第243話 ドルビーの過去
悪癖ネイスットを葬ったレイアはコヒナタや仲間の治療を行う。最も傷が深かったシルバは『女神の腕』を発動して完治させた。
「主様が無敵にピカピカしてたのじゃあ〜!」
「えぇ、どうやら僕達の出番は無かったようですね」
「何を言うかクラドよ! このまま祝勝会とやらの準備じゃ! 料理を作れ! その為に連れて来たのじゃぞ?」
「僕の言うことを聞かない時点で途中から大体分かってましたけど、もう少し気を遣って下さいよ……」
ディーナは城の窓の一つ、少し離れた場所からレイアの活躍を目を輝かせて眺めていた。結局の所、愛しい人の格好良い所が見たかったのと、家族の無事に安堵して怒りは収まる。
後は食事だとクラドは急かされ、一人調理場へと走るのだった。
その間に目を覚ましたドルビーは、申し訳無さそうに今回の事件の発端になった過去の出来事を語り始める。
「つまりは、お前がネイスットの封印を解いたって事か?」
「あぁ、俺の親父は代々
女神は『心眼』を発動して、これ以上嘘をついたら即座にぶん殴ってやろうと思いながら、弱々しく膝をつくドワーフを見下ろしていた。
__________
幼き日のドルビーは、子供ながらにして鍛治神ゼンに選ばれし巫女、ーー即ちコヒナタに恋をしていたのだ。
日々、将来立派な鍛治師になる為に鉄に向き合い続けていたある日、父親と鉱石を取りに行った採掘場で迷子になり、不運にも『シールフィールド』へ迷い込んでしまう。
恐る恐る扉を開いた先には、黒い天使の翼を生やしたスライムに似た黒く半透明な魔獣がおり、少年が死を覚悟した直後にある取引を持ち掛けられたのだ。
「け、いや、くを、しよ、う。いちば、ん、つよ、いかんじょ、う、を、くれ」
「ヒィッ⁉︎」
腰が抜けて動くことすら出来なかったドルビーは、激しく頷くしか出来なかった。命が助かるのであれば、何でもすると懇願する。
「な、何でもしますから、どうか助けて下さい〜〜!」
涙で視界がぐちゃぐちゃになったまま、魔獣の肉体の一部が口から体内へと無理矢理押し込まれ、ーー少年は意識を失った。
一番強い感情、即ち『コヒナタへの恋心』を代償に助かったのだと気付いたのは、巫女がゼンガを追放されて十数年経った後に、ネイスットと再会した日の事だ。
王国から依頼の品を献上しに城へ訪れた際、王の横に並び立つ神官を一目見たその時、全身に鳥肌が立ち記憶が蘇る。
「そ、そんなまさか……あれは夢じゃ無かったのか……」
ドルビーは人差し指を立てて「シーッ」っと鼻元に添える歪な
背格好がかつて憧れた巫女に似すぎていた理由も、何故か即座に理解出来る。
(あれは王の側にいてはいけない化け物だ……)
暫く頭を抱えながら悩み続ける惰性の日々を送って数ヶ月が経った頃、再び王城を訪れるチャンスが訪れた。
この時、ドルビーは一人決意したのだ。
どんな罪に問われても構わない。ーー自らの手であの化け物を殺そう、と。
王への献上品を差し出した後、一枚の手紙を書いて紛れ込ませた。普通ならば他の者に読まれてしまう可能性が高い。
だが、それすら計算にいれた上でたった一文を書き込む。
『立派になった化け物を、葬れる程の名剣に御座います』
「おやおや、罠の一つでも張っているのかと思っていましたが……まさか一人とは」
「本当に来るとは思わなかったよ。子供の頃の夢であって欲しいと願っていたんだがな」
「クフフッ! 貴方の感情は手に取るように分かるのでありますよ。流石は最初に感情をくれた餌でありますね」
「やっぱり……巫女様が失脚なされたのも、王の政策が国を乱しているのもお前の所為か⁉︎」
「はぁっ……」
ネイスットは肩を竦めて溜息を吐くと、ドルビーに向けて言い放った。
「記憶が戻ったのなら、まだ気付いてないのでありますか? 初めて会った日に入り込んだ自分の肉体の一部が、今も貴方の中で生きている事に」
「ーーーーッ⁉︎」
「手紙を出す必要すら無かったのでありますよ。どんな感情を抱こうと、どんな考えを張り巡らせようと、あの時から貴方は傀儡なのですから。自分でも気付いていないまま、ね……」
ーーパチンッ!
ネイスットが指を鳴らすと、ドルビーの意識は閉ざされる。そして、目を覚ますと日常に戻り家のベッドにいた。困惑と焦燥の日々が続く。
__________
「後は知っての通りだ。俺は『転移銃』でネイスットを国外に飛ばし、『ディルスの盾』の力で国に結界を張って奴を追放しようとタイタンズナックルのリーダーに話を持ち掛けたんだが、コヒナタ様に阻止された」
レイアは独白に近いドルビーの過去を知り、和らげな笑みを浮かべてそっと肩に手を添える。ポタポタと地面に涙を落とし続ける男は、額を擦り付けて謝罪し続けた。
「お前の事情は分かったよ……嘘もついてないみたいだし、今回は許そう」
「いや、俺に出来る事なら何でもするつもりだ。この恩は、残りの老い先短い人生を全てを賭けてでも償うって決めてるぜ!」
「あぁ、勿論そのつもりだぞ!」
「えっ?」
瞳を両手で抑えていたドワーフの匠は、予想外の台詞に思わず顔を上げる。視線の先には微笑みながら目が笑っていない怒れる銀髪の美姫がいた。
「お前、よくそんな状態で俺に近付こうと思ったな……こっちの動きがもろバレだったのもお前の所為って事だろ? しっかり罰として俺の国で働けよ! むしろ働かなきゃビンタする!」
「……す、すんません」
理不尽だと思いながらも、押し潰されそうな圧力に逆らえずドルビーは土下座する。レイアは視線を流すとコヒナタの方へ向けた。
__________
「どうして……こんな事に……」
「ははっ! しょうがないんだな……操られていたとはいえ、神を肉体に封じ込めるなんて大罪を犯したんだな。王失格ーーガハッ!」
ワーグルの外見は先程までの若々しい姿では無く、白髪が抜け落ち、肌が干涸らびて長寿のドワーフにはおよそ似つかわしくない程の弱々しさを見せる。
老化は時間の経過と共に進行するのだと伝わった。
口内から黒ずんだ血を吐き出すと、真横に寄り添うかつて思いを通じ合わせた巫女へ、王としての言葉を告げる。
「聞いて欲しい事があるんだな」
「……えぇ、しっかりと聞くわ」
ここから先に告げられるのは『遺言』なのだと、コヒナタは『ドワーフの巫女』として意志を固めた。
その場にいた誰もが沈黙し、二人の最後の時を見守る。
王と巫女の『最後の時間』を邪魔せぬように、と……
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