Story2 自覚と懐古と絶望と


 …あ、あの亀の一撃って…そんな大きかったの……??


 完全に思考停止する私。いやいやそんなわけないだろ。

 絶対に別の理由に違いない。


 しばし考えたのち、私はある一つのに気付いてしまった。


 「……ねっ、…ちゅ……う、しょ…う………?」


 よくよく考えてみれば、私はここに来てから少しも水を飲めていない。

 しかもこの暑さだ、あっという間に体内の水分量が低下、痙攣でも起こしてしまったのだろう。



 ――ていうか、私、やけに落ち着いてる……?


 なんか、もうどうでもいいような、投げやりな気分…


 こんなところで倒れた私の運命はもはや、一つしかない。



 「私……ここ、で………死、ぬの…………?」



 しかし、そのことを口に出した瞬間に、私は絶望する。


 あと、もうちょっとだったのに。


 あと、もう少し頑張って歩いていれば、水でもなんでも恵んでもらえたかもしれないのに。



 ――そうすれば、生きられたかもしれないのに。



 (犬死にとは、まさにこのことだな――)


 私は心の中でボソッと呟いた。


 せっかくこの世に生を受けたのに、こんなどうでもいいところで命を落とすことになるとは。


 ――このことをもし、お父さんとお母さんが知ったら。


 泣き叫び、絶望に打ちひしがれるのだろうか。



 そんなことを考えている自分は、いたって冷静だった。


 「人は、本当にもうすぐ自分が死ぬことを悟ると、慌てたり泣き叫んだりはせず、逆にとても冷静になる」


 どこかの本にそんなことが書いてあったが、それは果たして本当らしい。



 ……少なくとも私は、死が目前に近づいているというのに、冷静を保っていた。


 走馬灯、というほどではないが、今までの思い出がよみがえってくる。


 (……不思議だなぁ、こういう時に限ってあの憎たらしい弟達やうるさいクラスの男子どもがいとおしく思えてくる)


 言葉も話せなくなった私は、心の中でそう呟き苦笑した。


~・~・~・


 私はクラスではある程度おとなしくしており、男子どもはそんな私をイジるのを楽しんでいた。


 当然、反応に困る私。そして、そんな男子を女子が非難・叱咤し、私を守る。


 それが日常であった。


 何も男子は本気で私をいじめてたわけじゃないし、女子も本気で私を守ろうとしたわけではないだろう。


 ――要は、のだ。


 男子が私をイジり、女子がそれを叱り私を守る。

 みんなはそのルーティンを楽しんでいたのだ。


 こんなんだから、私は人と付き合うのが好きではないのだ。

 表面だけの付き合いなど、したくない。


 しかしそれを口にも出せずひたすら押し黙っていたら、勝手にマスコットキャラ的な位置にされて。



 ――でも。今だからこそ分かる。


 「私もその境遇をのだ」、と。


 私は、嬉しかった。

 こんな私に、構ってくれる人がたくさんいる。


 …それを当たり前のようなことだと思っていたから、うんざりしていただけなのだ。


 ――私は、自分勝手なのだ。自分で勝手に、自分を被害者扱いしていただけなのだ。

 「あくまで自分は迷惑しており、相手が勝手に構ってくる」、とかこつけて。



 しかし、そんな日々は、なんだかんだで、懐かしい日々だった…


~・~・~・


 所変わって、自宅。

 家に帰ると、決まってドタドタ、と家の中を駆け回る双子の弟たち。


 私にとっては、うるさくてたまらなかった。


 どうして小学生の男子というものは、こんなに動き回るのが好きなのだろう。


 あんたらはマグロか。止まったら死ぬのか。

 思わずそんなツッコみをしてしまいたくなるほど、あいつらのワンパクさには心底迷惑していた。


 家には、自分がゆったりとくつろげる時間はなかった。

 弟たちのおかげで、家の中には安寧など存在しなかったのだ。


 ――思えば家でも、笑うことが減ったな。

 そう自覚し始めた時から、私の顔は変化に極端に乏しくなった気がする。


 変化する時があるとすれば、それは学校にて愛想笑いをする時のみ。

 怒ったときも、悲しいときも、感情が顔に出ることはほとんどなかった。


 ……私が心の底から笑うことは、今は不可能に等しいのだ。


 ――それでも。

 あいつらは正真正銘、私の弟であり、家族の一員であった。


 まだ小学4年生で、遊び盛りの彼らに、おとなしくしていろ、などということが聞けるわけがない。


 最近の子供は運動神経が悪いらしい。家の中でゲームすることが多くなったからだろう。


 そんな子供たちに比べ、うちの弟たちはゲームはもちろんするが、外で元気に遊ぶ方が楽しいし、充実しているらしい。


 それは健康的でよろしい事じゃないか。

 猫だって夜行性だから夜は動き回る。本能に従っているのだ。


 無理に静かにするよう言ったところで、本能がそうさせているのならどうしようもないことだし、第一自分が我慢すればいい話だ。



 ――どれだけ憎らしくても、憎めない、愛しい弟たち。


 その日常がいかに恵まれたことであったか、私は今になって自覚した。


~・~・~・


 ……ダメだ。どんな悪い、嫌な記憶も補正されて皆良い記憶に思えてきてしまう。


 ――でも、どうせもう死ぬんだから、いいよね……





 思えば、良い人生だった――かもしれない。



 私の意識は、ゆっくりと、でも確実に、遠ざかっていった。

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