第97話 『血の雨事件』
ビナスは考えていた。
(旦那様と泥棒メイドがS級になったのに、自分だけこのままなのは仲間外れな気がして嫌だな)
「おい、チビリー? 我とも戦え! お前に勝てば旦那様と一緒のランクなれるんだろう?」
レイアは猛烈に嫌な予感がして制止しようとしたのだが、
「調子に乗るんじゃないっすよメイド風情が〜立て続けに負けてるからって、お前如きに負ける自分じゃないっすよ! チビリー二号にしてやるっす!」
「あーあ。言っちゃった」
一瞬でもうダメだと諦めた。
「お仕置きが足りないみたいね。我が家のペットになるんなら、序列は覚えておかなきゃ死ぬよ」
「黙れっす。『下克上』って言葉知ってるっすか? いずれは自分がご主人の寵愛を受けるんすよ雑魚メイド!」
「雑魚? 我が雑魚? ほおぉぉぉ⁉︎ 本格的に調教が必要なようだなぁ……旦那様、キスして」
「はいはい、殺しちゃダメだよ。装備は?」
「旦那様手製のメイド服に、一体何の不満があるのだ?」
「分かった」
レイアとビナスは視線を気にせず、舌を絡めて濃厚なキスをする。
「何が起こってるっすか。この家じゃこれが普通なんすかねぇ?」
ジェーンは挨拶みたいなものかと納得したが、メイドに勝てば少なくともヒエラルキー最下位では無いと燃えていた。
「はあぁ〜ごちそうさまでした! さぁやろうか? 雑魚の攻撃なぞ食らってくれるなよ」
「あっ、ビナスちゃんキレていらっしゃる……死ぬなよ?」
この時、既にチビリーことジェーンはダラダラと滝の様な汗を流して焦っていた。
(何が起こってるっすか? さっきまで唯の村人みたいな気配しか感じなかったのに、ご主人とキスしたら膨れ上がったこの魔力……さっきのメムルさんの数倍じゃ済まないっすよ。これヤバイ、食らったら絶対死んじゃうっす。何か、何か手はないっすかね〜)
「はっ! この手があった!」
チビリーは何かを閃くと同時に自信満々な顔で中央へ近づいて小太刀を構える。ビナスは溢れ出る赤い魔力のを纏いながら、指折り鳴らしていた。
「んじゃあいくっすよ⁉︎」
「…………」
元魔王は動かない。懐に飛び込んだジェーンは小太刀を首元に目掛けて斬り込むと、見えない壁に防がれた。
「やっぱ物理的には破れないっすか。時間切れまで逃げ切るしかないっすね。さっきギルマスの部屋で封印されてるって言ってたっすよね? つまりその状態には制限時間があるとみたっす!」
「はいはーいせいかいせいかーい! ドンドンパフパフー! じゃあ逃げてみてー?」
「ひゃっはぁ! 自分逃げ足には自信があるんすよ! ほら! この、と、お、り……? あれ?」
チビリーは逃げようと大地を踏みしめた瞬間に空振りする。猛烈に嫌な予感に苛まれつつ抵抗を続けるが無意味。
「何か自分浮いてないっすか? あれ? なんで?」
ひたすらに逃げようと暴れるが、見えない何かに掴まれていて動けないのだ。
「まさかっすけどぉ〜? 既に魔術で拘束されてたりするっす?」
ビナスは厭らしく嗤いつつ「そのま、さ、か!」っと、人差し指を唇に当てて可愛いポーズをとった。
「すいませんっす! こうさ、んぐぅ〜〜!」
続いて降参させまいと、Sランク冒険者の口元を無理矢理魔力で塞ぐ。
「んんー! んむぅー、んん! うんんー!」
「ペットが煩いなぁ〜? 雑魚の攻撃位大した事無いんだろう。S級冒険者様〜? いけ、『インビシブルハンド』! レベル旦那様並みバージョン!」
チビリーは尻をペロンと出され、空中に固定された。だが、降参したいのに出来ないまま人前で受ける人生初の恥辱に、まさかの『興奮』を覚える。
その後、漏らしちゃいけないものをアレやコレやしたSランク冒険者は、ひくひくと痙攣しながら決意したのだ。
もう『チビリー』として生きていこう。そして、ビナスお姉様の為に何でもしよう、と。
ある種『開眼』していた。
「やっぱ、あの尻叩きはお仕置きじゃなくて、拷問だと思うな」
「えぇ、ご主人様。見ているだけで何故か痛みがフラッシュバックしますわ」
「勝ったよ旦那様〜! これで一緒だね。褒めて?」
レイアがはいはいとビナスの顎を指先で転がすと、涎を垂らしながら「あへぇ〜」と惚けている。チョロい。
「ギルマスを起こして報酬とダミープレート、Sランクプレート三枚を用意させよう。あとメムルの胸と俺のパンツをみた代金も請求しなきゃね」
「純金貨千枚位で許しましょうか」
「ふむ……妥当だな」
レイアに蹴り起こされたマイルビルは「はっ! お婆ちゃんと母さんは何処に⁉︎」っと、突然の目覚めに戸惑いながらキョロキョロしていた。危うく昇天する寸前だったそうな。
「おーいチビリー? どうなったかちゃんとギルマスに説明して色々用意しといてね。疲れたから明日は家でゴロゴロして、明後日頃に取りに来る」
「了解っすよ」
地面に突っ伏しながら掌を上げて返事をするチビリーを見下ろしつつ、レイアは指示を送った。
「そん時までに引っ越しの準備しとけよ。シルバに荷台引かせて荷物運ぶから」
「はーいわかったっす〜。ところでペットには回復魔術を掛けてくれないんすか? 尻がパンパンで動けないっす〜」
瞳を潤ませて懇願してくるS級冒険者を見て、レイアは酷く夢を壊された気分を味わった。
「起きたら爺さんに掛けてもらいな! お前……汚くて触りたく無い……」
「はうぅ! 言葉責めっすね⁉︎ ハアァ、ハァッ!」
「いや、事実なだけだ……じゃあまた明後日な!」
やるべき事は終わったとその場を後にする。だが、事件はこの後に起こった。
__________
レイア達三人は手を繋いで訓練場を出るとギルド内部を通り街に出ようとするのだが、肝心な事を忘れていたのだ。
女神が『布の服』と、『パンツ一枚』の姿である事を。
そのままギルドの内部を歩いた結果、その場に居たあらゆる男性冒険者は鼻血を吹き出した。失神、または痙攣している者まで出る始末。
さらにギルドを出ても気づかなかったレイア達は、そのまま被害を首都カルバンの街中まで拡大させていく。
キャッキャ、うふふと楽しそうに帰路につくが、通った道程にいた男性は皆、目を焼かれた様に抑え込み、鼻血を流しながら昇天しつつ、己が見た光景の脳内保管に勤しんでいた。
原因不明の大量昏倒事件にギルド、ピステアの騎士隊、町の衛兵達まで調査に乗り出したが、被害者は皆何も喋らず、幸福そうな顔をして「女神はいたんだ……」としか言わない。
後にこのカルバンを騒がせた事件は『血の雨事件』と呼ばれた。
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