第240話 『不倶戴天』 前編
レイアは『
「何処までも忌々しい
「それはこっちの台詞だクソ野郎! うちの可愛いコヒナタに何してくれとんじゃい! 絶対に許さねぇ!」
「お姉様は自分の存在意義であります! 絶対に渡さない!」
『悪神の魂の欠片』を宿した特異魔獣が何故そこまでコヒナタに固執するのか気にはなったが、既にレイアは交渉や会話など不要と判断する程に、ーー完全にキレていた。
「お前だけは殺すんじゃ無く、魂の一片まで喰らってやる!」
レイアの両腕から伸びた黒手が
ーーだが、予想外に神官の首元から生えた一方の顔が大きく口を広げ、口内から大量の黒虫を吐き出した。
「ひぃっ⁉︎」
女神が一瞬で背後へ飛び退く程に悍ましく蠢く存在、それはまさに元の世界の
「ふふっ! 知っているのですよ。お姉様の記憶から読み取った貴女の弱点は、ーー虫であります!」
「な、何の事かな?」
(拙い、まずいまずいまずいぞおおおおおおおおおお〜〜!)
一般的な感性からすれば、目の前の触手だらけで無数の目と口を生やした
(俺はモルボルよりGの方が嫌いなんじゃい!)
ーー異世界の記憶から黒虫を嫌悪するのは、レイアも例外では無い。何より深淵の森での出来事から、拒否反応が半端じゃなかったのだ。
鳥肌を立てて、城内の天井すれすれを滑空して逃げていると、在ろう事かネイスットは触手の先に黒虫を掴んで投擲した。
ーーギチギチギチギチッ!
青褪めた銀髪の女神は、気持ち悪い音を立てながら牙を鳴らす天敵を、嫌々ながら黒手のカーテンで弾こうと試みる。だが、逃げた先には罠が仕掛けられており、髪を掴まれると地面へ無理矢理引き摺り落とされた。
「甘いのであります!」
「ひゃああああああああああああああああああ〜〜!」
触手と黒虫が女神の身体を這いずり回り、薄く広げた『闇夜一世』の防御幕で消滅させても、直ぐ様溢れ返る始末。
薄布一枚の先で、『G』と『触手』が共演している光景は、レイアの精神をガリガリと削り取る。
「もはや……ここまでか……」
実際は何のダメージも負ってはいないのに、女神はまるで犯されたかの様に虚ろな目から涙を滴らせて呟いた。するとそこへーー
ーーズドオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
「うおおおおおおおおおおっ!」
「きゃあああああああああっ!」
次々と壁を破壊するレーゼンセルンの『三式』、神気から発せられた『
致命傷は負っていないものの、ボロボロな身体から血を流し、必死に這う部下の姿。
「二人共無事か⁉︎」
「ぐ、軍曹……何とかって、ところっすねぇ!」
「何これ気持ち悪い……こっちはどんな状況なんですか?」
破壊された壁の鉱石に黒虫が潰され、所々緑色の体液で汚れた戦場を見て、ソフィアは女性として身を震わせる。一方ガジーは集中しており、背後から追って来る存在をしっかりと見据えていた。
「……鬼ごっこは終わりなんだな。敵は……殺す」
「軍曹の前で情けねぇ姿は見せられないぜ! なぁ、ソフィア!」
「えぇ、刺し違えてでも倒す!」
だが、そんな決死の覚悟を抱いている二人へレイアは全力で叫んだ。
「無事なら助けてええええええええええええええ〜〜!! 虫! この虫を何とかしてくれぇええええええええええええっ!! ヘルプ、ヘルプミーー!!」
「「えっ?」」
半泣きで鼻水まで垂らしながら懇願する女神の姿を見て、ガジーとソフィアは何かの冗談かと思い首を傾げる。だがその直後ーー
「ガジー! 虫を全部片付けたら膝枕で耳かきしてやるぞ!」
「ファッ⁉︎」
「ソフィア! 助けてくれたらチューしてやるぞ!」
「ーーーーッ⁉︎」
死も生も、偽りも真実も飛び越えた先にあるもの。それは『
ーー二人の集中力は高まり続け、遂に『限界突破』を発現させた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお! 軍曹の膝枕あああああああああーー!」
ガジーの両拳が、的確に黒虫とその先にある視認出来ぬ筈のネイスットの触手を吹き飛ばす。
「からの〜〜! 耳かきいいいいいいいいいいいいっ!」
勢いそのままにレーゼンセルンを構えたワーグルへ肉薄すると、右膝で顎を跳ね上げた。
「うふふっ! 軍曹とチュー! 女神様とチュー! 私のファーストキスは、この時の為にとってあったんだわ! 神様ありがとう!」
ゆらりと立ち上がって長剣を構えたソフィアは、自分の
肉体の苦痛を精神が凌駕した
「「あはははははははははははははっ、ははっ、ははははは!」」
新たな感覚から得た快感に酔い痴れながら高笑いする部下を見て、黒虫から解放されたレイアは冷や汗を流す。
(欲望って怖いな……勢いに任せて言っちゃったけど、どうしよう……)
久しぶりに自分の美貌が人を狂わせる事を認識した女神は、そのまま視線を流して再びネイスットを睨み付ける。
ワーグルはソフィアが抑え込み、ガジーは生み出される虫の排除に専念していた。
(あれ? そう言えば一緒にここまで来た、タイタンズナックルの連中と、ドルビーはどうしたんだ?)
ふと浮かんだ疑問は、次の瞬間に繰り出された攻撃に打ち消される。
ーーガキィンッ!
「ちっ! 余計な邪魔が入らなければ、トドメをさせたのであります……」
「知ってるか? それは俺の世界で負ける奴が吐くフラグっつーんだよ! 虫攻撃なんて汚い真似しやがって、ーー喰ってやるぞ、モルボル野郎!」
レイアが繰り出した黒手は、ネイスットの触手を次々と消滅させた。自らに襲い掛かる攻撃は
(完璧にこっちの分が悪い……それに、このままじゃ体力が保たないぞ)
ーー冷静な判断から、この後の何手先かで敗北するのが読んでいる。
不完全な『
「な、なんだぁ〜〜⁉︎」
「ーーーーッ⁉︎」
「嫌な予感がしないか?」
「えぇ、するわね……」
その場にいた敵味方問わず、驚愕に眼を見開いていた。振り向いた先にある城門前の戦場には、炎、氷、風、土、ーー天よりあらゆる『竜の
「何あれ……聞いて無いんですけど……みんな生きてるかな?」
レイアは予想と想像を遥かに上回る嫁の暴走に、焦燥からダラダラと汗を流した。バッサバッサと無数の羽音が混ざり合い、上空から巨大な群れとなって降りて来る竜の大群。
ーーこの国、滅びちゃうんじゃね?
女神にそう思わせるに相応しい程、円を描きながら飛ぶ竜達の中心にいる白竜姫は美しく、雄々しく、壮大だった。
皆が呆気にとられている中、静かだが重々しい声が戦場の兵士達の耳へ届く。
「良く聞け、妾が主様に逆らいし愚か者どもよ……お主らは竜の王の逆鱗に触れたと知れ……その行為、死して許される程、生温い罰では済まさんぞ……」
怒りに震える嫁の様子を見て、レイアは瞬時に味方へ指示を出した。
「ガジー、ソフィア! 耳を塞げ!」
「は、はい!」
「ひゃああああああああ!」
一息吸い込むと、ディーナは溜まっていた鬱憤を晴らすかの如く咆哮する。
「決して許さんぞ! たかがドワーフの虫ケラどもがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
ーーヒイィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!
その直後、竜の輪の中心から戦場の中心へ、無慈悲に『
「ガハハハハハハハハッ! 久々に本気でぶっ放すのは気持ちいいぞぉ〜〜!」
白竜王ゼハードは娘に不快な想いをさせたという、親バカ極まりない理由でブレスを連発していた。
戦場の大地は割れ、木々は吹き飛び、草は燃やし尽くされて焦土と化す。だが、死者が出るか出ないかという本当にギリギリの所で、両軍の退避は完了していたのだ。
「……計算が間に合って良かった……」
クラドは『撃っちゃダメ』という指示から、『撃ってもいいから絶対に当てる場所は彼処だけ』という指示に切り替える。まさにリミットスキル『悟り』を使ったファインプレーで死ぬ事を免れた、タイタンズナックルの冒険者達は、ーー恐怖から城門の陰に隠れて震えていた。
逃げ出す事すら出来ないのだと悟った時、何としてでも生き残りたいという理由から武装を放棄し、裸同然の姿で一斉に土下座を開始する。
「それで良い、決して面を上げるなよ……即座に首を刎ねるぞ?」
地響きを鳴らしながら、次々と着陸する竜達のブレスは城下町にも影響を与えていた。爆風が道々を破壊し、屋根を吹き飛ばしている。
悠々と人化したディーナは、レイアとの『繋がり』が未だに感じられずに不機嫌なままだった。
透き通るような白髪を靡かせながら、敵兵へ一言続けるのだ。
「戦いが終わって主様が『許す』と言うまで、決してその場を動くでないわ。動いたその時には、食われても知らんからのう」
「「「「ひいいいいいいいいっ⁉︎」」」」
竜姫はチラリと牙を覗かせ睨みつけると、鉄扇をひらひらと仰ぎながら城へと歩き始める。その後を続くクラドは、何故か燃え尽きて灰になったボ◯サーの様に、ただ、ただ静かに泣いていた。
__________
「さて、あっちはどうやら終わった見たいだぞ? 今の気分はどうだ?」
「自分が全てを片付ければ、全く問題無いのでありますよ」
「さぁ、それはどうかなぁ? 俺の感は良く当たるんだけどさ。そろそろだぞぉ〜?」
「……??」
ーーズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!
ニヤけるレイアの元へ破壊音が迫る。先程の竜の光景から、マッスルインパクトの仲間達ごと燃やし尽くされたと勘違いしたガジーとソフィアは既に意識を失っており、巻き込まぬ様にレイアが黒手で壁際へ寄せられている。
ーードッゴオオオオオオオオオン!!
巻き起こる爆煙の中から姿を現したのは、封印から解き放たれた金色の神気を発したドワーフの巫女の姿。
「お待たせしました、レイア様!」
右手に『ザッハールグ改』を、左手に『ディルスの盾』を装着したコヒナタが、何故か両手に気絶したドルビーと、バッカーデン、リッキーの三名の襟首を掴んでいた。何の気遣いも無く、無造作に部屋の中心へと放り投げる。
戸惑うレイアの眼前で、今回の事件の全ての真相が今、明かされようとしていた。
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