Story28 リヴスル脱出作戦②


 急に回りが慌ただしく動き始めた。

 さっきまでの静寂は何だったのかというほどだ。


 〘工具をしまうのだ!〙


 「フォッフォッフォ、騒がしいのぉ」


 部下たちに撤退を急かすファールスたちに、それを微笑ましく見物しているフォルサさん。


 ちなみに、格子窓は既に半分壊れており、それについてはユニコーンのように頭に角を生やし、ペガサスのように羽を持った、美しく白い精霊「ファンタルス」によって他人にはまるで何事もなかったかのように「幻視」させているらしい。


 ティムの五重結界は物を見えなくさせることしかできず、壊された格子窓を隠すのは無理があるため、「幻視」の能力を持つファンタルスに協力してもらっている、という訳だ。


 そんな中、リピルとミュシアが急にお礼を言ってきた。


 「ミム、ありがとう!あなたがいないと、こちらは安心して作戦を続行することができなかったから助かったよ!」


 「………ナイス」


 私には、全く脱出作戦を手伝えない私を気遣って言っているように聞こえてならなかった。

 …だが、


 「全く、調子いいんだから…」


 無表情を装ったものの、心の中には嬉しさが込み上げてきて、何とも温かい気持ちになった。


 ――嬉しかった。褒められるのが。


 ~・~・~・


 前の世界では、クラスメートから褒められても、嬉しく思うことはなかった。

 その褒め言葉は自分が何かの役に立って言われたことではないし、言った相手と仲が良いわけではないからだ(と思っている)。


 「かわいい」、「クール」、「さすが」、………

 クラスメートから発せられるこの言葉は、決して本心によるものではないだろう。


 最近の女子において、相手がどんな見た目であろうと、自分よりかわいくなかろうと、「褒める」ということは一種のとなりつつある。

 そして、褒められた相手はそれを一身に否定する。これがお決まりだ。


 そして、少なくとも、そのことを痛いほど知っている私は、褒められることに嬉しさを感じたことはこれっぽっちもなかった。

 ただでさえ他人とうわべだけの付き合いをすることを苦手としている私にとって、うわべだけの褒め言葉は苦痛だった。




 ――でも。


 この世界に来てから、何か私は変わった気がする。


 他人が、世界が、変わったからかもしれないが、以前よりも他人と話すことが楽になっている気がする。


 ルキやハピィ、リピルやミュシア、ファルスやフォルサさん。

 異世界に来てから出会った人々と話すときには、何故か違和感を感じなかった。

 それはなぜか。


 ……自分を知らない人しかいない世界に飛ばされて、安心しているからではないだろうか。


 私は、もしかすると、前の世界の人たちとの関係にうんざりしていたのかもしれない。

 思い起こせば、異世界に転移してしまったとき、絶望感の中に、ほんの少しの安心感もあった。

 それは、私のことを知っている人のいない世界に来て、今までの生活に終止符を打てたことへの安心感なのだろう。


 だから、話せたのでは――?



 私は、この異世界転移をきっかけに、無意識に「変わろうとしていた」のかもしれない…


 ~・~・~・


 〚どうだ?1日飯を食わずに生きた感想は?〛


 少しの間物思いにふけっていると、ブーツの音の主は来た。


 全体的にウエスタンな格好をした、緑色のカエルのような魔人。

 腰には大きな剣とハンドガン。


 この世界での凶器の文明は進んでいるんだな、と考察していると、


 〚……おい、女。何をそんなにジロジロと見ている?〛


 醜い、ガラガラした声でそう言われて、やっと私は我に返った。


 「……別に」


 〚ああん?おかしな女だなぁ?あと数日で飢えしんじまう運命だってのによぉ??〛


 ニヤリとしてそう言われると、最高に腹が立ち、何か言い返してやりたくなった。

 …が、


 (…ミム、落ち着いて)


 頭の中に直接リピルの声が聞こえてきた。


 (あいつは、あなたを怒らせて私たちが何か企んでないか聞き出そうとしているに違いないわ)


 私はハッとした。

 確かに、そう言われるとそうかもしれない。

 もしリピルの制止がなかったら、私はついうっかり口を滑らせて、作戦のことを言ってしまっていたかもしれない。


 危ない危ない。口は禍の元と言うし、そっちの魂胆には乗らないんだからな!


 ……っていうか、どうしてリピルの声が頭の中に?


 (私の呼び出した精霊の中に、脳内会話ヘッドスピークを得意とする子がいてね)


 なるほど、それで私の制止を図ったのね!ありがとう、リピル!助かったよ!


 (いえいえ!)


 そんな脳内会話を繰り広げていると、魔人はしびれを切らした。


 〚……チッ。少しでも怪しい動きを見せれば、俺らが駆け付け、そして1人残らず殺すことも可能だ。そこで大人しく死んでいくまで、またはそこのレーシュが俺ら魔族に協力するまで、テメェらはここから逃げられねぇからな〛


 そう言って、そのカエルの魔人は牢屋の前にドスンと座り、私たちを監視し始めた。


 ここからどうしよう、と思っていると、リピルがまた脳内に話しかけてきた。


 (私の精霊で、一時的に眠らせてみる)


 …え。そんなことができるの?


 (一応ね。少し魔力は消費するけど、時間稼ぎにはなるはず)


 でも、その格子は魔力無効なんじゃ…


 (大丈夫。この格子が効かないのは格子に対する物理的攻撃だけで、精神的攻撃は大丈夫みたい)


 えっマジで?セキュリティガバガバだねこの牢屋…


 (セキュ…?…とりあえず、試してみるね)


 少し困惑しつつ、魔人がそっぽを向いた瞬間にリピルが指を軽く動かした。


 するとあら不思議、魔人の周りにキラキラしたものがまとわりつき、数秒でウトウトし始めたではありませんか。


 〘さすがお嬢。…しかし、無理はしないでください〙


 「分かってるわ。――さぁ、早く続けて」


 小声でリピルがそう言うと、ティムの五重結界を使って作業が続けられた。

 ファンタルスは相変わらず「幻視」を使っている。


 (そういえば…リピルってどのくらいの精霊を召喚してるんだろ)


 ふと思うと、リピルが答える。


 (う~ん、ざっと10くらいかな)


 多っ!?


 (まぁ、その影響でロクな魔法が行使できなくなっちゃったけどね)


 そんな脳内会話をしていると、ドゴン、と何かの外れる音がした。

 見ると、格子窓が外されていた。


 〘お嬢!格子窓が開きましたぞ!〙


 「やったわね!それじゃ――」


 リピルがそう言いかけた、その時。





 〚――なんだァ?今の音は?〛






 醜い、ガラガラした女の声。

 背筋が凍った。



 ――バレてしまったのだ。「あいつリャナーサ」に。

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