第283話 『勇者カムイ』と『生物兵器レブニール』 1

 

 レイアがエルフの王イザークと揉めていた同時刻、東の国シルミルの国境付近では異変が起きていた。


 南方の帝国アロ側から侵略されている事を、既にフォルネ姫のリミットスキル『観見カンミ』から知っていたカムイは下唇を噛む。


「国境付近の村人の待避は間に合ったか?」

「……申し訳御座いませんカムイ様。余りにも急な侵略でしたので、向かわせた兵士諸共、現状所在が掴めておりません」

「伝令役はどうした。アロとの境目には、兵士の中でも特に能力の高い者達を選抜した筈だ」

 一見冷静に振舞っている勇者の問いに二人の姫が無言を貫く中、軍団長のヘルデリックが一歩進み出て答えを返した。


「方法は分かりませんが、国境を越えられている以上、ーー戦死したと見るべきでしょう」

「そうか……」

 掌で瞼を塞ぎ、カムイは天井を向く。その姿はかつての暴君と化した人物では無く、王として、勇者として民の死を慈しんでいた。


 思わず二人の姫の頬に涙が伝う。直ぐ様抱き締めて、癒して差し上げたいという想いを必死に堪えた。


「なぁ……俺はもう奪われたくないんだ。過去の世界ではミクスを自らの手で殺し、この時代ではティアをピエロに殺された。これ以上大切な誰かが奪われる事に耐えられない」

 それはとても小さな呟き。勇者から弱々しく漏れ出た本音を受けて、仲間達の瞳に闘志が宿る。


「我々は決してカムイ様の側を離れはしません! 帝国アロに勝利し、ずっと続く平穏を築き上げるのです!」

「私が敵兵なんて蹴散らせて見せる! ヘルデリックと先陣を駆け抜けてやるさ!」

「イザヨイと遊ぶ為にも、決して死ぬわけにはいかぬのです!!」

 フォルネ、マジェリス、ヘルデリックの三人は立ち上がり拳を掲げる。些か一名私欲に捉われている様に思えたが、カムイは微笑みを浮かべた。


「俺も体裁なんかに拘ってはいられないな。『絶対服従』のリミットスキルと、第三柱コーネルテリアの神力の恐怖を存分に敵に示してやる!」

『え〜? 何勝手に決めてるし。あたしはやるなんて一言も言ってないし、戦争とか寧ろ関わりたくないし。好き勝手にしろし』

 脳内に響いた気怠そうな声色を聞いて、カムイは軽く溜息を吐き出した。食べる時だけは好き勝手に肉体を乗っ取る癖に、一向に役に立たないコーネルテリアに苛立ちを覚える。


「俺とこの国が滅びれば、レイアは何もしなかったお前を許さないぞ?」

『ピイィッ⁉︎ 紅姫レイアは関係無いし!』

「あるね。同盟を結んでいる以上あいつ、いや『紅姫』は必ず動いてくれる。その時、何もせずにサボっていたらどうなるかな?」

『……怠いけど、敵の将を倒す時だけ手伝ってあげるし』

「それでいいさ。お礼は飯で払う」

 最早カムイの瞳に迷いは無い。情報を集めつつ、一万を超える兵士達が整列する城壁前に姿を現した。


 ーー聖剣ベルモントを天に掲げると、様々な想いを胸の内に秘める兵士を鼓舞する。


「かつてこの国において、勇者は女王を支える存在として召喚されてきた。それは何故か? 答えは弱かったからだ! ここに宣言しよう。このシルミルにおいて歴代最高の勇者は俺だ!」

「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」

「その俺が認めてやる。お前らはシルミル最高の兵士であると!! 力を示せ! 道を切り開け!! 勝利は我がシルミルにあり!!」

「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお〜〜っ!!!!」」」」」

 この時のカムイの姿は、紛れも無い王の資質を兵に示した。場の熱気が上昇し、パーティーの仲間達は感動の余りに涙を滴らせ、覗く瞳には熱き炎が灯る。


「倒すぞ!! 敵は帝国アロ! 各々大切な者を思い浮かべろ。絶対に手放すな! 奪わせるな!! 守る為に戦えええええええええっ!!」

 普段出しもしない大声を出して喉元を抑えるカムイの姿を横目に、二人の姫は嬉々として笑う。


「私は好きになった人を間違えてなかったな」

「愚妹の癖に良い事を言うじゃない。私は最初から気付いていたけどね」

「嘘つけ。駒としか見てなかった癖に」

「……そうかもね。最初はあの人が世界を統一する残虐な覇王になる姿が見たかった。でも……今はこれで良いかなって思うわ」

 マジェリスはそっと姉の肩に額を預けて泣いた。背後に控えるヘルデリックはその姿を見て、感涙に浸りつつも異なる意思を秘める。


(我が身が犠牲になろうとも……全てを守ってみせる。帰れたらイザヨイにこの雄姿を語るのだ)

 決して死にに行くわけではない。帰りたい理由を各々が胸の内に抱いたまま、無慈悲な戦争は始まった。


 __________


「勇者カムイが命ずる。帝国アロの兵よ! 『俺の命令に従え』!!」

 シルミルから南方にある平原で両軍は戦闘を開始した。帝国アロ側の兵は五万。対してシルミル側の兵士は二万にも満たず、戦力差は歴然としていた。


 ーーしかし、兵の武力が違う。


 ヘルデリックとカムイがふるいにかけて選び抜いた練兵と、農村から掻き集めた急拵えの雑兵では、鍛え上げ方から違うのだ。


「ぐあああああああっ」

「何だこいつら⁉︎ 強えええ!」

「いてぇよ母ちゃん〜〜!!」

 右腕を斬られ、肺を貫かれ、死していく仲間達を横目に、『覚悟』の無い者達は勝手な敗走を開始した。


「追うな!! 本番はこれからだ。正規兵の進軍が開始するまで体力を温存しろ!」

 軍団長の命令を受けて、兵士達は野営の準備を開始する。カムイは最奥にテントを張り、仲間達と極秘裏に進めていた奇襲の打ち合わせを始めた。


「もうそろそろ、アマルシアが単独で敵軍に奇襲を始める時刻だ」

「火竜王なら問題はないでしょう。きっと成功の報告と共に笑顔で帰ってきます」

 カムイは火竜王に別の命令を下し、戦争の初日、両軍が寝静まった頃を見計らって『焚刑フンケイ』に処すと判断したのだ。


(多少残酷だとしても、ピエロ相手に同情はしない。勝つ為ならいくらでも冷酷になってやる。仇は獲るからな。待っててくれティア……)

 勇者は憎しみに濡れた目を遠き空を見上げた。すると、信じられないモノを見て一気に咆哮する。


「逃げろおおおおおおおおおおおおおおおお〜〜っ⁉︎」


 ーーズドオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!


 煌々と燃え盛った大地。肉の焦げた匂いが立ち込める中、円環の中央には灼炎を口元から吹き、視界を真っ赤に染めた『火竜王アマルシア』がいた。


 ーーシルミル側の奇襲は失敗に終わり、カムイは一つ目の選択を迫られる。


「わっちはお主を殺す!! 契約を違えた罪、その身で味わうがいい!!」

「……何言ってんだよ……馬鹿野郎が!!」


 仲間を殺すか、ーー殺さないか、を。

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