第324話 魔力制御の第一歩。

 

 昼休みを終えて、俺はまるで何も無かったと言わんばかりに澄まし顔で教室へ戻った。


 既に昼食を食べ終えていたエナは、ぼぅっと教壇のある位置を見つめて小さな溜め息を吐く。俺が近付いているのにも気づいてないみたいだから、背中をツンっと人差し指で押してみた。


「〜〜〜〜ッ⁉︎」

「アハハッ! 驚きすぎですよエナさん。何か考えごとでも?」

 エナは肩を震わせながら若干怒っている様にも見えたが、どうやら杞憂だったらしい。俺が微笑むと、何処か安心した表情を浮かべて軽く口元が緩んだ。


(もしかしたら俺が何かされてるとか、心配してたのか?)


 確かにハブランとガルベストンからすれば、一番排除しやすいと考えるのは当然人族である俺だ。しかも無属性を無能という程に小馬鹿にするくらいだしな。

 エナはレベルと職業からしても、勘が鋭いのかもしれない。


「エナさんは優しい人ですね」

「……」

 獣人の少女は魔力文字を使わずに、頬を染めつつ頭をブンブンと横に振る。萌えですよ。これぞまさしくデレた瞬間を目撃したと言っても過言ではないのだ。

 俺ロリッ子女神なんで、恋愛フラグは最初からへし折れてますがね。


 そんなやりとりがありつつ暫くすると、インメアン学園長が教室に入ってきた。


「えー、ガルベストン先生は体調を崩してしまい、本日の午後の授業は無しとします。編入生は本日が初の授業の為、学園を見て回るとよかろう」

 学園長はチラッと俺を見る。これは間違いなくバレてるな。だが、あの二人はそう簡単に口は割らないだろうし、証拠が無いって所かな。


「エナさん、良ければセルーアさんも一緒に学園を見て回りませんか? 図書室とか食堂も気になりますし」

 今日だけは自前で昼食を用意するように言われていたが、明日から希望者は食堂で昼食を食べるらしい。味にもよるが、初等部は給食さながら無料らしいので、利用者は多い。


 俺の提案を受けるかエナは少し迷っているみたいだ。人差し指を宙に向けると、文字を書き始める。


『私はあの子と仲良く出来る自信がない。でも、ロリカが望むのならそうしたら良いと思う』

 確かにセルーアの教室での振る舞いを見ると、どこか驕っている印象を受ける。でも、実際にどんな性格か話してみないとわからない事もあるだろう。


 ーー単純に俺の知り合いに見覚えがあるのも理由の一つだ。タロウは既に情報を掴んでいるんだろうけど。


 俺は中央の机を一人で陣取っているセルーアの元へ向かうと、話し掛けてみる。


「私とエナさんはこれから学園内を見て回って、一緒に寮へ向かおうと思うのですけれど、良ければセルーアさんもご一緒しませんか?」

「確かロリカ君だったか? 僕は構わないけれど、獣人の彼女は嫌がっていないのか?」

 一本角を隠す気もない茶髪のポニーテールに黒眼。目鼻の整った美しい顔立ちに似合わない程の巨乳。そう、背もまだ140センチに満たないまさにロリ巨乳だ。

 でも、ボクっ娘だとは思わなかった。試験の時に演技をするくらい普通か。


「お互い話してみなければ交流も出来ないでしょう。せっかく他国から魔術を学びに来ているのですから、仲良くしたいです」

「あの王子には絶対関わりたく無いと思っていたけど、君達とは話してみたいと思っていたのが本音なんだ。エルフからは敬遠されがちでね。中央なら誰か隣に座ってくれるかと勇気を出してみたんだけど、結果はこの有り様さ」

 セルーアは思っていたよりも素直な性格で拍子抜けした。口調はまだ固いが、これなら仲良くなれると思う。

 俺は同じ女である点を利用して、隙あらば胸をチラ見していた。一体何を食えばこの歳でここまで育つというのか。既にEを優に超えていらっしゃる。


 ディーナやアリア級の可能性を秘めた化け物がここにいた。将来是非国に仕えて頂きたい。嫁達にバレたら殺されるけど、鑑賞くらいは許される筈だ。そう信じたい。


「それでは行きましょう?」

「あぁ、誘ってくれてありがとう」

 二人でエナの所へ戻ると、セルーアは自ら一歩前に進み出て挨拶した。こういう所は好印象を持てる。


「ロリカ君に誘って頂いて、僕も同行させて貰うよ。エナ君は警戒しているかもしれないが、元々魔人と獣人族は敵対関係にないだろう? 良ければ仲良くして欲しい」

 エナは少し驚いた様子だったが、小さくコクリと頷いた。


『私は自分の目的のために学園の時間を使いたい。その邪魔にならない程度なら良いよ』

「ふむ。ちなみにどんな目的なのか教えてくれないかな? 僕はこれでも魔術の知識は豊富だよ。シュバンの王城の本を読む機会も与えられているしね」

『……無詠唱魔術を覚えたい。私の喉はもう治らないから』

 エナは寂しげな表情を浮かべながら自分の喉元を撫でた。セルーアは眉根を寄せたが、まだ早いと判断したのか深入りしないように言葉を選ぶ。


 つい先程、会話のキャッチボールをバズーカで撃ち落とされた俺には出来ない芸当だ。


「僕もいくつか無詠唱で魔術を発動出来るから、きっと力になれると思う。そういえばロリカ君は一体何故この学園へ? シュバンの冒険者ギルドの推薦を受けていると聞いたけれど」

「私は魔力制御を学びに来たのです。自分の属性が無属性だという事も初めて知りましたし」

「魔力制御は初歩の初歩だと思うのだけど、それで冒険者ギルドの推薦を受けられる君って……」

 セルーアから疑惑の視線を感じる。同じ国から来ているって所が尚更拙い。でまかせを言って誤魔化そうとしても、内情を知っている者からすれば確実にバレるからだ。


「それはおいおい話しますので、学園を見学しましょう」

 俺は嘘をつかずに話題を逸らす。出会って間も無い関係でこれ以上首は突っ込んで来ないだろう。


 エナとセルーアは俺の両隣に立ち、何故か俺が先頭で教室を出た。


 木造りの廊下には所々に美術品が飾られており、高価そうな壺や絵画は額縁などにこれまたミスリルを施されていた。完全に学園長の趣味だ。


 食堂の札が見えて中に入ると、昼食時を過ぎているからか人は疎らだった。どうやら日替わりのプレートが三種類あり、別料金を払えば単品での注文も可能だとメニューに書いてある。


「百人以上座れるみたいですね。これなら場所どりも難しくなさそうです」

「甘い……甘すぎるよロリカ君。僕は昼食を食べ終えた後に一応ここの様子を見に来たんだけど、初等部と中等部の生徒が集まると戦場のようだった……」

『エルフの中にも貧富の差はある。みんなが裕福とは限らない』

 無料ならばここで食べろと親から指示があるのは当然か。みんな食いそびれない為に必死そうだなぁ。


 明日になればわかると思い、続いて図書室へ向かった。驚いたのは図書室だけ二階まで天井を開いた造りになっていて、人が二人すれ違えるかどうかといった間隔で本棚が大量に並んでいる。


 勿論ギッシリと本が収められているが、何を読んだら良いのかサッパリだなと首を傾げた。


「ふふっ! ロリカ君は考えている事が表情に出やすいみたいだね。げんなりしているのが伝わってくるよ」

『自分で思っている以上にロリカは演技が下手』

「……き、気のせいですよ〜!」

 こんな早い段階でバレてたら先行きが不安過ぎる。この二人が特別勘が鋭いだけだと願いたい。


 ーー演技の練習も兼ねて頑張ろう。


 中等部と高等部の教室も覗きたかったが、中にはガルベストンの様なエルフがいるので今日は止めようと話し合って決めた。


 午後が丸々空いてしまったので時間は余っていたが、今日から暮らす寮が一番気になっていたので早めに寮へ向かう。

 学園寮は敷地内の校舎とは離れた場所にあり、木造で横に向けて長方形に広がっていた。同じような部屋が並んでいるからか、均等に窓が配置されている。

 学園の敷地内だからか、鉄柵や外壁はない。セキュリティーは大丈夫なのかね。


「提案なんだけど、これから僕達は魔力文字で会話しないか? そうすればエナ君も楽だろうし、ロリカ君の魔力制御の練習にもなるだろう」

「それは別に構わないですが、私は魔力文字を書けませんよ?」

 セルーアは一瞬驚いた後に、続いて困った顔をした。俺は常識を知らない人を見るような、そんな視線をビリビリと感じるが、事実だからしょうがないだろ。


 そんな様子を見て、エナが手を上げる。


『私が教える。ロリカなら、きっと直ぐに出来る様になるから』

(エナさんや。何をもってその自信を抱けるのか教えて? 俺自身が俺を信じられてないんすけど、獣人に伝わる秘術的な何かがあるんすか?)

 心の中でヘルプと叫びながら、俺はダラダラと流れる汗を止められなかった。


『魔力文字なんて、覚えるまで一日も掛からない。覚えるまで、寝かさない』

(へーーーールプッ!! 誰かこの暴走獣人娘を止めてくれええええええっ⁉︎)

 俺は一歩下がって寮の部屋へ逃げようと試みるが、ローブのフードを掴まれて脱出不可だと悟らされた。


 セルーアはエナの迫力に呑まれ、引き攣った笑顔を浮かべながらてを振っている。気合い満タンで鼻息を荒くしているエナの瞳は燃えていた。


「エナさん……程々にお願いしますね」

『任せて。覚えるまで、何度でも書かせるから』

 この後、俺は寮の自室にエナと篭り、強制特訓が始まった。魔力で空中に文字を書こうとするとパキンっと音を立てて破れる為、何千回もチャレンジさせられた。


 途中からエナが苛つきだして、集中力が乱れると座禅の如くどこから持って来たのか木刀で肩を叩かれた。

 俺の防御力に耐えきれず木刀が折れると、賺さず新しい武器を調達してくる徹底ぶりだ。


 ーー流石に刃引きされてない長剣は止めたけど。


 ハッキリと分かった事がある。エナに教えを乞うては駄目だって。


 朝方になって初めて俺は魔力制御を成功させたが、喜びよりも精神的な疲労が強かった。

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