第301話 女神、聖女のありように震える。
「これならどうだ! 『シンフレイム』!」
俺は斬撃を繰り出すのを一度やめ、試しに魔術による攻撃に切り替えた。
魔力が吸収された時の可能性を考慮して、
螺旋を描くように燃え盛った灼炎が、全く避ける様子も無いアダマンスライムに直撃する。
「燃えてんのか?」
微動だにしない魔獣の影を見つめながら俺は警戒を強めた。すると次第に炎に呑まれた魔獣の形が変化していき、一瞬膨れ上がった後にシンフレイムが掻き消された。
ーーピギャアアアアアアアアアアア!!
耳を劈く様な高い咆哮が場に響き渡り、視界に再び捉えたアダマンスライムの体表は、先程までの白銀とは違い黒曜石の様な輝きを放っていた。
「炎で焼かれて黒くなったって訳じゃなさそうだね……」
「マスター、恐らく耐性を変化させたのだと予想します。ダメージは皆無だとお考え下さい」
「これはもう様子見とか言ってられないなぁ。ナナ、カットしてた身体系スキルを再度発動。ゾーンを起動してリンク開始。人助けもあるし、一気に決めよう」
「了解しました」
俺は『
最近は『力ステータス二倍』というチートに頼っていると鍛錬にならない為、ここぞと言う時以外は装備しないようにしていたからだ。
俺は湧き上がる力の奔流に心地よさを感じながら、一旦双剣を仕舞って拳を握りしめる。
「久し振りに全力が出せるの気持ちいいな〜!」
「マスター、調子に乗るのは程々に」
「分かってるさ。さて、斬っても分裂するなら潰すよ?」
「再生の隙を与えない様にご注意を」
『
一撃でスライムを粉々に粉砕しなければならない状況なのに、俺はまるで挑戦するみたいで心が踊った。
「行くぞおおおおおお!!」
神気を両拳に集中させると、『女神の翼』を広げて直上へ飛ぶ。降下の勢いを体重に上乗せし、思い切り拳を振り被った。
(こいつはスキルに自信があるからか、さっきから一切回避をしてない。それが仇になる事を教えてやる!)
ーーピュギイイイイイイイイイイ〜〜!!
「えっ⁉︎」
直撃の瞬間、甲高い咆哮と共にスライムは今まで見せなかった俊敏さで攻撃を避けた。俺は急停止も出来ず、勢いそのままに地面を殴りつけ、クレーターを作り出す程の威力で破壊する。
「ぶはぁっ!! 避けるんかい!」
地面に埋まった上半身を引っこ抜いた直後、俺の首と両手足に黒光りした触手が巻き付く。ツルツルとした冷たい感触が四肢を締め付けるが、力は然程強くなかった。
先程まで球体同然だったアダマンスライムの全身から触手が生え、見た目がなんかグロい。そして気持ち悪い。
「ご主人! それいいっす! なんかエロいっすよ!!」
「大丈夫ですかレイア様⁉︎」
セイナちゃんの心配は素直に嬉しい。だが、その横で涎を拭っている
「大したダメージは無いよ! いつまで引っ付いてんだこの野郎!」
俺が力任せに触手を引き千切ろうと引っ張ると、スライムは絶妙に力を抜いて伸びる。捻り切ろうとしても同様で無駄だった。
「ナナ、締め付ける力は弱いけど解けない! 双剣を抜いたタイミングで『女神の
「了解しました」
俺は再び双剣を抜き去り、刃を交差させた瞬間に『女神の心臓』を発動すると、時間が凍りついた世界の中で無数の剣戟をお見舞いした。
硬質化したスライムの肉体をサイコロ状に斬り刻む。狙うべき場所を見つけた際、ナビナナからの指示を分かりやすくする為だ。
「マスター! 右から縦二列、横三列目のブロックを貫いて下さい!」
「よっしゃあああああああっ!!」
合図に合わせて全力で神剣を突き上げると、五センチ程の赤みがかった魔核が体外へと弾き出された。驚いたのは今の一撃で破壊出来ておらず、ヒビ一つ入って無いと言う事実。
「まだまだあああああああぁっ!」
俺は身体を一回転させると再び双剣を振り下ろし、今度は剣先の一点に力を集中させた。
ーーパキィィィィィィィィン!!
『女神の心臓』のタイムリミットと同時に、魔核を真っ二つに破る事に成功した。アダマンスライムは呻き声一つあげる事なく、肉体を融解させて消滅する。
「何とか間に合ったか〜! 思ったより厄介な敵だったなぁ」
「ご主人、お疲れ様っす!!」
「レイア様……無事で良かった」
「セイナちゃんこそ無事で良かった。それよりチビリー、説教は後回しだ。さっき屋敷の中で何があったのか説明してくれ」
駆け寄って来たセイナちゃんの頭を軽く撫でると、俺はアダマンスライムがどうやって出現したのかチビリーに問う。
Sランク魔獣がただの一介の商人の屋敷、ひいては優秀な人材の多いこの王都シュバンで気配も掴ませずにいられたなんて偶然を、簡単に俺は信じないからだ。
「地下には何があった? 捕らわれていた人達は見つけたのか?」
「……まだ地下までは確認出来ていないっすけど、自分が潜入した時には護衛や多分屋敷の主人である商人は殺されていたっす。魔獣に食い散らかされたみたいに」
「その息子の仕業か……? ただの魔獣使いとは到底思えないな」
「一瞬だけ気配を感じたんで地下へ向かったら、侵入者用の転移陣が発動したんすよ。そこからスライムが出現したっす」
「お前に後を追わせるのが目的だったんだろうな。そうなると既に逃げられた可能性が高いか。とりあえず、サンクさんの娘さんを探すぞ」
俺達は頷き合うと壊れた壁側から屋敷の内部へ入った。地下への入り口は開いたままになっており、スライムを倒したからか転移陣も消失している。
「……レイア様。手を握って下さいませんか?」
「うん。怖かったら目を閉じてるといい」
アダマンスライムの傷跡とは違い、獣の牙にやられたであろう死体が散見された。この場所へ到着した時にナビナナが索敵した時には確かに動いていた筈だから、短時間の間に狩られたのだろう。
(そんな真似が出来るのはシルバと同等クラスの魔獣だぞ……一体どうなってるんだ)
予想通り地下に戻ると腐臭が漂っており、全裸で鎖に繋がれ横たわった奴隷達の姿があった。
「酷いな。フレシネちゃんが無事だと良いけど」
「こっちです。小さくも私を呼ぶ声が聞こえます」
微かに震えていた掌に力がこもり、俺を引っ張る様にしてセイナちゃんは奥へ進み始める。
ガラリと変わった聖女の雰囲気に嘆息していると、不意に壁に貼り付けられた虫の息であろう女性が目に飛び込んだ。
ーーバッ!!
突然セイナちゃんは俺の手を離して駆け出す。
「待ってくれ! 今度は俺がーー」
「待てません! 私に出来るのはこれくらいしか無いのですから!」
俺の制止を無視すると、セイナちゃんは自分で人差し指を噛みちぎり黒髪青眼の女性の口元に血を流し込ませた。
だが、飲み込む力すら無い程に衰弱しているのか、回復の兆しは見られない。俺が『女神の腕』で『完全治癒』を施すしか無いと決意した次の瞬間に、衝撃の光景が眼前で繰り広げられる。
「何で……そこまで」
セイナちゃんは自分の血を口に含むと、躊躇うことなく唾液と一緒に口付けをして流し込んだんだ。
身体が汚れようが、自らが傷付こうが構わないといったその姿は確かに聖女そのもので、俺を震えさせた。
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