第7話 運命を抱く令嬢

 程なくしてメロウはレクイエムへと連れていかれた。

 本来、レクイエムの居場所は関係者にも極秘事項であったが、セレナーデ家の令嬢に目隠しさせるわけにも、眠らせるわけにもいかず、他言無用という内容で一筆書かされ、ヘリに乗せられたメロウはレクイエムのある島へと向かった。


 レクイエムにつくと関係者総出でメロウを迎え入れた。

 まずは研究施設のようなところに案内され、丁重に右腕に腕途刑をつけられる。

 それが済むと優しそうな瞳をした、三十半ばと見られる男と、背中にバズーカ砲を背負った屈強そうな女を紹介された。


「メロウお嬢様、私、現在レクイエムで仕入屋をしている、ザルバ・ホーミーと申します。至らない点もありましょうが、お嬢様のお勤めの手伝いをさせていただきます」


 男の方がメロウに話しかけてきた。

 メロウはしばらくこの男について仕入屋を学ぶことになっている。

 なぜ仕入屋かと言われれば、管理者の中で唯一外と中を出入りする職だからである。

 気軽に行き来するメロウを見せれば、レクイエムのイメージが改善するとセルゲイは考えたのだ。


「私、コンツェルト、管轄、ジェンガ・タンゴ、刑殺官」


 屈強そうな女も話しかけてきた。

 周りの人間は失礼だろうとジェンガを注意したが、メロウは「構いませんわ」と、それを咎めなかった。

 ジェンガは言語障害により流暢に会話ができない。

 まるで機械のように話す彼女は、人との意思疎通を苦手としていたが、それでも高い戦闘能力を持っていた為、刑殺官としてのキャリアは長かった。

 メロウとザルバをここからコンツェルトまで護衛をするのに、ジェンガは呼び出されたのだ。

 ザルバはレクイエムの事と、仕入屋という仕事について事細かにメロウに説明していた。

 その間に、施設側の人間は、レクイエムから用意した馬車に、ヘリで運搬した荷物を積み込んだ。


 本来仕入屋というのは運搬から積み込みまで全て自分で行い、レクイエム入口からオラトリオまでの護衛を経てレクイエムで仕事をする。

 だが、メロウの場合はなにもかもがイレギュラーだった。

 レクイエムの威信にかけても傷つけるわけにはいかない。

 待ち伏せ組による万が一。

 それすらも当然許されず、裏口から出入りするよう上から指示が下りていた。

 職員としての期待はもとよりされていない。

 あくまで建前上の役割である。

 結局、父親から離れてもメロウが人形である事には変わりはなかった。

 準備が終わるとメロウとザルバは馬車に乗り、その傍らにジェンガがついて歩いた。

 大げさな扉を超え、洞窟をしばらく進み外に出ると、目の前には山があった。


「メロウお嬢様、寒くはありませんか?」

「ザルバさん。ありがとうございまし。大丈夫ですわ。それよりジェンガさんはずっと歩いて行かれるんですの?」

「平気、コンツェルト、遠くない」


 馬車は山道を進み続けた。

 メロウはまるで、いらないものをゴミ箱に投げ捨てたかのような今の状況を振り返ったが、生まれて初めて父親と離れられたからか、不思議と悪い気分ではなかった。




*** *** ***




 コンツェルトについたメロウたちは馬車を広場に止め、早速荷台を開いた。

 その様子を見かけた街に住む受刑者たちがこぞってやってくる。

 親族との面会すらないレクイエムでは、受刑者にとって外の世界との繋がりはこの仕入屋しかない。


「ザルバ、頼んどいたあれ、持ってきてくれたか?」

「ああ、これだね」


 外の世界のお菓子を渡して腕途刑をコツンとぶつける。


「ザルバ、これくれ」

「四日間だ」


 簡易的な店に並べられた睡眠薬の箱を一つ手渡し、腕途刑をコツンとぶつける。


「ザルバ、頼みたいものがあるんだが」

「そこの帳簿に名前と希望刑期を記入しといてくれ」


 ザルバが手慣れた様子で商いをする様を、メロウはまじまじと見ていた。

 一人でやれと言われたら、まず間違いなく務まらないだろう。


 仕入屋の需要は高い。

 ザルバ以外にも仕入屋はいるものの、供給がまるで追いついていなかった。

 しばらくザルバの仕事ぶりを見ていたメロウだったが、あまりに退屈だったので広場を見渡した。

 外の世界でも自由に行動をしたことのないメロウにとっては、興味深いもので世界はあふれていた。

 その時、メロウは一人倒れている女を見つけたのである。


 女は広場の隅っこで生きてるか死んでいるのかわからないほど、微動だにしていなかった。

 遠目からは寝ているようにも見えたが、よく見ると目は虚ろながらも開いていた。

 だが、人々はその女を気にする様子もなく、誰もが目の前を通り過ぎてゆく。

 女を心配し、メロウは、ザルバとジェンガに気づかれない様に馬車から降りて、倒れている女の元に駆け寄った。

 メロウが駆け寄ると、女は不思議そうな顔をしていた。


「ちょっとあなた、こんなところで倒れて大丈夫ですの?」

「私は……その……。ちょっと……大丈夫じゃないわね……」


 消え入りそうな声で女は答えた。


「一体どうしたんですの? 具合でも悪いんですの?」


――グゥゥウ~~……


 倒れていた女の腹から大きな音がなった。

 女は恥ずかしそうに顔を赤らめた。


「心配して損しましたわ。ちょっとお待ちなさい」


 メロウはそう言って近くの売店に走った。

 ザルバから腕途刑の使い方を教わっていたメロウは、売店でパンと水を買い女の元へと持って行った。


「早くお食べなさい」


 メロウがパンを女の口に押し込む。


「むも……もぐ……ごっくん」

「足りなかったらまた買ってきますわよ」


 メロウが水を手渡すと、女はそれをごくごく飲んだ。


「その……ありがとうお嬢さん。今、お礼を出来そうなものを持っていないのだけれど」

「そんなものはいりませんわ。私が好きでやっただけですのよ」

「今は無理だけど、いずれ必ずお返しするわ。管理者のお嬢さん」


 女はメロウににっこりと微笑んだ。

 とりあえず腹に物を詰め込んだおかげで先程より顔色が良くなったように見える。


「あなた、なんで私が管理者だとわかったんですの?」

「その、右腕に腕途刑をしてれば管理者の証よ。反対に受刑者は左腕にその腕途刑をしてるわ」


「なるほど」と、メロウは言いながら女の腕途刑を確認しようとしたが、女の右腕にも左腕にも、腕途刑は見当たらなかった。


「あらあなた、腕途刑はどうしたんですの?」

「私はその、腕途刑を持っていないのよ。刑期が常に無いからその、ご飯を食べるのも苦労するわね」


 女の苦笑いを見て、メロウはなにか力になりたいと思った。


「なら私が政府に掛け合いますわよ、きっと新しい――」

「駄目よ。その、ありがたいけどやめてちょうだい。お気持ちだけで結構よ。お嬢さん」


 話途中で止める女をメロウは不思議に思う。


「でもきっとまた、あなた食べ物に困るんじゃなくて?」

「大丈夫よ。その、次は倒れる前になんとかするわ。この子の為にもね」


 女はそういうと自分のお腹をさすった。

 その時、


「メロウお嬢様ぁ~~~!!」


 ザルバが呼ぶ声がした。

 さすがにメロウがいない事に気づいたらしい。


「私、戻らなくてはいけなくなりましたわ」

「そう。その、またどこかで会いましょう。私はシシー・ゴシック。その、改めてお礼を言うわ」

「私の名はメロウ・セレナーデですわ。それでは、御機嫌よう」


 その名を聞いてシシーは一瞬ピクッ、と反応したが、すでに背を向け、馬車に向かっていたメロウは気づく事はなかった。

 メロウはそのまま心配するザルバの元に向かったのである。




*** *** ***




 東の街、コンツェルトに一泊したザルバとメロウは、翌日、他の売れ残りを捌く目的と、注文されていた品を届けるために北の街、オラトリオを目指すことにした。

 生まれて初めてのオンセンを堪能したメロウは、オラトリオには今度はなにがあるのかと、ワクワクしていた。

 再びジェンガが二人の護衛につき、一同はオラトリオへと向かいだす。


 馬車がひたすら進み続けると、やがて山を越え、廃ビルの群れが見えてきた。

 山と、ビルは何度か見ていたメロウだったが、廃ビルがこんなにも立ち並ぶのを見るのは初めてだった。

 不気味に思い、背筋が凍る。

 途中、ビルの陰から受刑者がちらちらと見え隠れしたが、馬車に書かれた紋と、物々しいバズーカ砲を背負うジェンガを見て去っていった。

 日の上り始める早朝から出発していたが、オラトリオにつく頃には昼を過ぎていた。

 オラトリオの東門で待ち構えていたのは、街を監督していた刑殺官見習いの男だった。


「メロウお嬢様、ザルバさん。長旅お疲れ様です」


 馬車に乗ったまま、メロウとザルバは見習い刑殺官に「どうも」と頭を下げた。


「私、コンツェルト、戻る、二人、頼んだ」

「確かに。お任せくださいジェンガさん」


 ジェンガは二人の護衛を見習い刑殺官に任せると、管轄するコンツェルトに向け、再び歩き出した。

 重たいバズーカ砲を背負ったまま、街と街を休憩なしに往復する彼女は、人並の体力しか持たないメロウから見たら化け物同然である。

 オラトリオに入った三人は、街の中心地に向かっていた。


「お嬢様、食事にしましょう。なにか食べたいものはありませんかな?」

「私はなんでもよろしくてよ。ザルバさんの好きなものにしましょう」

「オラトリオでは普通の飯屋より酒場が盛んなのですが、メロウお嬢様にはまだ早いようですね」


 当然ながらメロウは酒を飲んだことがない。

 厳しい家で育ったメロウは、冗談でも飲酒なんて許されなかった。


「お酒ですか。ちょっと……、興味はありますわね」

「はは、私が怒られてしまいます。お嬢様」

「少しならバレないんじゃないですかね」


 三人が呑気に話していると、目の前を、いつの間にやら複数の受刑者たちが立ちふさいでいた。

 にやにやと笑いながら、馬車をじろじろと見ている。

 そのうちの一人が、護衛役の見習いに話しかけた。


「今、オラトリオを仕切ってるのはお前なんだってなあ?」

「……それがどうした!? そこを開けろ。馬車が通れないだろう」


 見習いは腰に掛けてあった銃を抜いた。


「おめぇよぉ、偉そうにしてるけどよぉー。エルビスがいない今その態度は不味いんじゃねーの?」


 男たちの中から微かに笑い声が聞こえてくる。

 ザルバとメロウは、見習いを信じるしかなかった。


「どうした? 撃たねえのか? ならこっちからいくぜ?」

「職務を執行するッ!!」


 見習いはそう言って挑発する受刑者の腹めがけて銃を撃った。

 その弾は確かに思い通りの場所に命中はしたが、甲高い音を上げただけで、男の体を傷つけることはなかった。

 見習いの武器を事前に調べておいた受刑者たちは、体のあらゆる箇所に鉄板を仕込んでいたのだ。

 撃たれても気にせず、そのまま見習いの銃をがっちりとつかみ取り、もう片手で見習いの顔を殴った。


――ビーッ!ビーッ!ビーッ!――


 腕途刑からけたたましい電子音が響いた。

 あまりの音量にメロウは耳を塞ぐ。

 そして目の前の光景に涙があふれてきた。

 一瞬でもレクイエムが平和だなんて思った自分の愚かさをメロウは呪った。

 ここは刑務所。

 倒れる見習いを見てメロウは絶望していた。

 恐怖で全身のふるえが止まらない。


「ハァーハッハァ! てめえを殺せば馬車の積み荷は俺たちのもんだ。そのままオラトリオからおさらばよお!!」


 受刑者は見習いから奪った銃をそのまま頭に突き付ける。


「終わりだ。死にな」


 見習いは目をつむり、覚悟を決めた。

 その時、受刑者たちの顔つきが青ざめていくのにメロウは気付いた。

 彼らの視線の先には二人の男が立っている。

 そのうちの一人は、メロウとほぼ同い年のように見えた。


「なんでエルビスがここにいるんだよ!?」

「今はこいつがオラトリオを仕切ってるはずだろ!?」

「かまわねえ! やっちまえ!!」

「エルビスさん。どうしてここに!?」


 見習いも二人を見て驚いていた。

 どうやら敵ではないらしかった。

 二人はそれに答えずになにやら話し合ってから、いきなり若い方の青年が両手に銃を構えた。

 青年は両手の銃で、的確に受刑者たちを打ち抜いたが、致命傷と呼べるケガは負わせられていない様であった。

 もう一人の中年がザルバの元にきて話しかける。


「仕入屋さん。頼んどいたもの、ありますかね?」


 ザルバは馬車を降りて荷台からなにやら取り出していたが、メロウにはそれより目の前で鮮やかに戦う青年が、強烈に目に焼き付いて仕方がなかった。

 自分とほぼ同年齢かと思えるその姿で、自分が恐れて何もできなかった相手と勇敢に戦う姿は、メロウの瞳を虜にした。

 気付くと、絡んできた受刑者の死体の山ができていた。

 メロウは馬車を降りて青年に駆け寄る。


「あ、あの! 助けてくれてありがたく存じますわ。あなた、すごく強いんですのね」

「あ? ……別にてめぇを助けたつもりはねぇ」

「貴様! お嬢様になんてことを!!」


 メロウに対し、聞くに堪えないセリフを口にする身の程知らずな青年を、ザルバは注意しようとしたが、メロウによって止められた。


「あなたのお名前を……教えていただけませんこと?」

「ハーディだ。ハーディ・ロック」


 名前を聞くとメロウはピットリとハーディにくっついた。

 それを見てザルバの頭は真っ白になる。


「ハーディ様! このメロウ、一生あなた様にお仕えしとうございますわ」


 突然のメロウの行動と言動に、ハーディの頭も真っ白になった。

 エルビスはというと、楽しそうにハーディをからかいだした。


「あっはっは! よかったな小僧。初めてモテたんじゃねえのか!?」

「うるせえ! 黙れじじい!!」


 メロウ・セレナーデ。

 十四歳にして初めての初恋であった。

 ハーディとの運命の出会いは、彼女自身の運命をも大きく変えることになる。




*** *** ***




 メロウが仕入屋になってからそろそろ四年が経とうとしていた。

 つい数時間ほど前に、レクイエムからセレナーデ家の屋敷に帰ってきたメロウは、昔の華奢なイメージを脱ぎ捨て、少したくましくなった様にも見える。

 屋敷に入るなりメロウは、父、ヴァンド・セレナーデの書斎に向かった。

 書斎の扉を開け、久しぶりにメロウは父親の目の前へと姿を見せる。


「お待たせしましたわ。お父様」


 目を伏せ、メロウは静かに父に話しかけた。


「うむ。……メロウ。おまえも来年で十八になる」


 メロウの父、ヴァンドが娘を呼び出した理由はただ一つ。

 メロウの結婚相手が決定したからだ。

 相手は製薬会社を中心に経営する財閥。

 セレナーデ家としては身内に引き込んでおきたい相手だった。


「式は来年、おまえの誕生日の日に執り行う。わかったら下がれ」


 メロウは奥歯をぐっと噛みしめた。

 頭に浮かんでいたのは二人のライバルとの約束。

 辛かった。

 苦しかった。

 怖かった。

 泣きそうだった。

 震えが収まらなかった。


――私は約束したんですのよ。絶対に想いを伝えてくるって


 だが、メロウは十七年間ずっと言えなかった思いを口にした。


「嫌ですわ……」


 ぼそりと呟いたメロウの声を微かに聞き、ヴァンドはメロウに聞き返した。


「おまえ、今なんと?」

「私には好いている御仁がおりますわ。お父様、ですので結婚の話は――」

「何を馬鹿を言っている!? セレナーデ家に生まれた以上、勝手は許さん!! 黙っておまえは……」

「絶対に嫌ですわ! 私は! ハーディ様としか結婚したくありません!!」


 初めて反抗するメロウを見て、ヴァンドは驚いていた。

 いつもはおどおどと目を合わせないメロウが、真っ直ぐとヴァンドの瞳を見つめている。

 その顔を見てヴァンドは今は亡き妻を思い出した。

 メロウのその顔が、あまりにも、今は亡き面影を浮かべさせたからだ。


「その顔、やはりあいつの娘なのだな……」

「お父様……?」

「一途な所も私そっくりだ。まったくもって忌々しい」


 ヴァンドはメロウに背を向けた。

 懐かしい妻の顔を思い出して感傷的になったのかもしれない。

 ヴァンドはメロウに顔を見られたくなかったのだ。


「メロウ。政略結婚が出来ないのであれば、おまえにセレナーデを継がせることはできん」

「充分承知していますわ」

「そうか。ならば好きにしろ。もうおまえに口出しはせん」

「……お父様!」


 メロウの表情は次第に明るくなっていった。


 メロウ・セレナーデ。

 誰もが羨む彼女の負った運命は、重く、窮屈で、邪魔なだけであった。

 その重荷を跳ね除けられたのは、ほんの少しのきっかけだったのかもしれない。

 ほんの少しのきっかけ。

 それは、人と出会った事。

 運命は、また別の誰かが背負った運命によって連鎖的に変わっていく。

 彼女もまた同じく、そのきっかけのひとつであると、別の誰かが実感する日が来るだろう。

 メロウには、家柄で悩む時間などもう存在しなかった。

 今はただ、きっかけを与えてくれた男の気をいかに引くかに悩むだけだったからである。

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