。でも理由なんてどうでもよかった。経緯はどうであれ最終的に到達したのが今この瞬間ならば、私にとってこの上なくありがたいことだ。
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