第208話 女神、肉体言語だけでは通じない存在がいる事を知る

 

 レイアは時計の量産体制を整えた後、ピステアの王ジェーミットに引き止められた。早くイザヨイと遊ぼうと考えた矢先の出来事に焦らされる思いを味わうが、大人しく話を聞こうと貴賓室へ案内された。


 そこにはカムイもおり、三国の王が極秘の打ち合わせを開始する事になる。

「何でイザークは居ないんだ? 仲間外れは良く無いぞ?」

「勿論分かってはいるが、これから話す内容を聞けばレイアも理解すると思うぞ」

「……余が紹介したい男は、大のエルフ嫌いなのだ」

「ん? 誰か俺に紹介したい人物がいるのか? お前らに嘘偽りがない事は分かってるさ」


 ーー『女神の眼』を発動して、『心眼』から二人に一切の悪意がない事を読み取っていた。


「既にシルミルに呼んで待たせているのだが……果たして会わせて良いものか、余と勇者では計りかねると判断したのだ」

「俺も紹介されて一度会ったが、中々に癖が強い人物でなぁ……」

「良いからさっさと呼べよ。俺は用が済んだら久し振りに娘と遊びたいんだ。お前の部下のヘルデリックに、下手すると父親の座を奪い去られかねないからな」

「あいつ、最近イザヨイの為に服を編み出し始めたぞ……しかもかなりレベルが高い」


 遠い目をした勇者を見つめ、レイアは驚愕に目を見開いた。

「マジで? どんだけ子供の好きなんだよ、おたくの騎士団長」

「間違えるなレイア。あいつは子供も好きだが、イザヨイを溺愛している」

「……変態じゃあないよな?」

「……お前のその『眼』で見極めてくれ。俺からは何とも言えん」

「カムイも苦労してるな」

「なに、レイアちゃん人形に比べればマシさ」

「分かってくれる? あれ、相当精神をやられるんだよね……」

「あぁ……オークションを見ていて理解出来た。あれは異常だ」


 レイアとカムイは何処か近親感を抱いており、力強い握手を交わす。基本的にカムイは強靭な精神力を有しており、真人間なのだ。ーーアズラの考え方に近い。

 しかし、そこへ阿呆代表の冒険王が異議を申し立てる。


「レイアちゃん人形は世界の至宝だぞ⁉︎ 余が落札したレイアの枕だって、後々に引き継いでいかねばならぬ国宝と既に認知されておるしな!」

 突如立ち上がり、正当性を主張するピステア国王に対して、一人は哀しげな視線を、もう一方は金色のオーラを纏った。


「……俺の『時計を世界に宣伝する』計画を潰したのはお前か……」

「すまん。言えなかったんだ……」

「気にするなカムイ。これは俺の役目だろ?」

「本当にすまない……」

「えっ? えっ?」

 ジェーミット王はソファーに腰掛けながら、両膝と両手を上げて戸惑っている。徐々に近付いて来る女神の美貌にだらしなく頬を垂れさせつつも、命の危険を感じたからだ。


「歯を食いしばれぇ!」

 ーードゴォッ!

「ヘブーーーーーーーーン‼︎」

 レイアは思い切り元SSランク冒険者であり、冒険王と名高い男の顎を右拳で跳ね上げた。

 ナナがいないのでステータスを半分しか解放していないのは、ジェーミットにとって幸いだったとしか言えない。

 だが、その頭部は天井に突き刺さりブラブラと胴体だけが揺れている。


「ふう……話を戻そうか? 奴の事は放っておいていい」

「一国の王にその仕打ちが出来るのはお前くらいだけどな……」

「黙れ。奴は娘共々変態だ。枕の事だって、知っていれば許可しなかったのに」

「レイアはもう少し自分の影響力を考えた方が良い。まぁ勇者の俺が言う台詞じゃ無いかもしれないが」

「…………考慮する。とりあえず、紹介するって言ってた商人を呼んであるんだろう?」

 ジェーミットは亡き者として扱われ、カムイが隣に控えていたメイドに指示を出すと、貴賓室の扉が開かれて一人の商人が現れた。


 ___________


「貴女が噂高き女神様であられる〜レイア様ですかぁ〜! 初めまして〜! 私はしがない商人のパネットと申します〜!」

「あぁ……初めまして」

 俺は基本的に初対面の相手や、実情がわからない相手には『心眼』を発動させる様にしている。ーー何だこいつ? ピエロ野郎に似ていて思考が読めない。


「おやっ? 『女神の眼』とやらをは発動させたのですかね〜? 申し訳ありませんが私も商人の端くれ、簡単に心を読ませる訳にはいかないのですよ〜!」

「……あぁ、別に構わないさ。カムイ、ーー説明しろ」

 多少の苛立ちを感じたが、普通の人間は心の探り合いはするにしろ、俺みたいにチートな能力を持ち合わせてはいない。話を聞いてから判断しても良いだろう。

 ーーだが、適当な事を言ったらジェーミットと同じ目に味あわせてやる。


「うぅぅぅっ……やめろパネット。迂闊にレイアを刺激する様な発言をするな。俺が殺られる」

「ははっ! これは申し訳御座いません! たかが今のやりとりだけで苛つかれるなど、真女神教の女神様は女神教の女神様と違って短気なのですねぇ〜!」


 ーーピシッ!

 今のは明らかに挑発だよな? こいつ、俺の前で女神を語りやがった。

「お前……あれか? 実はピエロ野郎が変装とかしてんのか? そうなんだろ? ーー殺すぞ?」

「滅相も無い! 私はいつでも民の生活が豊かになる事を願い、世界の為に奔走する正義の商人ですよ〜!」

「レイア……俺も最初はこいつを疑ってフォルネに調べさせたが、白だ」

「いんや、ピエロ野郎の事だから俺達の一歩先を行く嫌がらせをしてきやがる筈だ。こいつは黒。絶対黒!」

「はわわわわ〜っ! 会ったばかりのか弱い商人をそんな威圧で脅すなんて〜! 器量の狭さがまるでお猪口ではありませんか〜!」


 ーーピシピシッ!

 落ち着け俺、落ち着くんだ俺。額に青筋を浮かべつつ、ソファーに座り直した所でカムイが説明を続けた。


「こいつはこう見えて、俺達同盟国以外にも太いパイプを持つ豪商なんだ。今回の革命の最終段階への道筋を縮めるには、パネットを味方に引き込んでおいた方がいい」

「言っておきますが〜! 私はお金持ちの貴族の皆様や国の思惑では動きませんよ〜? 商人の本懐とは『民の為』にあるのですから〜!」

「…………」

 その台詞自体が胡散臭い。元の世界でそんな言葉を発する人物は大抵宗教関係者か、ーー詐欺師だ。だが、疑惑の視線を向ける俺に、その商人は驚くべき提案をして来た。


「分かりました。一時的に私の固有リミットスキル『鉄志(テッシ』を解きましょう〜! それで、今の私の言葉が嘘では無い事をその『女神の眼』でお確かめ下さい」

「……分かった」

 確かに嘘は言っていない。だが、小さな違和感を覚える。この感覚は散々味わってきた。ーーやはりこいつは何かを隠している。


「疑ってすまなかったね……しっかり意志を確認出来たよ。お前は信頼出来る相手だ。今後とも宜しく頼む」

「いえいえ、こちらこそ女神様に真意を分かって頂けて何よりです。さて、ーー商談に入る前に少しゲームをしませんか?」

「ん? ゲーム?」

 突如、口調と纏う雰囲気が変わりパネットの表情が一変した。戦闘特化の俺達が放つ威圧じゃない。これは……単純に精神的なプレッシャーだ。

「はい。簡単なカードゲームですよ。以前カムイ様に会った時も行わせて頂きましてね。私はこのゲームで相手の本質を測る事にしているのです」

「成る程ね……いいよ」

「初めてこのゲームをやる女神様にはハンデとして、五回勝負の内、一度でも私に勝てればいいとしましょう。ルールの説明は必要ですかな?」

「必要ない。その為に『スキルを解いて』いるんだろう?」

「御察しの通りでございます。話が早くて助かりますな」

 互いに余裕の笑みを浮かた、『ゲーム』が始まった。


 ___________


 ゲームの内容は単純だ。


 1、『民衆』『兵士』『商人』『大臣』『王』の五枚のカードを奪い合う。

 2、『王』のカードが奪われた時点で、有していた枚数が多い方が勝者となる

 3、カードの強さは『民衆』は『兵士』に勝てず、『兵士』は『商人』に勝てず、『商人』は『大臣』に勝てず、『大臣』は『王』に勝てない。勝った者は己が出したカードを手札に戻せる。相手から奪ったカードは不可。

 4、最弱の『民衆』のカードは『王』と当たった時にのみ負かす事が出来る。だが、『民衆』を相手に奪われた時点で敗北となる。

 5、同じカード同士が出された場合は引き分けとし、手元に札が戻る。

 6、『王』が打ち取られず、最後の一枚として残った場合は強制的に敗北とする。


 ___________


「さて、それでは始めますかね〜!」

「宜しく頼むよ」

 軽い口調で自信を誇るパネットに対して、レイアは『女神の微笑み』を発動した。チャーム出来ればそれに越した事はないが、ーー無意味だと瞬時に理解する。

(こいつ、やっぱり……)

 己に向けられた商人の視線の鋭さから、ある推測を立てた。


「まずはこのカードだ」

「……それでは私はこれを」

 互いに思考を探り合いながらの初手、ーー伏せられたカードが捲られた瞬間隣で見ていたカムイは驚きに眼を見張る。


 ーーレイアは『民衆』のカードを。

 ーーパネットは『兵士』のカードを出していた。


「チッ!」

「『王』を討ち取る気が見え見えでしたからねぇ〜!」

「うるせぇ……次だ次!」

「はいはい」

 一回戦はレイアの敗北となり、二回戦が開始される。だがーー

「また私の勝ちですねぇ〜? もう少し様子を見ては如何ですか〜?」

「……これで良いのさ」

 女神が提示したカードは連続で『民衆』だった。一回戦とは違い『商人』のカードで打ち破られ、敗北する。


 そのまま、三回戦、四回戦共に、レイアが出す手は『民衆』のみ。五回戦が始まる頃にはパネットの興味は既に失せていた。

(所詮、女神といえどこの程度か……ムキになって『民衆』を出し続けて一発逆転を狙うとは、ーー愚かな)

 豪商は『本来』のリミットスキルである『言実』を発動させる。

「さて、これで終わりと致しましょう。残念ながら貴女様は私の商売相手としては些か足りない存在だった様ですね」

「…………」

 無言のままに相対する女神が提示した伏せたカードを見つめながら、パネットは溜め息を吐いた。

「最後まで貫く意志こそが美徳だとでも? 誇りだとでも言いたいのですか? そんな矮小な存在が王の座に君臨していると思うと、反吐が出ますね」


「…………くれ」

「はっ?」

「……さっさとカードを捲れ」

 視線を下に落としたまま、全く此方を見ようともしない銀髪の美姫から発せられた威圧に、商人は思わず息を呑んだ。

(何だ⁉︎ 私は何かを見落としているのか⁉︎)


 ーーカードを捲る手が震える。パネットは単純な武力になど屈しない。それ以上の何かを眼前の女神から察知したのだ。

「ほい。『大臣』ゲットな?」

「えっ?」

 レイアが提示したカードは『民衆』ではなく『王』だった。今までとまったく真逆の選択にパネットは驚愕する。


「ははっ! はははっ! 一本取られましたなぁ〜!」

「余裕ぶってる場合じゃないだろう? このゲームさぁ〜本質はどこにあるかって話だよな?」

「ーーーーッ⁉︎」

「『商人』が逆らえない存在は国を取り仕切る『大臣』と『王』だけだ。『兵士』には武器を下ろすし、『民衆』は様々な面で生活の起点を得ているしな。そして、初手で『大臣』が奪われれば『王』のカードはリスクがあり過ぎて出せない」

「…………」

「分かってるんだろう? このゲームは『大臣』を取られた時点で負けなんだ。『王』は『民衆の革命』によって覆せるが、出した手札同士が勝ったら己の手札に戻る以上、ある意味『大臣』が無敵だ。単純なゲームさ。わざとそう作ったんだろう?」

「それが分かっていて……何故……」


 ーー椅子に腰掛けながら足を組み、女神は片腕を頬に添えて無慈悲な宣告を告げる。


「お前の本来のリミットスキルは、さっき俺に告げた『能力』じゃない。そして俺の『女神の眼』の本来の能力は『鑑定』や『真贋』とは違う。『目にしたスキルのコピー』だ。俺にわざとスキルを解いた様に見せたあの時から、全てを見透かされていた気分はどうだ?」

「う、嘘だ! それなら何でこんなゲームの誘いに乗る必要がある!」

「あははっ! 確かにその通りだよ。今は俺の優秀な相棒がいなくてね。スキルの能力を理解するまでに四回戦分の時間が掛かった」

「なん……ですと……」

「さらに自分のステータスすら見れないから、正直お前のリミットスキルの名前すらわからん! だから教えろ?」


 立ち上がり、両手を腰に添えて踏ん反り返る女神の姿を見て、パネットは一瞬カムイに視線を向ける。

 そこには懸命に首を縦に降る勇者がいた。上部に視線を向けると、ピクリとも動かないピステア王の身体が垂れ下がっている。

(これは……我ながら女神を見定めるなど慢心でしたかな……)


 パネットが己の過ちに気づき、穏やかな表情を浮かべて交渉の受諾を宣言しようとした直後ーー

「さて、俺はお前に知恵で勝ったからさ……もう我慢しなくていいよな?」

 両手の拳の骨を鳴らしつつ、額に青筋を浮かべながら近づいてくる存在に、ーー商人としての経験から危機管理能力が全力で逃げろと警鐘を鳴らすが……


「あわわわわわ〜!」

「俺の前で別の女神を語るとはいい度胸だこの野郎! 歯ぁ食いしばれやぁ!」


 ーーゴズンッ!

 カムイの眼前には、プラプラと天井に頭部が突き刺さり、垂れ下がる二つの胴体があった。

(やっぱこうなるよな。それにしても……短気は絶対間違ってねぇ。アズラの奴……苦労してるんだろうなぁ。今度飯でも奢ろう)


 スッキリした女神の微笑みに見惚れつつ、勇者は深い溜め息を吐いた。


 本来は時計革命のその先、『カメラ』の為に紹介する筈だった商人パネットはーー

 ーー無慈悲に天国へ旅立とうとしていたのだ……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る