第241話 『不倶戴天』 後編

 

『時は遡る』


 コヒナタはシルバの背に乗り、『至宝十選』が保管されている城の地下へと向かっていた。

「ごめんね。私のせいで貴方にまで傷を……」

 哀しげに俯いて謝罪するドワーフへ、銀狼フェンリルは優しげに念話を送る。


『気にするな。私も主が倒れている姿を見た時、頭に血が上ってコヒナタを攻撃しようとしたしな。それに私達は家族だ、ーー喧嘩する事もあるさ』

「……ありがとう」

 ドワーフの巫女は涙を拭い去り、再び決意の炎を瞳に宿す。だが、同時に胸中には不安が渦巻いていた。

(血呪封能が解けない限り、私はザッハールグを取り戻しても無力です……)


『誰かこの先にいる! 警戒しろ!』

「ーーーーッ⁉︎」

 シルバは急停止すると、低く身構えながら喉を鳴らす。コヒナタは振り落とされ無いように必死に銀毛を掴むが、意外にも柱の影から現れたのは、両手を上げたドルビーだった。


「み、巫女様⁉︎」

「えっ? もしかして貴方……ドルビーなの?」

 嘗ての弟子の面影を懐かしく思いながら、コヒナタは偶然の再会に感謝する。レイアとは違い城に捉えられていた事から、今回の戦いまでの経緯を何も知らずにいたからだ。


「お久しぶりでございます。無事に女神より救い出されたのですな」

「もしかして貴方も、レイア様に力を貸してくれていたの?」

「えぇ……ですが、真の目的は……」

 ーーガルルルルルルルルルルルッ!

 師匠と弟子の再会を遮る様に、シルバは警戒心を露わにする。最初から、獣としての本能が反応したのは目の前に立つドワーフの老人では無く、ーーその背後に隠れる存在だった。


「チッ! 流石に狼の鼻は誤魔化せねぇか」

「確かにそうですが、些か嘆く事もなさそうですよ。予想通り潰し合ってくれたお陰で、満身創痍の様子ですしね」

 ドルビーの背後から、バッカーデンとリッキーが姿を見せる。初めて見る顔にコヒナタは動揺を隠せずにいた。


「そ、それは私の……どうして貴方が神剣を有しているのですか?」

 何故なら、剣士の腰に刺さっていたのが自らの処女作である『神剣ゼフォーリス』であったからだ。


「この爺さんの依頼でね。悪いが女神との共闘も作戦の一つではあったんだが、あっさりと操られたあんたにやられちまったからさ。こっちに賭ける事にしたんだ」

「我々の目的は確かに神官の抹殺ですが、先ずは『至宝十選』を奪取する事を優先したのです」

「コヒナタ様、この者達は味方ですので心配要りませんよ?」

 一見友好的に話し掛けて来る三人の言葉を、ドワーフの巫女は直感から受け入れる事は無かった。


『それで良い。大事なのはこいつらが主を利用した下衆ゲスでしか無いと言う事実だ!』

 シルバはレイアが倒れた場所にバッカーデンとリッキーの匂いが残っていたのを覚えている。故に警戒を解きはせず、ーー信用に値しないと判断した。


「やれやれ、リッキー頼んだぞ?」

「風よ! 我等を守る加護と共に敵を阻む風壁を成せ! 『ウインドシールド』!」

 一本道を塞ぐ様に風の障壁が展開され、銀狼シルバは片脚を失っているバランスの悪さから一瞬たじろぐと、背後へと退いた。


 その隙に『至宝十選』の間へと走り去って行く三人の背中を見つめながら、コヒナタは弱音を漏らす。

「やっぱり、今の私には何の力も無い……レイア様を守る事も出来ない……おかずもきっと取られちゃう……」

『主の安否の次に哀しむ所はそこで良いのか⁉︎』

 ーー直後、目を見開いて珍しくツッコミを入れるシルバの背後の壁から、禍々しいが雰囲気が発せられた。

「誰かと思えば、エルフの国以来だな。鍛治神の巫女よ」

「あ、貴女はあの時の悪魔デモニス⁉︎」

 コヒナタの視線の先には、精神体のまま語り掛ける悪魔デモニス、ラキスが笑いを堪えている。


「ふふっ! 女神に続いて、貴様も間抜けな封印にでも掛かったのか? 攫われたとは聞いていたが、そこまで弱体化していては、最早唯の幼女でしか無いでは無いか!」

(私はこれでも八十歳を超えてますけど……)

 コヒナタは反論したくても、下手に敵を増やす訳にもいかずに言葉を飲み込んだ。ラキスは一頻り小馬鹿にし終わると、本来の目的を告げる。


「女神との契約を守って封印解除の『キーワード』を死霊から聞いて来たから、ついでに目的の刀も手に入れて約束を反故にしてやろうかと思ったのだが、やはり魔なる者はこの先に進めないらしいな」

「キーワードが分かったんですか⁉︎」

「あぁ、如何やらその神官とやらに罠を起動する様に命じられたのは、死んだ者の中で一名だけだったからな」

「教えて下さい! 私がレイア様に伝えます!」

 シルバの背から落ちそうな程に身を乗り出して必死に問う巫女の姿を疑問に思いながら、ラキスは丁度良いと伝言を預ける事にした。


「約束は守れと必ず伝えてくれ。キーワードは『どうせ死ぬなら、最後に女神の乳を揉みたかった』だ」

「…………えっ?」

 真顔で答える悪魔の女剣士から発せられた言葉を聞いた直後、コヒナタは薄目で遠くを見つめながら固まった。

「おい、ちゃんと伝えておけよ! 私はこのままアグニス様の元に戻る。エロエルフと二人きりなど危険極まり無いからな!」

「ちょ、ちょっと待ってぇ!」

「待たん!」

 慌てて手を伸ばす幼女を無視して、ラキスは精神体のまま壁をすり抜けその場を去る。残されたコヒナタはとても哀しげな瞳をしていた。


『き、気持ちは分からんではないが、頑張れコヒナタ!』

「えぇ……レイア様の為に言うね……どうせ死ぬなら、最後に女神の乳を揉みたかった……」

 シルバに励まされながら、あまりにも下らない解呪のキーワードを呟いた直後、ーー巫女の身体から金色の光が放たれる。


「気持ち良い……レイア様の神気だ……」

 抑え込まれていた女神と身体を重ねる内に体内へ流れ込んだ神気、封じられたステータスとスキルが解放され、快感の波が襲う。


「シルバ、ここまでありがとう。あとは私に任せて、イザヨイちゃんとチビリーを避難させて下さい。ーー全てを終わらせてきますね」

『了解した。主を頼む!』

 強がってはいたが、片脚を捥がれた銀狼フェンリルのHPもかなり減少していた。『神速』を発動させると、瞬く間に通路を駆けて城から避難する。


 コヒナタは眼前に張られた風の障壁へ、ゆっくりと近付くと片腕を伸ばして力任せに隙間をこじ開けた。自らの身体が潜り込める程のスペースへ身体を捻じ込ませると、勢いそのままに奥へと風壁を足場にして、凄まじい速度で通路内を疾駆する。

 視線の先に『至宝十選』の間が見えてくると、右手と左手を翳して願いを捧げつつ吠えた。


「私の神気に反応して……お願い! ザッハールグ! ディルスの盾!」

 既に至宝の武器の数々を手にしていたバッカーデン、リッキー、ドルビーの三人は驚愕に目を見開くと、動揺を隠せずにいる。


「な、何だ⁉︎」

「あり得ない! 武器が勝手に!」

「ま、まさかこれは……コヒナタ様が⁉︎」

 ドルビーが手にしていた『ディルスの盾』は、光の先の存在へ応える様に白銀の輝きを放ちながら離れた。ザッハールグは神気に反応して転移し、巫女の右手へと装着する。


「遊びはここまでですよ……ドルビー、師である私に何を隠しているのか全てを白状しなさい。そうで無いと、頭部粉砕しますよ?」

「ひいいいいいっ⁉︎」

 一瞬だけ放たれた殺気に、老獪なドワーフは腰を抜かしてへたり込む。だが、微笑みながら決して目が笑っていないコヒナタの前に、SSランク冒険者が立ちはだかった。


「悪いな嬢ちゃん、この爺さんは俺達の依頼人でね。こっちも神官の呪いの件も含めて退けないんだわ」

「何故、その盾を奪われても私達が無事なのかは気になりますがね」

「そ、その盾は元々巫女様が作られたものだからさ。頼む! 何とか取り返してくれ! あの盾は計画に絶対必要なんだ!」

 コヒナタは必死に懇願する弟子の様子を見ていると、何故か違和感を覚えた。邪なる者だとは思えないが、どこか後ろめたさを隠しているとかつての師として確信する。


「貴方は昔からそうでした。どんな作品でも私に見せる様に言いつけても、駄作だと自ら判断すると隠す様に捨ててしまう。きっとその中から、貴方を伸ばす糧になる要素は幾らでもあったのです」

「……巫女様には分からない。俺が犯した罪は……重過ぎる」

「話してみなさい? 全てを終わらせると決めました。今の私はゼンガの巫女では無く、冒険者パーティー『紅姫』のコヒナタです」

「この二人を倒せたのなら、全てを話しましょう……」

 優しく差し出された手を拒む様に、ドルビーはタイタンズナックルの冒険者二名の背中へ隠れた。


 コヒナタは深い溜息を吐き、バッカーデンは挑発する様に『神剣ゼフォーリス』を抜き、リッキーは『天災のロッド』を解放して、自らの身体を雷の化身と化す。


「さて、降参するなら見逃してやるぜ嬢ちゃん?」

「えぇ、私達は貴女に構っている程暇では無いのですから」

「ふふっ! うふふふふふっ!」

 冒険者の挑発染みた台詞が耳元に聞こえた直後、幼女の笑い声が場に響き、男達は視線を交わすと疑念を抱いた。


「ふむふむ、こういう事なんですねぇ。よくよく考えてみれば当然でしょうか、なるほどなるほど……」

「あぁん? いきなり笑ったり考え込んだりどうしたんだ? 怖いなら逃げれば良いだろうが!」

 顎を抑えながら嬉しそうに頷いている幼女に向け、バッカーデンは苛つき混じりに恫喝する。だがーー

「いえ、簡単な事ですよ。一つ目、雑魚に馬鹿にされた。二つ目、レイア様を利用した下衆ゲスに挑発された。三つ目、私はこれでもドルビーより年上ですので、敬語を使いなさい坊や?」

 コヒナタは圧倒的な神気を放つと、ザッハールグ一式を解放して警告した。普段は暴走する仲間を止める役回りだが、今は微塵もそんな想いは無い。


「えっと、降参するなら見逃してやるぜ? でしたっけ?」

「こ、このクソチビがあああああああああああああーーッ!」

 バッカーデンは激情に身を任せて神剣を抜き、横薙ぎするが鈍い音を立てて弾かれる。


「ちっ! 邪魔な鎖だぜ!」

「私に任せて下さい!」

 リッキーは隙を突いてロッドを避雷針代わりに地面へ突き立てると、自らを雷の矢と化して特攻しようとするが、既に視線の先に対象はいなかった。


「一体どこへ⁉︎」

「ここですよ。未熟な腕で天災のロッドを使えば、痛い目に合うのだと教えてあげましょう」

 瞬時に移動したコヒナタは、ザッハールグの鎖でリッキーを拘束すると、避雷針代わりのロッドでは無く、かつて初代巫女が作り上げし鉱石で仕上げられた硬い地面へと叩きつけた。

 ーードゴンッ!

「…………」

「天災のロッドは自らの手から離せば、次第にその効果を失わせます。貴方が行おうとした攻撃は威力が高い故に、外せば無防備に地面に突撃する諸刃のツルギなのですよ。まぁ、もう聞いていませんか」

「この野郎! よくもリッキーをやりやがったな!」

「野郎じゃありませんけどね。行け、一式!」

 神剣ゼフォーリスを構え、上段から唐竹割りを繰り出そうとしたバッカーデンに向かい、コヒナタは巨大鉄球を撃ち放つ。


 かつて、幾度と無く闘技大会において剣技のみで優勝を飾った最強を自負する剣士は、咄嗟に神剣で鉄球を受け止めるが、あまりの威力に受け流す事が出来ずにいた。


「忠告します。命が欲しければその剣を離しなさい」

「馬鹿言ってんじゃねーよ! 俺の剣技に叶う奴がいる筈がねぇ!」

「その剣が折れたら、貴方は死ぬのでは?」

「〜〜〜〜ッ⁉︎」

 ーーピシッ!

 神剣にヒビが入った途端にバッカーデンは青褪める。このまま受け続ければ折れてしまうのではと、恐怖が頭を過ぎったのだ。


「丁度いいですね。その剣は私の処女作であり、今回の事件に因縁のある剣なのです。この際折りましょうか」

 ドワーフの幼女から冷酷に告げられた言葉を、SSランク冒険者の誇りと慢心から受け止めきれずにいる男へ、『忠告』では無く最後の『警告』がなされる。


「では、折りますね?」

「ま、待ってくれ……言う通り、降参する……」

 コヒナタは直ぐ様一式を巻き戻し、ドルビーの元へ向かおうとしたのだがーー

「甘いんだよ! 死ねっ!」

 ーー油断したと『勘違い』した剣士の最後の足掻きが不意に襲い掛かった。


「甘いのは貴方です。よくそれでSSランクに上がれましたね?」

「へっ? あれ?」

 一定の距離まで跳んだ直後、バッカーデンは足に纏わりつく違和感に気づいたのだが遅過ぎる。コヒナタが鎖を巻き戻すだけで、まるで振り子の様に壁へと叩きつけられた。


「手加減はしてあげましょう。生きてられれば良いですね?」

「待てっ! まっーー」

「三式! 鳴神ナルカミ!」

 青い閃雷に飲み込まれ、焼き尽くされたバッカーデンに最早意識は無く、ドルビーは戦闘とも呼べない巫女の戦闘力に愕然と震えている。


「何故……ドワーフなのに、その力は一体……」

「ドワーフだろうと関係ありません。だって、天使と竜と魔王がライバルなのですよ? 強くもなります」

「……参りました」

「よろしい。ですが少し時間をかけ過ぎましたね。話は後にしましょう、レイア様の元へ急ぎます!」

「えっ?」

 コヒナタは気絶したバッカーデンとリッキーの襟首を掴み、ドルビーを鎖で巻くと、至宝十選の間から飛び出して廊下の天井を見上げる。


「方向は、ーーあっちですね」

「な、何をする気なんです⁉︎ 嫌な予感しかしないですよ巫女様!」

「黙りなさい弟子よ。ある美しい女神様が言ってましたーー『壁が邪魔なら壊せば良いじゃん?』、と」

「…………」

(あの穏やかな巫女様が毒されてる……おいたわしや……)

 コヒナタは神気を解放すると、ザッハールグ一式の巨大鉄球を全開で天井へと撃ち放つ。凄まじい破壊音と共に、上階へ貫く鉄球の鎖を巻き戻し、同時に開けた穴を突き抜けた。


「いやあああああああああああああぁぁ〜〜!!」

 体感した事の無い移動速度に並みのドワーフが耐えられる筈も無く、ドルビーは絶叫を響かせながら気絶する。


「今行きますよ! レイア様!」


 __________


 突然放り投げられた男達の事も気になったが、レイアはコヒナタの様子を見て確信した。


「封印が解けたって事は、悪魔デモニスからキーワードを聞けたのか⁉︎」

「えぇ……あまり伝えたく無い台詞ですけど」

(あれは、ディーナが何かやらかして呆れてる時の顔だね。きっと、くだらないキーワードだったんだなぁ)

 レイアは遠い目をしている幼な妻の表情を見て、大方の予想を立てる。コヒナタモジモジと恥ずかしそうに呟いた。


「どうせ死ぬなら、最後に女神の乳を揉みたかった……です」

「……そ、想像以上にくだらないね」

「そんな相手に封印されたかと思うと、泣きたくなりましたよ……」

「だ、大丈夫! 黒幕はあそこにいるモルボルみたいなネイスットだからさ!」

「モルボル?」

 レイアが指差した先にいる存在を見つめると、コヒナタは首を傾げる。


「誰です?」

「だから、あれがネイスットだって」

「なんか……グロいですね」

「だね〜、まぁラスボスっぽくて良いんじゃね?」

 先程までとは違い、自らの封印が解けると分かった途端にレイアから余裕が生まれる。無言のままコヒナタを見つめ続けていたネイスットは、徐ろに口を開いた。


「何を余裕ぶっているのでありますか? 封印が解けるなら、早く解けば良いのであります。待ってあげているのですよ?」

「はんっ! お前こそブッ飛ばしてやるから見てろよ!」

 ニヤニヤと口元を歪める化け物を睨みつけて、女神は封印解放のキーワードを高々に宣言した。


「どうせ死ぬのなら、最後に女神の乳を揉みたかった!」

 ーーだが、何も起きはしない。


「あれ? どゆこと?」

「クフフ、あははははは! 馬鹿がいるのであります!」

 化け物ネイスットは悪戯が成功した子供の様にケタケタと笑い、レイアはその表情を見て青褪める。


「まさか……」

「気付いたのでありますか。確かにお姉様に掛けた『血呪封能』のキーワードは、自分が指示した男で間違いないのであります。いつかは解呪して差し上げる予定でしたからね」

「俺のキーワードは別って事か……」

「最初に申し上げたのであります、『死した者達しか知らない』と」

「嘘じゃ無く、俺の方はランダムって事かよ。ってゆーか、コヒナタのキーワードってお前が考えたんか⁉︎」

 レイアは『指示をした』と言う台詞から、あの下らないキーワードを眼前のモルボル擬きが考えたのかと思うと、胸を隠すポーズをとって冷たい視線を向ける。

 男の視線には最早慣れたが、流石に触手プレイはお断りだった。

(エロゲのヒロインなんて、真っ平ごめんじゃい!)


「そんな訳が無いでありましょう? 穢らわしい、気持ち悪いのであります」

「いや、お前こそ自分の姿を鏡で見てから言え? 結構きてるぞ〜?」

 人形の様に虚ろな目のまま呆然と佇むワーグルと、間違ったキーワードだと知って膝を折ったコヒナタを横目に、悪口を言い合う女神と化け物の喧嘩は突如、終わりを告げる。


「自分が選んだだけで、キーワードはその者が死ぬ瞬間に願った気持ちでありますよ。どの者の願いか不明な以上、貴女に打つ手は無いのであります。理解したのなら大人しく死んで欲しいのであります!」

 レイアは静かに瞼を閉じて、己の考察が間違っていなかったのだと内心ほくそ笑んでいた。


(あの場にいたのは奴隷の女を抜けば男のみ、そんな奴らが俺とコヒナタという美女を前にして、最後に願う事なんて大体決まってる。さっきのが良い例だ。ならば、俺なら何を願う? 想像しろ、彼方側にもし俺がいたなら、自分とコヒナタを見て何を思う……何を願う……導き出される答えは……)


「幼女のちっぱい最高?」

「ファッ⁉︎」

 突然何を言い出したのかと真っ赤に照れながらレイアを見上げたコヒナタは、溢れ出した神気に弾かれて地面を転がる。まるで空間が全て金色の鉱石で出来ているかの様に光り輝き、その中心にいる女神は両手をグー、パーと握り締めながら笑っていた。


「ははっ! どうやら正解だったみたいだな〜!」

「し、信じられない! 何故キーワードが分かったのでありますか⁉︎」

 自然と沸き起こる恐怖から後退りながら、ネイスットは問う。女神は銀髪をユラユラと靡かせながら金色の瞳を向けると、腰に手を当てて言い放った。


「運とエロだ!」

「レイア様……色々と台無し……でも美しいですぅ」

 コヒナタは普段より『魅了チャーム』二倍増しの女神の美しさに見惚れている。ナビナナの制限無しで無尽蔵に溢れる神気と、解放されたステータスはレイア本人ですら制御出来ない程に強大だった。


「やべぇな。ナナがいないとここら辺全部吹っ飛ばしちゃいそうな気がするけど……まぁいいか!」

「あり得ないのでありますが、自分がこの事態を想定していなかったとでも?」

 ネイスットは右手を地面につけると、ブツブツと詠唱を開始するがーー

「小賢しいし、無駄!」

 ーー女神がただその場で右脚を一踏みするだけで、魔方陣は消失した。


「ーーーークッ⁉︎」

「遅い! 『久遠』発動! 空間固定!」

「があああああああああああああああっ!」

 レイアは無数の触手ごとその場にモルボル擬きの身体を拘束する為に、細かな制御が出来ずにいた状態で『キューブ』を乱れ撃ちする。

 初めて焦りの表情を見せたネイスットは、人形ワーグルに頼ったのだ。


「ワーグル様、『お願い』であります。この者を殺さなければコヒナタお姉様はこの国に帰って来てくれないのでありますよ?」

「こ、ひ、なた……?」

「えぇ、貴方の大好きなコヒナタお姉様であります」

 命令を受けた事で、狂わされた王の瞳に色が戻る。その一部始終を見て本人コヒナタは静かに落涙した。


「僕のコヒナタを……奪わせないんだな!」

「私はもう、ワーグルを愛すことは出来ない……だから終わらせてあげます!」

 ドワーフの王は鍛治神ゼンの青い神気を纏い、左腕にレーゼンセルンを。

 ドワーフの巫女は女神レイアの金色の神気を纏い、右腕にザッハールグ改を。

 互いに相対する存在と視線を交わしながらも、コヒナタは気付いていた。

(もうこの人には、相手が私だって事も分からないのね……)


「レイア様! こちらは任せて下さい!」

「あぁ、全てを終わらせて家に帰ろうな!」

 愛しい人に向けるのは笑顔だ。そして、怒りや憎しみは全て敵へと向けられる。


「なぁ、俺の元いた世界には『不倶戴天フグタイテン』って言葉があってさ。これほどお前に贈る言葉として相応しいのは無いと、初めて水責めをされた時から思ってたよ」

「ーー?」

 意味の分からないの言葉を聞かされ困惑する敵へ、レイアは言い放った。


「お前をこの世界に生かしておく事は出来ない。ーー死ね」

 こうして、封印から解放された女神と、悪神の魂の欠片を宿した『悪癖』ネイスットの最終戦が始まる……

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