第273話 王の資質

 

 俺とシナノちゃんが城の上空を飛翔していると、天守閣から鬼が一匹顔を覗かせた。明らかにここ最近感じた事の無い威圧を放ちながら、手で合図を送ってくる。


「あれは城に来いって言ってるのかな?」

「五本角の鬼……奴が何故城にいるのでござるか……」

 その答えはもう分かってる筈なのに、シナノちゃんは認めたく無いんだと思って俺は口を閉ざした。余計な事を言うのは趣味じゃ無い。


「直接あの鬼に聞けば良いさ。何かあっても俺が守るよ!」

 鬼が仰いだ右手の先にあった窓から侵入すると、そこは畳十二畳程の広さに花ゴザが敷かれているだけの、シンプルな造りをした部屋だった。


(時代錯誤も偶にはいい感じだな。どっか記憶と違うけど、懐かしい気もする)

 贅沢な趣向品など見当たらず、壁際には円形の座布団が積み重なっている。俺が翼を仕舞って奥に進もうとした直後、スカートの裾を掴まれた。


「どうした? 行くよ?」

「ちょっとだけこのままで……」

 俯きながら蒼褪めた顔をしているシナノちゃんは微かに震えていて、とても女武士には見えず華奢に映った。うん可愛らしいと言うか、可憐だ。


「そんな時は俺に任せろ!」

「ふぇっ?」

 ーーガバッ!!

 思いっきり抱き締めて、シナノちゃんのちっぱいに顔を埋める。Dカップはあるであろう俺の胸に埋めさせるのでは無く、敢えて無い胸に飛び込むこの判断力を褒めて頂きたい。


 ーーさぁ、バッチ来いやぁ!!


「きゃああああああああああああああああああああっ!!」

(あっ、これ結構痛いヤツだなぁ……幾らでもダメージを軽減する方法はあるけど、甘んじて受け入れよう。例えまたビンタじゃなく拳だったとしても……ね)

 態々わざわざ振り被って腰の捻りを加えた右拳が、凄まじい勢いで顔面に迫る。これは頬では無く的確に顎を狙っていらっしゃるとコースは見切った。


 こんな時だけは『女神の眼』の優秀さを恨みたい。だって動きの流れが読めたら余計にビビるしな。自分で言うのも何だが、この美貌を前にしてここまで全力ストレートを打てる女の子って、マジでシナノちゃんだけじゃ無いかな。


『破邪の瞳』を持つ彼女は、まるで俺が本当に男に映っているのではないかと思う程に素直な反応を見せる。

 それが少しだけ嬉しくて、結構な振り幅でキツかった。手加減の一つや二つは覚えて欲しい。


「そろそろ良いか? 正直待ち疲れてしまうな」

 ーーパシッ!

 俺は振り下ろされた右拳チョッピングライトを受け止めて、声の主の方へ振り向く。そこには五本の角を生やし、青肌を隠すように肌襦袢はだじゅばんを着た鬼が立っていた。


「あぁ、待たせて悪かったね。丁度こっちも準備が整った所だよ。鬼退治のな」

 思考を一気に切り替えるとよく敵を観察する。纏っている気勢オーラは既に神域にいてもおかしくないレベルだ。

 証拠として『女神の眼』でステータスを覗けない。確実にレヴィアタンよりも強いからだ。


「お前……一体どうやってその力を手に入れた?」

「女神の身体を持つ貴殿にその台詞を吐かせるとは、どうやら余も満更では無いらしい」

「どこまで知ってる?」

「いやいや、大した事は知らないな。精々この世界に実存するGSランク冒険者の情報くらいだ」

 この問答で確信した。この鬼は明らかに知能が魔獣とは段違いに高い。そして、したたかだ。俺が様子見をしていると、シナノちゃんは我慢出来なかったらしく、突然立ち上がって吠えた。


「父上はどうした⁉︎ 一体何故なにゆえ敵であるお主がこの城にいるのでござるか!!」

「ふむ。姫君も成長したものだな。槍一本でよく生き延びたと褒めてやりたい所だが……まずは詫びよう」

「〜〜〜〜⁉︎」

 自分よりも礼節を重んじて両拳を地面に突き頭を下げる魔獣に、シナノちゃんはとても困惑していた。実際俺から見てもこいつは話の分かる相手だ。

 先程の大軍を送るように指示をしたのはこの鬼じゃない。それは間違いない。


(こいつが本気を出してたら、俺達も無事じゃ済まないからな)

 知略、戦術にも長けているだろう。あんなに無統率な集団を束ねている長が、こんなに落ち着いている訳がない。


「幾つか俺から質問して良いか?」

「あぁ、だが他国の王との対談など初めてでな。些か礼儀に欠けたら申し訳ない」

「……お前のその知性と能力スキル。どうやって手に入れた?」

 この後、俺はまずシナノちゃんを無力化しなきゃいけない。きっとこいつは躊躇する事なく返答するだろうから。


「この国の前当主、マサミツ殿を喰らった」

「き、貴様あああああああああああああああああああああああああ!!」

 ーートンッ!!

 俺は『女神の心臓』を発動して、激昂するシナノちゃんの頸動脈を絞め落とした。キョトンと目を丸くする鬼の王との話に、彼女は不要だと判断したからだ。


「助かったよレイア殿。正直に言って聞かせたい言葉では無かったからな」

「お前の名を聞かせろ。一度洗いざらい話を聞かせて貰う」

「余の名はマサミツだ。先程の前当主、マサミツ殿の名をそのまま名乗っている。強ち間違いでも無いからな」

「だろうな。お前、『混ざった』だろ?」

「ははっ! 恐れ入る。確かに余は元々変異種である鬼帝王オーガエンペラーとして生まれ、人族を滅ぼそうと考えていた。だが、マサミツ殿を喰らった後にある『変化』が起こったのだ」

 俺がこの城に来た直後からナビナナは演算を始めていた。そして導き出された答えがこいつの固有能力リミットスキル、『全吸収』にあると説明される。


『全吸収』は触れた者の知識、肉体、積み重ねた経験値を含めて、文字通り望んだ条件を取り込む圧倒的なチートスキルだ。

 対象を喰らう必要は無いが、その行為に及んだのは、当時こいつの知力と道徳心が低かったからだろう。


「余は『霧雨の結界』が暴走した後に、自らの力を解放してこの国を一度滅ぼした。だが、大将であったマサミツ殿を喰らった瞬間から、人族を憎めなくなってしまったのだ」

「それでこの現状へと至った訳か。どうやって人族との共存の道へ漕ぎ着けた?」

「幸い上位種である余の血を飲むと、鬼達にも知性が芽生えてな。この大陸を封じ込めているレヴィアタンを守り神とする事で、一種の宗教染みた真似をしたのだ」

 少しずつ謎が紐解けていくのと同時に、俺はある怒りを沸々と滾らせていた。


「どの国にも反発する輩は現れる。この国にも革命軍レジスタンスや、人喰い衝動を抑えきれなかった魔獣はいただろう?」

「当たり前だ。全て滞りなく『処分』したよ」

「それが自分の信頼していた者であってもか? 中には元の暮らしに戻ろうと忠言した部下もいただろ?」

「……? 何を言ってるのだ女神よ。余の言葉に従わぬ者は『餌』として処分するのが普通だろう? 人は貴重な食料エサであり、家畜であり、種が繁栄する為の貴重な存在だ。大切にしなくてはな」

「軍に入れているのは何故だ?」

「彼らは時に思いも寄らぬ戦法や手法で、力量を打破する可能性を秘めている。余はその瞬間を目の当たりにした時に、絶頂を迎える程の快感を得られるのだ!」

 何かがズレている。多分こいつはシナノちゃんの親父さんを喰らった時に味をしめて、手当たり次第に知能の高そうな者を喰らったに違いない。


「最後に聞いて良いか? ここに来る途中、額から小さな角を生やした子供を何人も見た。『アレ』は何だ?」

「おぉ! 良くぞ気付いてくれたな! あの者達は『鬼人きじん』といってオーガと人族の子なのだ! 開発には相当な時間が掛かったが、凄まじい潜在能力を秘めていてな。数年後の主力は彼等になるに違いない!」

「どうやって生み出してるんだ?」

「犯罪を犯した者を互いの種の男女を交えた牢に入れて、只管に交配させるのだ。子を成せば出られると申し付けてある! 罪人ならば非人道的でも関係ないであろう?」

 あぁ、もう良いだろう。瞳をキラキラと輝かせながら少年の様に未来を語るこの鬼に、王の資質は無い。


(正直シナノちゃんがいなければ、別段放置してもいいと思う程にどうでも良いんだけどね)

 この手の輩にいちいち腹を立てるのは俺の主義じゃない。この世界は優しくないし、助けたかった命は零れていくし、それならせめて家族だけを絶対に取り零さない様に大切に、大切に守るんだ。


 どこで誰が死のうが関係ない。俺が知らない輩が死のうが俺の平穏は続くんだから。

 全部を救えるなんて理想論クソ喰らえだよ。女神にだって不可能だ。


 死にたくなければ鍛えろ。力や知恵を研ぎ澄ませ。現に、目の前の鬼もその結果居場所を得たんだろうよ。


 ーーでも、今回は駄目だ。


 俺の膝枕を涙で濡らしてる女の子がいる。その気持ちを考えたら、もう絶対駄目だ。


「なぁ、悪い知らせと良い知らせ、どっちを先に聞きたい?」

「……良い知らせかな」

「お前はきっと俺の事を知らなければ、この国ヤマトに生まれなければ、もっと真面に魔獣として生きれたよ」

「……悪い知らせは?」

「お前が喰らったのがシナノちゃんのお父さんってだけで、俺はお前を殺す」

「理不尽だな。もう少し分かり合えると思ったのだが」

「その考えを抱く時点で、お前はやっぱり魔獣なんだと思う。排除すべき異質だ」

 ゆっくりとシナノちゃんの頭を太腿から下ろすと、俺は立ち上がって宣言した。別にこいつの事が嫌いな訳じゃ無いんだけど、これから家族に迎え入れる女の子の為ならしょうがない。


 ーーここにもう彼女の居場所はないだろう。


「悪いね。これは本当に個人的感情だ。別の王ならお前を受け入れたかもしれないよ。理には叶ってるからな」

「ふむ。それなら女神を食らってより力を付けさせて貰うとするかな。それより分かっているのか? 余に触れただけで吸収するぞ?」

「関係ないさ。俺の本来のスキルは、お前の『ソレ』より余程凶悪だからな」

「何を戯けた事を……おい女神、『ソレ』は何だ?」

 今の俺がどこまで出来るか試してみようかと思う。いつか『核』である俺の分身を救う為には逃げてちゃ駄目だ。


「ナビナナ、フォローは頼んだぞ?」

「構いませんが、主人格はやめろって暴れてますよ?」

「上手く言ったら最上級のワインを飲ませてやるさ! 第一柱から第四柱まで封印を強制解除!! 『闇夜一世オワラセルセカイ』強制発動!!」

 意識を乗っ取られる様な感覚の中で、俺はドワーフの国で得た自らの闇の扱い方に集中する。自分の身体の一部を伸ばし、纏わせ、肉体の一部だと思うんだ。


 ーー伸びろ。


 命令と同時に黒手が襖を裂いた。勘付いたのかマサミツは身体を逸らして避けた後に、この部屋から出て隠れる。

 俺は掌をグー、パーと閉じたり開けたりして、感覚を確かめてから一言呟いた。


「さぁ、『鬼ごっこ』を始めようか……」

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