第300話 異世界でスライムが強いとか良くある話。

 

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーーン!! チビリー参上っす!」

「……呼んでねぇ」

 犬笛を鳴らしてからナビナナの言う通り八秒。シルバを呼んだつもりが、何故か俺達の前に駆けつけたのはチビリーだった。

 最近では戦隊物のピンク衣装に飽きたらしく、マダームに制作を依頼したくノ一風の忍装束をもっぱら好んでいるらしい。


「ご主人忘れたっすか? 師匠シルバは今、修行の為に竜の里にいるっすよ」

「やべっ、そうだった。完璧に忘れてたっつか、ナビナナも教えてくれよ」

「マスターには『駆けつけるまで何秒か』を聞かれましたので、てっきりチビリーの事を仰っているのかと思いまして」

「まぁ、普通に考えれば犬笛を吹いて駆けつけてくる人間なんていないか……」

 俺は思いっきり出鼻を挫かれた感じがして、軽く溜息を漏らす。セイナちゃんは状況が把握出来ておらず、戸惑っている様子だった。


 チビリーだけがやたらと張り切っているのだが、どっちみち内部の状況も知りたかったし、『魔獣使い』にテイムされた魔獣がどの程度のレベルか知るのに丁度良い。

 俺はセイナちゃんを危険な目に合わさずに済むと、ポジティブに考える事にする。


「ハァッ……仕方がないからチビリーは『分身』を発動させて屋敷の内部を探ってくれ。目標はフレシネという黒髪青眼の少女の救出を第一とする」

「お任せ下さいっす! って言いたいとこですけど、正直気が乗らないっすね」

 チビリーは敬礼しながらも、ウンザリしたのか視線を宙へ流した。


「何が言いたいか分かってるさ。だからシルバの方が適任だと思ったんだけどね」

「師匠の方が『鼻がもげる』って嫌がりそうじゃないっすか〜? 御主人もスキルをカットした方が良いっすよ」

 チビリーに言われるまでもなく、既にナビナナが『感覚強化』と『狩人の鼻』のスキルをパッシブから解除していた。


 サンクさんの陥った状態を見た限り、ここの商人の息子の『マスケズ』とやらは確実に嗜虐趣味を持ち合わせた変態野郎だと想像するに容易いからだ。

(セイナちゃんがショックを受ける事態は避けたいな)


 覚悟は出来ていると言った先程までのやりとりは、所詮彼女の想像の範囲内での話でしかない。

 これから見せる光景は、治療所に保護された状態の怪我人や病人を見るのとは訳が違うだろう。


 俺は仕方がないかと思い、チビリーにだけ『念話』を送った。


『汚れ役をさせてすまないけど、屋敷の内部が酷い状況なら遠慮なく敵を排除してくれ。俺がやっても良いけど、離れるとセイナちゃんがきっと不安になるだろうから』

『遠慮なく命令すると良いっすよ。寧ろ自分がある程度片付けておくっす。ギルドの査定で魔獣の死骸の扱いは慣れてるっすからね』

 俺はそう言えばチビリーはピステアのギルドで初めて会った時も、Sランク魔獣クルフィオラの鑑定をさせられていたなぁと、懐かしい記憶を思い出した。


 ーー『紅姫』による度重なる苛烈な調教により、最早まるで別人と化してしまったが。


『分かった。時間はどれくらいかかる?』

『護衛やその魔獣使いのランクにもよるっすけど、十分少々時間を貰えれば何とかなるっすよ』

 ナビナナの索敵サーチによれば、動いている人間の数はおよそ二十人前後。別で息はあるが、動かない者の中に奴隷がいると判断する。チビリーの『分身』のスキルを使えば妥当な時間だろう。


「魔獣は特殊な檻に入っているのか、地下が封印されているのか、外からじゃ詳細が掴めない。怪しい場所を発見したら合図を送ってくれ。俺が仕留める!」

「ラジャーっす!」

「ご武運をお祈りしております」

 セイナちゃん祈りを捧げる様な所作をすると、チビリーは軽く微笑みを浮かべ、手を振りながらその場から姿を消した。


「チビリーがある程度内部を調べて、敵を無効化してくれるまでここに待機ね。一応救出する人間を助けだしてから動きたい」

「……私が我が儘を言った所為で、レイア様のお手を煩わせてしまい申し訳ございません」

「気にしなくていいよ。元々こういう狭い場所でちまちま戦うのは好きじゃないからさ」

 また派手に屋敷を吹っ飛ばして、各所からお説教を食らうのはごめんだ。俺はセイナちゃんの手を握ると、暫くの間チビリーの合図を待つ事にした。


 __________


 ーードオオオオオオオオオオンッ!!


「あの馬鹿……合図どころか爆発音じゃねぇかよ」

「一体中で何が起こっているのでしょうか⁉︎」

 予定通り大体十分が経過しようといった所で、軽い地響きと共に屋敷が地下から崩れ落ちたかの様に半壊した。俺は急ぎセイナちゃんを担ぎ上げると、一気に屋敷へ駆け込む。


「おいおい……何だアレ?」

「……」

 視線の先には、俺とセイナちゃんが思わず絶句してしまう光景が広がっていた。


「こなくそっす! プルプル野郎〜!!」

「ピギイイイイイイイイイイイィッ〜〜!!」

 目にも止まらぬ程の速さで繰り出される残撃は『ソレ』の肉体を傷付ける事が出来ず、チビリーの表情を見ても本気を出しているのは分かる。そして苦戦しているのは伝わっている。


「セイナちゃん。あれって遊んでるようにしか見えないくない?」

「どこか楽しそうに見えますね……」

 うん。どう見ても巨大スライムとくノ一が戯れていた。ただ、スライムは鉱石の様に薄っすらと白銀の輝きを体表から放っていて、以前にダンジョンで見た雑魚とは明らかに異質だった。


「ナナ、あのスライムは一体なんだ?」

「マスター、スライムにしては珍しい変異種です。リミットスキル『融合』で、自身の肉体にアダマンチウム級の鉱石を取り込んでいます。他にも『捕食』など、通常のスライムの持つスキルも習得していますね」

「変異種ってだけで既にSランク魔獣じゃん。見た目は真ん丸で可愛いけどな」

「問題はあの魔獣が肉食という点と、魔獣使いビーストテイマーに使役されている事です」

「マスケズって奴、かなりキナ臭さが増したな。ーーっつか人間じゃなくね?」

 俺は先程から『女神の眼』の『鑑定』でスライムのステータスを覗いているのだが、『アダマンスライム』という名前とレベル85という情報しか見えない。


 つまり、この魔獣はスキルを弾く『耐性』も高く、ナナの情報以外にも隠し技がある可能性がある。


「ご、ご主人ヘルプっす! このプルプル野郎、見た目と違って全然刃が通らないっす〜!!」

「う〜ん、しょうがないか。チビリーはまだまだ修行が足りないぞ?」

 もう少し『アダマンスライム』の手の内を見ておきたかったなんて俺が悠長に構えている間にも、スライムの丸い肉体が無数の硬質化した針を突き出し、チビリーの分身二体の胴体を貫いていた。


「ぎゃあああああああ! や〜ら〜れ〜るっす〜〜!!」

 嘘くさい演技を繰り広げている馬鹿チビリーに呆れた視線を向けつつ、俺は『次元魔術ワールドポケット』から『朱雀の神剣』と『深淵の魔剣』を取り出す。


「ナナ、ステータス解放。敵の正体が判明するまでは『天照アマテラス』も『神覚シンカク』も温存する。念の為セイナちゃんに『聖絶界』を展開しておいて」

「了解しました」

 セイナちゃんを結界で保護したのを確認すると、俺は双剣を鞘から抜き去り『神速』で魔獣に向かって疾駆した。


 ーーキィンッ!!


「ピギッ⁉︎」

「へぇ〜! お前本当に硬いな!」

 俺は素直に感嘆の声を漏らした。正直思いっきり双剣を振り抜いて、敵を一撃で斬り裂け無かったのは久しぶりだからだ。

 嬉しくて思わず口元が緩んでしまう。一方アダマンスライムの方は肉体にヒビが入ったのを驚いているのか、慌てて針千本の様に形態を変化させた。


「ホイホイっと!」

 俺は続いて魔獣から突き出された無数の刺突を薙ぎ払い、一閃した。どんなに硬い肉体でも、攻撃に転じて細くなれば斬るのは容易い。


 ーーグニュウウウウウッ!


「ご主人! 斬り落とした部位は復元するっすよ!」

「レイア様! 後ろです!!」

「ーー大丈夫。ちゃんと分かってるから」

 チビリーとセイナちゃんの心配そうな声が届くが、本体から切り離された部位が徐々に俺の背後に回り込んで隙を狙ってるのは気付いてた。再生能力まで高いのかと、更に笑みが溢れる。


(久しぶりに良い鍛錬になりそうな敵なんだ。一撃で倒すなんて勿体無いだろ)


 アダマンスライムは魔核の位置を動かせるみたいで、ある種の的当てゲームの様になっていて尚更丁度いい。

 狙う場所が一箇所に決まっていたらつまらないしね。


 白炎が神剣を纏い、漆黒の刃が煌々と輝き始める。最近『エアショット』とかで雑魚の相手ばかりしてたから、双剣も喜んでいるのが掌に伝播した。


「まだまだ死ぬなよ? ーー『朱雀炎刃・閻魔』!」

「ピギュウッ!!」

 俺が奥義を繰り出すと、アダマンスライムは直ぐ様円球の防御形態へ移行して、何事もないかの様に無数の閃撃をやり過ごしている。

 先程まであったヒビも修復している事実から、流石に驚きを隠せずナナに問い掛けた。


「ナナさんや……もしかして、攻撃を食らう度に防御力が増すとかってスキルある? ほら、デスレアとか凄いパワーアップしてましたやん」

「勿論ありますね。マスターが楽しんでいられるようでしたので、言葉を控えましたけど」

 再生能力があって、攻撃を食らうと防御力が増して、『女神の眼』を防げる『耐性』も得てるのか。


 ーーそれ、何てチート? もうめっちゃ攻撃しちゃったんですけど。


「気付くのおそっ!! ご主人気付くのおっそ!!」

「……レイア様」

 二人の呆れた視線が俺の胸グラスハートに突き刺さる。セイナちゃんは許すが、チビリー、てめぇはダメだ。あとで電気アンマの刑に処すと決意した。


「さて、どうしたもんかね。この世界のスライム強すぎ……」

 まだ肝心の魔獣使いすら見つけてもいないのに、俺が久しぶりに焦りを覚える程、スライムが強かった。

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