第319話 能ある鷹は爪を隠す?

 

「それでは、今からレイセン魔術学園初等部の中途入学試験を始める。今回は人数が少ない為、四人同時に試験を受けて貰うぞ」

「「「「はい!」」」」

 俺は試験に必要な金貨五枚を支払い、学園の訓練所へ案内された。学園は他国からの侵入者を防ぐ為の穂先が尖った鉄柵に囲まれ、建物自体は学園というより貴族の邸が三棟連なった様な洋風の造りになっている。


 今回の受験者は四名だった。

 少ない様に感じるが、元々レイセン魔術学園はエルフ族ならば初等部から高等部までエスカレーター式で通う学園なので、外部からの中途編入生自体を受け入れ始めたのが最近の為、まだ認知されていないのだと思った。


(俺も知らなかったしなぁ。それにしても、エルフの魔術や科学的な進歩はこの学園設立によるものかな……?)


 エルフは基本的に他種族を見下し、排他的な考えを持つ者が多かったらしい。らしいというのは、正直イザークを含めて俺が接してきたエルフにその傾向が無かったからだ。


 最近滅多に出番のない『機神ライナフェルド』は、現在も改良を重ねられている。俺のステータスより低くて使い物にならないのでは量産化は元より、活用方法が見出せないという結論に達したからだ。


 ーー漢のロマンだから良いのだ!


 俺が右手を翳してそう宣言した時の女性陣の冷めた眼は、それはもう冷ややかなものだった。

 何故かディーナだけがウンウンと頷いてくれていたが、理由を聞いたら「大きいものは格好良いじゃろ?」っと意味不明だった為スルーする。


 俺が両腕を組んで余計な事を考えていると、試験官が軽く咳払いして試験の説明を始めた。


「それでは今回の試験内容を説明する。ーーっと言っても君達は初等部なのでそんなに難しい事はない。この水晶玉に手を翳して、各々が得意とする属性を判断させて貰うだけだ。魔力はこれからの学園生活で伸ばして貰うから、現状低くても問題はない」

「マジで⁉︎ ーーやべっ!」

 魔力量が関係ないなら問題なく試験をパス出来ると歓喜した瞬間、うっかり素が出てしまった。教官は鋭い視線を向けてくる。


「ふむ。ロリカ・ヴィーナス、私語は慎む様に。試験には続きがある。水晶が示した属性に伴って簡単な詠唱の講習を受け、各属性の初級魔術を撃ってもらう。適性があっても稀にMPが極端に低い者がいるからな。まぁ、学園の試験を受けようという者に限ってそんな心配は無いとは思うが、保険だと思って欲しい」

「……はい」

 だめじゃん。結局魔術は見せなきゃ駄目ならバレちゃうじゃん。初級魔術で俺はメラゾーマ放てるんだから意味ないじゃーーん。


 俺が遠い目をしながら黄昏ていると、何故か隣のフードを被った少女が手を握ってくれた。頭の突起から獣人族だろうと予想したが、握ってくれた当の本人の手が震えている。


「ありがとうございます。少し気が紛れました」

「……」

 少女は返答せず、黙したまま頷いた。試験を受ける残りの二人は余裕だと言わんばかりに自信満々の表情を浮かべており、落ち着き払っている。


 一人は短い一本角を生やしたポニーテールの魔人族の少女で、どこか見覚えがある気がする。もう一人はどこか気品のあるエルフの少年だが、不思議な事にイザークの面影を匂わせた。


 とりあえずは身バレを防ぐ為に、厄介ごとの種を回避する上で触れずにおく。


「それでは登録順に試験を始める。まずはシュバン出身のセルーア君からだ」

「はい。宜しくお願い致します」

 セルーアと呼ばれた魔人族の少女は、一歩前に踏み出すと訓練所に設置されたテーブルの上に置かれた水晶玉に手を翳した。


 薄っすらと水晶玉は色を変え、右と左に境界線を引く様にして緑と青の輝きを放つ。


「おぉ、セルーア君は水と風の二属性持ちか。中々有望だな」

「ありがとうございます」

 当然といった感じでセルーアは壁に凭れ掛かった。多分、あれは元々自分の属性を知っていて、既に魔術を習得しているんだろう。


 俺は『女神の眼』でステータスを覗き見る。


 __________


【名前】

 セルーア

【種族】

 魔人族

【年齢】

 11歳

【職業】

 魔術師

【レベル】

 22

【ステータス】

 HP 215

 MP 586

 平均値 427

【スキル】

 詠唱速度上昇


 __________


 驚いた事に、セルーアは魔術に関して上級魔術の『シン』クラスまでは風、水、そして派生の氷属性まで網羅して習得していた。


『女神の眼』でコピーする対象としては申し分ないだろうと、俺は瞳を輝かせる。自身で魔術を会得出来ない以上、コピーする為の優秀な人材を見つけるのも大切な事だ。


「でも、弱いなぁ」

「ーーーーッ⁉︎」

 俺がボソっと呟いた一言が聴こえてしまったのか、隣の手を握っていた少女が強張った顔で俺を凝視する。


「あっ、今の人の事じゃないよ?」

「…………」

 しばしば疑った様な眼差しを向けながら、納得したのか少女は前を向いた。


「次は……ハブラン様お願いします」

「うむ」

「ーー??」

 何故か試験官は冷や汗を流しており、俺達への態度とは異なる姿勢を見せた。『様』付けされてる時点で、このエルフの少年が普通の中途編入者とは違うのだと示唆している。


(もしかして、王族か……?)


 何処と無くイザーク王の面影が重なる。でも、『女神の眼』でステータスを見るべくもないと思わせる程に弱者だと俺は判断した。

 少年が水晶球に触れると、先程のセルーアよりも小さな光で球は緑に光る。


「ハブラン様は風属性の適正がおありですな。これから学園で魔術を学べば更に成長なされるでしょう」

「ーーチッ!!」

 納得がいかなかったのか、エルフの少年は舌打ちしながら少し離れた場所で胡座をかいて座った。典型的なクソガキだな。


「次、アミテア出身のエナ君。前へ」

「……」

 試験官の呼び掛けにも応じず、エナと呼ばれた少女は無言のまま前に出て水晶球に手を翳す。俺は不思議に思ってステータスを覗き見た。


 __________


【名前】

 エナ

【種族】

 獣人族

【年齢】

 12歳

【職業】

 パラディン

【レベル】

 62

【ステータス】

 HP 4267

 MP 3987

 平均値 2154

【スキル】

 『守護の盾』『王の剣』『豪腕』『俊足』『威圧』『心眼』

【魔術】

 フレイム→×

 ヒール→×

 アクア→×

 ウインド→×

 ライトニング→×

 アイス→×

 ロック→×


 __________


「……闇以外の五属性持ちか。尚更惜しい才能だったな。君は」

「……」

 俺がステータスを覗き見て首を傾げていると、試験官は何か事情を知っているのか難しい顔をしながら少女を見つめている。

 少女は黙したまま、コクリと頷いて壁際へと退がった。

 十二歳でこのステータスは異常だろ。それが原因なのか?


(こんだけのステータスを持っているのに、何か不自然だ。魔術に派生がないのはおかしい。このステータスなら『最上級魔術メル』級だって使えてもおかしくないのに……まるで封印されているかの様な……)


 エナと呼ばれた少女はどこかおかしいと俺の感が騒いだが、今は自分の試験に集中した。考えてみれば俺は属性なんて知らん。


 ーーだって、コピーしか出来ないんだもの。


「次、シュバン出身のロリカ君。前へ」

「はい!」

 俺は覚悟を決めて水晶球に手を触れる。どこか腰が引けていたのか、人差し指で突くようにそーっとだ。


「……これは」

「……ど、どうなんでしょう?」

 試験官は驚いた様に水晶球を見つめた後、顎を抑えていた。俺の前には何の色にも変わらないまま、輝きだけを放つ水晶球がある。


「ロリカ君。君は多分稀にいるという無属性の適正者だ。現在学園に適正者はいない為、君の処遇と合否は学園長の判断に任せる事になる」

「無属性?」

「無属性の適正者は火、水、風、土、聖、闇、のどの属性も使えない代わりに、新たな魔術を生み出す可能性を秘めていると言われている」

「新たな魔術……ですか」

 そんなもの俺には無理だけどな。だってコピーしか出来ないし。今はこの人の話にのっかかっておこう。初級魔術の試験をパス、もしくは学園長に見せるだけでいいなら方法はある。


「他の受験者は割り当てられた先生の指示に従って試験を続けてくれ。ロリカ君はこちらへ」

「そんな直ぐに学園長に会えるのですか?」

「試験の日だけは何が起こってもいい様に学園長室に控えてくださっているのだ。言っておくが、学園長はこのマリータリーのGSランク冒険者であるリコッタ様の弟君にあたる。ーーリコッタ様は実力はともかく性格破綻者であったが、学園長は両方を兼ね備えた素晴らしきお方だ」


(リコッタ姉さんの親族が普通な訳ねぇだろ……まぁ、口封じには丁度いいか)


 ーー見知らぬ学園長には悪いが、『肉体言語』で説得させて頂こうか。

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