第153話 神樹の結界

 

 エルフの国マリータリーの首都、レイセンでは神樹を崇め奉り、祈りを捧げる事から一日は始まる。


「今日も我等に安寧と平穏を齎したまえ、偉大なる神樹よ」

 エルフの王、イザークは静かに祈りを捧げていた。何十、何百年と繰り返してきた儀式だ。言葉を挟む者などおりはしない。


「きゃははぁぁ! 間抜けな王様〜? レビタンちゃんが神樹の結界を解きに来てあげたよぉ〜?」

 突如背後に現れた存在に対して、焦る事もなく冷静に対処する。まるで現れる事が分かったいたかの様に……


「来たか悪魔め。予言ではあと二匹痴れ者が紛れ込んでいる筈だが?」

「あららぁ〜? もしかしてこっちの行動もろばれ〜? 一体どんな仕組みか教えてくれたら嬉しいなぁ〜?」

「全ては神樹の導きよ……貴様ら邪悪な者に結界を解く事は出来んぞ!」

「試してみなきゃ分かんないでしょ〜?」


 イザークは壁に掛けられた銀槍に手を掛ける。レビタンに相対すると、気迫を迸らせた。

「怖い怖い〜! でもね? 雑魚が調子に乗っちゃ駄目だよ〜」

「はっ! 余を雑魚扱いする前に己の怠惰を呪え」


「ふぇ? あぁ、穴が空いてる〜! 凄いじゃん、気付かなかったよ〜?」

 レビタンは胸部に空いた空洞に手を差し込み笑い転げていた。その光景を眺めながらエルフの王は戦慄する。

(ダメージは無いのか?)


「でさぁ、そろそろレビタンちゃんも攻撃して良いかな〜?」

「お前は危険だ。こちらも本気で対処させて貰う! 来い! 『白夜』! 『極夜』!」


「「はっ!」」

 王の呼び掛けに応えるは二名の戦士。エルフの国マリータリーで最強の名を誇る存在だった。銀髪を靡かせながら短剣を二刀流で構える。

「こんなか弱いレビタンちゃんに対してその人数は卑怯じゃ無い〜? カッコ悪いよ〜」

「黙れ化け物! 行くぞ白夜!」

「おう!」


 笑みを絶やさぬまま、余裕の表情を浮かべる悪魔を挟撃する。Sランク冒険者の資格を持つ二名の乱斬りは、まるで暴風を巻き起こすかの様に全身を斬り刻んだ。


「痛いなぁ〜! ちょっとムカってきたかも……」

 突如抱いていた人形を白夜に向けて投げつける。するとその頭部が変貌して腕に噛み付いた。

「うおぉっ⁉︎」

 白夜は必死に腕を振り払うも人形の牙は肉に抉り込む。極夜が短剣で斬り裂いた時には、既に片腕は致命傷を受けていた。


「奴は人形使い類のスキルを有している! 気を付けろ!」

「「はい!」」

「いつ人形使いだなんて言ったかなぁ〜?」

 懐から小さな飴玉を取り出して、極夜に向かい投げつけた。警戒を露わにするも、接近した直後飴玉は爆発する。想像外の攻撃とその威力に、エルフ三名は目を見開いて驚愕した。


「ぐあぁぁぁぁ!」

「下がれ極夜! イザーク様、回復をお願い致します」

「うむ。時間を稼いでくれ!」

「そんな暇与え無いってばぁ〜!」

 遠距離攻撃主体だと思って油断していた隙をついて、レビタンが白夜へ特攻を仕掛ける。短剣で防いだ蹴りの威力は予想を遥かに超えた重々しさを誇っていた。


「何なんだお前は!」

「レビタンちゃんだってば〜! ほらほら行くよ」

 白夜は左右から迫る拳打を防ぎ、逆転の一手を伺うも、その気勢は収まる事なく攻め続けられる。隙を突かれて短剣が宙を仰いだ瞬間、一回転しながら踵を額に叩きつけられた。


「ぎゃあっ!」

「はい、残念でしたぁ〜!」

 白夜の落とした短剣を拾い、その首元に突き刺そうと動き出した瞬間、レビタンの脳内にアグニスからの念話が響く。


「時間切れかぁ〜。良かったねエルフの雑魚共〜?」

「な、何を⁉︎ 一体お前達の狙いは何なのだ!」

「邪魔な封印が解けたら分かるよ〜? また来るね〜!」

 悪魔は手を振ると『精神体』に変わり、壁を抜けて姿を眩ました。


「王よ……正直我等だけでかの者達を止められるとは……」

「皆まで言うな、余もそれは理解しておる。一体如何すれば……」

 既に神樹の結界を巡り、戦闘が始まっている最中、エルフも悪魔も予想だにし得ない存在、『紅姫』の面々はカルミナに案内され観光しながら、着実にレイセンへと向かっていた。


 __________



「カルミナは料理が上手いんだな〜!」

「いえいえ、レイア様のお気に召したなら嬉しいです」

『砂漠の大鼠』のアジトを出発し、『神樹の雫』を求めてマリータリーの首都レイセンへ向かう『紅姫』一行は、夜営の準備を整えつつエルフのならではの料理に舌鼓を打っていた。


 山菜を中心に煮込まれたスープは丁寧に灰汁を除いてあり、塩干草を基に素材の旨味を活かした味わいをしている。蕎麦やうどんを入れても合いそうだなと、レグルスに戻った後の料理革命の構想を練り上げていた。


「ところで主様よ〜? マッスルインパクトに、あの盗賊達を全て丸投げして良かったのかぇ〜?」

「確かに人数的に厳しいかと思いましたけど……」

 ディーナとコヒナタの問いに対して気楽な様相で答える。


「大丈夫じゃない? 何故かあいつら急に仲良くなってたし、十分一緒にやっていけるでしょ」

「あぁ、確かに肩とか組んでたわね。何があったのかしら?」

「アリア、漢には漢にしか分からない矜持って奴があるのさ」

「旦那様も男だけど分からないの?」

「ビナス、こればっかりは姫には分からん。覗き放題の奴に理解されてたまるか」


 怒りに打ち震えるアズラを眺め、意図を理解した。

「確かに俺には理解出来ないかも知れないね。嬉しい様な、嬉しくない様な……」

「理不尽な世界に対して、断固抗議する!」

「お前にもレグルスに帰れば可愛い婚約者が待ってるじゃないか」

「うぐっ⁉︎ 止めてくれ……キルハは今もきっと外堀を埋めにかかっている筈なんだ」


「間違いなく帰ったら一波乱あるだろうね」

「想像したくも無い……」

「あっ! そう言えば帰ったら付き合って欲しい所があるんだよ。『魔竜の巣穴』ってダンジョンに欲しいモノがあってさ」


 レイアの欲しいモノ発言に『紅姫』全員の視線が集中する。手に入れるのが己であればポイントを稼げるからだ。

「あっ! みんなは駄目だよ? これは内緒なんだからね」

「嫌じゃー! 妾も着いて行くぞ〜!」

「勿論私もです。レイア様!」

 アリアとビナスは様子を眺めていた。大体事情を理解していたからだ。大凡自分達に贈るモノだろうと既に予測している。


「帰ってからの話さ。今はビナスの為に『神樹の雫』を手に入れないとね。カルミナ、何処にあるか知ってる?」

「分かりますけど、エルフの王イザーク様しか封印の間には入れませんよ? 正直私達と人族は争っていますから、如何にレイア様といえど簡単に許可を得られるかは……」


「大丈夫じゃない? こっちは女神、竜王、ドワーフ、天使、魔王だよ?」

「そう言われると何でもありですね。確かに私達は神の眷属を名乗っておりますから、女神であるレイア様に逆らう事は無いでしょう」

「ナナ、エルフが神の眷属って名乗ってるのは何か意味があるの?」

「マスター、正直に申し上げてエルフと神々に神話性など御座いません。自らの魔力の高さに驕り高ぶった者の戯言が、年月を経て曲がり伝わったのでしょう」


「何それ? ダサいなエルフ」

「あ、あの目の前でいきなりダサいとか言われると流石にヘコむんですけど……」

「あぁ、ごめんごめん! こっちの話だから!」

 泪ぐむカルミナをアリアが慰めていた。アリアもエルフがどんな存在なのかは理解していたからだ。


「取り敢えず急ぎの旅でも無いし、マリータリーならではのご飯を食べながら行こう!」

「「「「「賛成〜〜!」」」」」

 旅とはこうあるべきだと気楽な『紅姫』達は進む。首都で起きている異変など予想する事も無いままに……


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