第235話 たとえ、君が俺を忘れても 1
宴より二日後、リベルアの匠達の弟子を中心に、城下町の民の避難を完了させたのを合図として、マッスルインパクトを率いた女神と、タイタンズナックルとドワーフの正規軍を率いたバッカーデンは遂に戦闘を開始した。
参謀であるリッキーが考えた、正門と奇襲に備えた裏門に兵を二分して守りを強固にした布陣に対し、マッスルインパクト側はキンバリー、ボレット、サダルスに隊長を任せた三陣にリベルアのドワーフ達を組み込ませる。
ーー女神側が千人、ゼンガ側が五千人を超え、兵力差は凡そ五倍近い。だが、互いに狙いは大将の首唯一つだった。
城壁から三キロ程離れた場所で草原を挟んで対峙すると、軽いレザーアーマーを装備した女神は両手を広げて皆に『お願い』する。
「俺は絶対にコヒナタを取り戻す! だが、今の俺は非力だ! 女神でも何でも無い。だから頼む……お前達の力を貸してくれ!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! イエッサー!!」」」」
「俺の愛しい馬鹿野郎共! 一人も死ぬなよ! あとディーナの姿が見えたら全力で逃げろ!」
「「「「……うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」
一度は最高潮に達しつつあった士気が、急速に萎えた瞬間だった。本来竜姫を待って戦力にするという意見も上がったのだが、レイアは神官ネイスットの底意地の悪さから、時間を優先したのだ。
(あの野郎……コヒナタに何かしてたら喰うだけじゃ済まさねーぞ)
この時、女神は自分が一つ思い違いをしている事にまだ気付いていない。それを知るのは各隊長陣と、側に控えるガジーとソフィアだけだった。
__________
「おぉ〜! あちらさんは随分気合いが入ってるなぁ。リッキーは各部隊に報告してくれ。こっちは籠城戦だ。無理に攻め込まなくて良いぞ〜!」
「既に伝達してありますよ。私の弟子達も各部隊に配置してますしね」
「早くこの『緋炎弓』で撃ちまくりたいなぁ」
「私の分も残してよね〜? お兄は戦いになると目が血走るからなぁ〜!」
「分かってるよパノ。いつもみたいに競争する?」
「どっちが百人狩れるかでしょ〜? やだよ、いっつも私が負けるじゃん! この『蒼氷弓』は多人数向けじゃ無いんだから」
ヒイクの右手とパノの左手に握られた『至宝十選』の二つの弓は、名を体現しているかの様に鏃を必要としない弓だ。
リーダーのバッカーデンは空間さえ斬り裂ける『神剣ゼフォーリス』、魔術師のリッキーは雷系魔術を無尽蔵に放てる『天災のロッド』、治癒術師兼タンクであるゴルートは攻撃を跳ね返す巨盾『リフレクタートル』を装備し、城壁の上から敵を見下ろしている。
(この機会を逃せば、神官を殺る機会は当分来ねぇ……頼むぞ女神さんよ)
バッカーデンは仲間にさえ明かさず、極秘裏に進められている裏の作戦に期待を抱きつつも、ネイスットにバレない為に表向きは大将として動かねばならず、内心もどかしい気持ちに苛まれていた。
「大丈夫ですよ。あまり気負い過ぎないで下さいね」
「あぁ、すまないな。お前にはいつも助けられてる」
「長い付き合いですからね。さぁ、自由を手に入れる一日を始めましょうか……あちらには少し酷な一日になるでしょうが……」
「同情はしねぇよ。仲間の命を失う覚悟が出来てない大将なんていやしないさ」
「そろそろ来ます。号令を!」
敵軍の気勢が高まったのを敏感に感じ取り、リッキーは右手を掲げて合図を送る。盾隊が軍の最前線でスパイクシールドを隙間無く地面に差し込むと、その背後で魔術師達は一斉に詠唱を始め、弓隊が構えた。
ーーこの時より、両軍は衝突する。
__________
「行くぞ! 俺について来い野郎共!」
キンバリーは先陣を切って戦場を駆ける。『身体強化』を発動したステータスは、馬に乗るよりも遥かに早い速度で敵兵との距離を縮めた。
部下達は同じく鍛え上げた筋肉を駆使し、余裕の表情で団長の背後を疾走する。
「あいつら……速ぇな。動き出しが遅いと抜かれるぞ?」
「これは少々想定外ですが、始めましょうか」
バッカーデンの意見を聞き、リッキーが再び合図を送ると一斉に魔術が放たれた。
「「「「「サーチサンダースネーク!!」」」」」
無数の雷蛇が地面を這い、キンバリー率いる部隊へ迫るがーー
「こんなもん火炙りに比べれば全然怖くねぇ〜〜!」
「肩凝りが治るってもんですね、団長!」
「ビナスさんの雷の方がよっぽど痺れるっつーの!」
ーー筋肉達は麻痺の状態異常を引き起こす雷蛇を、次々と己が武器で斬り裂き、殴り、潰し、消滅させる。
キンバリーの部隊はエルムアの里を守っていた初期メンバーで構成されていた。それはつまり、女神式ワークアウトを乗り越えた精鋭なのだ。
何より逞しいのは、鍛え上げた肉体よりも、三途の河を渡りかけた経験から齎された精神力にあった。
(さて、軍曹の指示通りこっちに敵の気を引くとするかな……)
女神からマッスルインパクトの団長を務め上げる男への第一のオーダーは『敵の注意を引け』だ。両手の斧を振り回すと、回転しながら並び立つ盾に向かい突撃した。
ーーズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!
金属同士がぶつかり合う金切り音を響かせながら、回転による連続攻撃は止まらず、次々と盾隊の陣形は崩される。
大地に突き刺さるスパイクシールドを物ともせず、キンバリーは吠えた。
「こちとらいつも硬い鉱石だらけの山を掘ってるんじゃい! こんなもん柔らか過ぎて欠伸が出るぜぇ!」
「団長に続けぇ!」
「「「「マッスルーー!!」」」」
団員達は下方から盾兵に向かい武器を振り上げて地面を削ると同時に、盾が弾かれ姿の見えた敵兵を蹴り飛ばした。団長が崩した陣形の穴から一斉に攻め込む。
「何だこいつら、強えぇ!」
「ダメだ! 魔術部隊は退がれ!」
焦って統率の乱れた軍に対して、キンバリー率いる先行部隊は女神の第二のオーダーを実行する。
ーー『出来るだけ、敵兵を殺すな』
命令を受けた時には難しいと思いながらも、マッスルインパクトの団員達は笑みが零れた。人の命を奪う行為を強制されるより、こちらの方が余程女神らしいと感じたのだ。
『殺せ』と命じられるより『殺すな』の方が戦いがいがある。
そして何より、普段は小指一本、枝一本で自分達を蹴散らせるであろう崇拝すべき存在から頼られている。その純然たる事実に漢達は打ち震えた。
(絶対に期待に応えてみせる!)
モチベーションは最高潮に達し、身体のキレは全開で動いても衰える事は無い。『女神の兵』たる誇りが、より筋肉を隆起させた。
相対するタイタンズナックルの冒険者達は決して弱くは無い。最低でもCランクを超える強者の集まりではあったが、『仕事』だと割り切った程度の意思では、迫り来る気迫に叶うべくもなかった。
圧倒的な戦力差を覆し、次々と両太腿を斬り裂かれて戦闘不能に陥る部下を見下ろしながら、バッカーデンとリッキーは素直に賛辞を送る。
「なっ? 言っただろ? 筋肉を愛する者達が弱い訳がねぇんだよ!」
「認めたくはありませんが、彼等は兵数差以上に高い精神力の持ち主の様ですね」
「さて、そろそろ頼む」
「えぇ、ヒイクとパノには申し訳ありませんが、あちらと同じ様に敵兵の注意を引いて貰いましょう」
「後は頼んだぞ、ゴルート!」
「……任された。どうか無事で戻って来い」
巨盾を構えて哀しげな視線を向ける仲間の肩を叩き、バッカーデンとリッキーは城壁から姿を消す。去り際に水魔術を応用した幻影魔術を唱え、戦場に虚像を残したままに……
_________
「軍曹、合図が来ました」
「分かってる。やっぱり間に合わなかったか……」
レイアが待っていたのは、悪魔ラキスに依頼した封印を解く『キーワード』だった。封印さえ解ければ全てを一瞬で終わらせられると淡い期待を抱いていたのだがーー
『こちらが動く時、攻撃に混じえて一筋の青い雷光を降らす』
ーータイタンズナックル側から、ドルビーを通じて知らされた合図が放たれた。
「さて、残り部隊はキンバリーの助勢に回ってくれと伝令を頼む。ソフィアおんぶ!」
「イエッサー!」
「今日は俺でも良いんじゃ……」
「ガジーは汗臭いから嫌だ! それにソフィアは筋肉質だけど柔らかみを残しているから好き!」
「光栄です!」
「あ、汗臭い……」
ショックを受けている男を放置してレイアはソフィアの背におぶさると、仮設で作った本陣の下部に密かに作られたトンネルを進む。
「さて、ドルビー達は上手くやってるかな?」
「私の部下もいるので問題はありませんよ。問題は敵の罠かどうかですね」
「今の俺には敵の嘘が見破れないからねぇ。『女神の眼』が改めてチートだって思い知らされたなぁ〜」
「私達が守りますから大丈夫です! ガジーも気合い入れないとまた火炙りだからね!」
「分かってると言いたいが、俺達が炙られてる時にお前は寝てたけどな!」
恨めしそうな視線を受けて、女神と元副団長は頬を掻く。
「だってソフィアの胸、気持ちよかったし……」
「軍曹の枕になれる至福の時に、あんたが焼かれてようが知らないわよ!」
無慈悲に告げられた本音を聞いて、ガジーはヘコむ所か劣情を滾らせた。
(うーむ。けしからんがこの胸が俺のモノになるんだったら……ありだな!)
ガジーは裁判の時にソフィアに告げられた言葉を、告白どころかプロポーズ並みに脳内変換して受け止めていたのだ。
つれない態度さえ照れ隠しなのだとポジティブ思考が働いているがーー
(やっぱりこういう女々しい男は趣味じゃないなぁ。仲間としては頼りになるけどねぇ)
ーー既に仲間として割り切られている事を知らずにいた。
数分後、地下のトンネルを進んでいるとソフィアの『念話石』に、緊急事態を知らせる報告が鳴る。
「こちらソフィア、どうしたの⁉︎」
『副団長やばいです! あっちにすげぇ武器を持つ弓兵がいて、次々に仲間がやられてーーがっ!』
「どうしたの! しっかり報告して!」
「…………」
ガジーが己の部下の安否を知りたくて焦るソフィアの手を握り、ゆっくりと首を振る。顎をクイッと動かすと、冷酷な判断を促した。
『背後にいる軍曹を守る』ーー目的を果たせとアイコンタクトを送ったのだ。
「なぁ、今のって……もしかしてーー」
「ーーあいつらなら大丈夫です! 心配かけてすいませんでした軍曹!」
「行きましょう!」
青褪めるレイアの言葉を遮り、ガジーとソフィアは再び走り出した。
ーー戦争に犠牲は出る。
ーー昨晩楽しく酒を飲み交わした者達が突然いなくなる。
ーー親友が、愛しい人がたった一瞬の油断と共に一本の矢で死ぬ。
当たり前の事だ。だが、レイアは今まで数千人との戦いにおいて、『滅火』や『天獄』の様な女神のリミットスキルを駆使した、決して個人が持ち得ない圧倒的な戦力で殲滅してきた。
ーーつまり本来あるべき『抗争』や『革命』、『戦争』を知らないのだ。
「大丈夫……なんだよね。みんな無事で帰って来てさ……また酒を飲めるよね?」
「もちろんです!」
「軍曹の訓練に比べたら、余裕だってきっと笑ってますよ!」」
ガジーとソフィアの作り笑いに気付いていても、レイアは立ち止まれない。
(コヒナタ……絶対に助けるから)
徐々にトンネルに明かりが灯る。その先に居たのはレジスタンスリベルアのリーダードルビー、そして先程まで対峙していた敵軍のリーダー、バッカーデンと参謀のリッキーだった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます