【第6章 Sランク冒険者への道のり】

第88話 いざ、冒険者の国ピステアの首都カルバンへ!

 

 防具という防具も身に着けず、手に持つのは一本の刀のみ。気怠そうに男は欠伸をしながらのんびりと森を歩いていた。


「はぁぁぁ~~。やっぱミリアーヌの魔獣なんてこんなもんかぁ。弱ぇな。これならまだレグルスの方がましか? それか獣人達とやりあうのも楽しかったなぁ。戻ろうかなぁ」

 男ががっくりと肩を落とすと、突然竜の鳴き声が響き渡る。


「おっ? この大陸じゃ珍しい翼飛竜か。なかなかのサイズだ。ほれ、襲ってこいよ! 餌だぞ~?」

 ーーギャオオオオオオオオォォ!

 挑発するな仕草を見て、八メートルを超える翼飛竜は大きく翼を広げ、前脚の爪で男へ攻撃しようと上空から飛びかかった。


「まぁまぁかな。今夜の晩飯にはなるか」

 そっと呟きを漏らすと、いつの間にか男は翼飛竜の背後にいて刀を納刀する所作へ移っていた。


 ズルズルっと竜の身体が真っ二つに割れていく。いつ切られたのかと驚く暇もない程に、一瞬でいとも簡単に両断されたのだ。


「やっぱり剣が見切れない相手と戦っても、何も面白くねぇ……」

 男は翼飛竜を解体して腿の肉を切り取ると、たき火をしながら焼いていく。


「こいつの素材を売りがてら、新しいAかSランク冒険者の雑魚にでもちょっかいかけてみるか。上手くすりゃあ、俺様の装備を身に着けた奴にでも会えるかもなぁ。少なくともSランク程度にはなってないとおかしいだろう」

 肉を咀嚼しながら、男は一人でブツブツと呟いていた。


「決めたっ! とりあえず北のピステアに行って喧嘩売ろう! かかってくれよ強い奴!」


 男は晴れやかに笑いながら歩き出す。己と戦う資格を持った強者を求めて。


 __________



 ヨナハ村を出て一週間後、俺とビナス、メムルの三人は荷馬車に揺られていた。馬の代わりにシルバにはハーネスをつけて、散歩のようにのんびりと進んで貰ってる。


「思ったよりも時間がかかるなぁ」

「ご主人様。これでも早い方なんですからね? シルバ様のおかげで襲い掛かって来た賊は『神速』で撒けていますし」

「旦那様ぁ~暇だよぉ~!」

「確かに暇だねぇ~。でも賊に襲われて絡まれるのもだるいしなぁ。並みの魔獣はシルバの気配に怯えて隠れちゃうから」

 俺は擦り寄ってきたビナスの頭を撫でながら、『飛んで行けたら楽なのに』と、軽く溜息を吐いた。


『主よ。魔獣と戦いたいのであれば、私は気配を消すことも出来るぞ?』

「うーん……どうせピステアついたら依頼を受けて、冒険者生活を始めるから今はいっかな。ビナスも我慢すること!」

「は~い! じゃあ寝るね~」

 俺の柔らかな太ももを膝枕にして、ビナスは眠りだした。どちらかと言えば逆がいいんだけどね。


「ビナスも随分雰囲気が柔らかくなったなぁ」

 俺はほのぼのと遠い目をして空を見つめると、ナナに指示を出して寝る事にした。


「ナナ、索敵お願いね。俺も昼寝するから、何かあったらすぐに起こしてくれ」

「了解しましたと言いたいところですが、既にこの先で人が魔獣に襲われています。人間の数は七、魔獣は二十匹近いです。このままだと全滅ですね。如何致しますか?」

 このタイミングでナビナナから告げられた報告が憎らしい。でも巻き込まれたくないし、無視する訳にもいかないか。


「言った傍からこれか。運は上がってる筈なんだけどなぁ? とりあえずいつもの方法で蹴散らしてくるよ。シルバはこの場所で待機してて」

『わかった。何かあればすぐ呼べ。駆け付ける』

「ご主人様、どこへ?」

「この先に魔獣に襲われている集団がいるらしいんだ。さっさと蹴散らして救出してくるから、メムルもここで待ってて」

「畏まりました。ご武運を」

 俺は『女神の翼』を発動させずに、『身体強化』と『霞』、そしてフェンリルの胸当てから『神速』を発動させて一気に駆け出す。


 ーー誰にも気配を感知させずに、陰から救出する為だ。


「あれか……」

 俺達のいた場所から距離はそれ程離れておらず、木の陰に隠れて気配を殺すと視線の先に見える集団を観察した。

 どうやら馬車の豪華さから、偉い人物でも乗っているのかと思わせる造りをしている。守っていた集団も冒険者というよりは、どちらかと言うと『騎士』に近い格好に見えた。


 俺が推察していると、大盾を構えた一層豪華な鎧を装備している男が叫ぶ。


「守れ! 姫様を必ずお守りするのだ! 何かあったら王に面目が立たんぞ!」

(はい、大正解。よりにもよって姫だって。余計関わりたくないな、ーーよしっ!)

 騎士団は巨猿の魔獣に襲われていた。俺は冷静に『女神の眼』でステータスを確認する。


 __________


【種族】

 シャイモンキー

【レベル】

 28

【ステータス】

 HP 920

 MP 220

 平均値 721

【スキル】

 猿の手

 剛腕

【魔術】

 無し


 __________


「雑魚だね。ところでナナ、『猿の手』って何なの? 『剛腕』は力ステが増しそうだからコピーしておこう」

「『猿の手』は手で触った身体の望むところに固い毛を生やす能力です。要りますか?」

「要らない。禿げの人が喜びそうな能力だけど、必要な依頼があったらでいいや。じゃあやるよ」

「はい。方向と距離は私にお任せください」

 俺は両手の十本の指にいつもよりも小さい『エアショット』を生み出して準備する。

 旅の途中襲ってくる野盗に対して、『滅火メッカ』は威力が強すぎて殺しかねないからだ。


 更にレベルの上がったステータスでは些細な攻撃でも殺しかねないとナナと相談した結果、一発一発の威力を極力落とし、発射数を増やしたショットガンの如く放つ『エアショット』を編み出したのだ。

 それでも威力は中々に高いのだが、狙う部位をナナが調節して補ってくれていた。


 ーーウキキィ⁉︎


 次々と頭を吹き飛ばされていくシャイモンキー達は、突然何が起こっているのかも分からずに困惑していた。

 予想外だったのは騎士団側も同様で、自分達も攻撃されるのではとしゃがみ込み身を固めている。確かにいきなり目に見えない攻撃が飛んで来たら、ビビるのも仕方ないか。


「な、なんなんだこれはっ⁉︎」

 一分も経たずにシャイモンキーの群れ二十匹を殲滅した。俺は呆気にとれらている騎士団を無視して、気配を殺したまま颯爽と馬車へ戻る。


「ただいま! なんとか目立たずに助けだせたよ」

「お帰りなさいませ。ビナス様はまだ寝ておられます。ーーあの! ご主人様はもっとご自分の力を誇示すればよろしいかと……」

 メムルがもどかしいと言った表情で見つめてきた。言いたい事は分かるけどね。


「『紅姫』の仲間達がフルメンバーならそれもいいかもしれないけど、今の俺じゃ隙をついて封印されたビナスに何かされかねないからね。今はまだこれでいいんだ」

「私では役不足ですか?」

「……戦闘面ではね。正直シルバに勝てるくらいじゃないと厳しいよ。他のメンバーとは勝負にすらならないと思う」

 メムルはそっと瞳を伏せるが、俺の力量を感じ取っているからか納得してくれた様子だ。


「畏まりました。悔しいですが、今は戦闘面以外で役に立って見せましょう」

「メムルのご飯は美味しいからね。既に役に立っているよ! あと、ダブルメイドなんて贅沢気分を味わえてる」

「メイド服はご主人様のお手製ですからね。ビナス様もめきめき料理の腕を上げておりますから、負けていられません」

 メムルは強く意気込んでるけど、まだその表情に笑顔は無かった。ヨナハ村でマムルと仲間達を亡くして以来、上手く笑えないらしい。


 ここに来るまでに何回か手首や首を自分で切り裂き、自殺しようとしたのを俺が止めていた。心の闇はまだまだ晴れてない。


「シルバ。このままじゃさっきの馬車に遭遇しちゃうから、大きく迂回してくれる?」

『それなら私が神速で駆け抜けてしまえばいいだろう。ーー任せろ!』

「ちょっ! あっちに目のいい奴がいたらバレるってば!」

 俺が制止する前にシルバは嬉しそうに駆け出していた。走りたくてたまらなかったのね。


 __________



 姫と呼ばれた馬車の面々は、突如離れた場所から何かが迫ってくるのを感じて身構えた。その集団の中で、魔獣の検知器を持った兵士が叫んだからだ。


「さっきの魔獣より遥かに強いぞ⁉︎ メーターが振り切ってる!」

「何だと⁉︎ それではAランク以上の魔獣という事ではないか! 拙い、非常に拙いぞ! 姫だけでも逃がす準備を!」

 隊長が混乱して乱れた隊の統率を整えている間に、『神速』を発動したシルバは馬車の横を飄々と通りすぎて行った。


「な、何だったんだ……? 荷馬車にメイドが乗っているように見えたが気のせいか?」

「あら? あの方が私達を助けてくださった者達ですわよ」

 馬車から豪華なドレスに身を包んだ、二十代前半の美しい金髪の巻き髪をした女性が降りる。


「馬車から降りてはいけませんハーチェル姫! しかし、一体何故そのような事が検知器もなくわかるのですか?」

「ふふっ。私のリミットスキルですわ。私は人の魔力や気配を見抜く能力がありますのよ。先程放たれたスキルと、今の馬車に身を隠していた方の色は同じものでした。何か事情がおありでしょうが、探してお礼を言わねばなりませんわね」

「はっ! それでは国に戻り次第手配致しましょう!」

 その頃、レイア達は間もなくピステアの首都カルバンに着くという所まで、『神速』で一気に駆け抜けていた。


「バレてなきゃいいけどなぁ。シルバ、お前もうちょっと自分が目立つ事を自覚した方がいいぞ?」

 ーーその台詞を聞いて、シルバとメムルは見つめ合うと頷き合った。


「主(ご主人様)にだけは言われたくない!」


 三人と一匹のピステアの首都カルバンでの生活が始まる。

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