第86話 クラドの苦悩の日々1

 

『ヨナハ村で起こった、悪魔デモニスの事件より時は遡る』


 エルムアの里を出たクラドは呆れた視線と共に首を傾げつつ、真剣に考えていた。


(この人達、今までどうやって旅をして来たんだ?)

 口を開けば、やれ風呂が無い。やれ食事が少ない。やれレイアさんに会いたいと文句ばかり。マッスルインパクトから貰ったお金で充分贅沢な旅をしているのだが、一体何が不満なのかクラドには分からない。


 そして、エルムアの里から港町ナルケアには馬車で一週間程かかりようやく辿り着いた矢先、とある問題が発生した。


「ねぇ、ディーナさん。船賃一人純金貨一枚ですよ? 出して下さい」

「うぬぅ……中々高いのう。コヒナタ出しておくれ?」

「何馬鹿な事言ってるんですか。自分で管理出来るって渡さなかったのはディーナ様でしょ? 早く出して下さい。私はレイア様に会いたいんです」

 ディーナは苦笑いをしながら巾着袋の口を開けて、気まずそうに呟く。


「もう……無いのじゃ。使ってしまったからの」

 コヒナタとクラドは、ディーナから突然の告白を受けて愕然とした。


「はぁ⁉︎ 純金貨二十枚はあった筈ですよ! なんでナルケアについて一日で無くなるんですか⁉︎ あり得ない!」

「……いや、妾のつまみ喰いはそんなかからなんだが、コヒナタが妾の新しい着物と主様への土産を作ると言うから渡したんじゃよ。戻って来たらこんなじゃ……」

「わ、私は十六枚しか使っていませんよ⁉︎ それ以外を食べ物に使ったのはディーナ様でしょう!」

「二十枚あった純金貨のうち、十六枚も使ったならコヒナタさんが原因でしょうが。どんだけ金遣い荒いんですか貴女は……」

「そんなぁ!」

 コヒナタは膝から崩れ落ちるが、気付いていないのは本人だけでレイアの報酬を使った時といい、金遣いの荒さはパーティー内でダントツ一位だ。

 最もその買った素材から生み出される装備の数々は、その数倍の金貨の価値があるのだが、それはまた別の話としておいておかれた。


「金がないのう……」

「えぇ、足りませんねぇ……」

 ディーナとクラドは腕を組み、船賃をどうしようか悩んでいた。そこへクラドが閃いたと提案する。


「お二人は冒険者なんでしょう? 報酬がいいクエストを受けたらいいじゃ無いですか」

「嫌じゃ。めんどくさい」

「えぇ。怠いです」

「ーーいやいやいや働いてぇ⁉︎ レイアさんに会う為でしょうが!」

 ディーナはやれやれと若干呆れた視線を送り、頭を振りながらクラドの肩を叩く。


「ならばクラドよ。お主が働け!」

「ファッ⁉︎」

「ーーどうじゃ? 他人から働けと言われると、何故か途端に働きたくなくなるであろ?」

 コヒナタはその語りに大きく同意し、ディーナに続いた。


「ディーナ様も漸くその境地に達しましたか。不思議ですよねぇ? レイア様に頼まれたなら何でもしてあげたいのに、別の人に装備を作れと言われると、途端にやる気が激減しますからねぇ」

(駄目だ。この二人……絶対駄目な大人達だ)


 クラドが地面に崩れ落ちたその時、突然漁師さながらの厳つい見た目をした、四十代前後の男が話に割り込んできた。


「さっきからお前達の様子を見ていたんだが、船賃に困っているんだろう? 俺達の偉大なるボスは人助けを信条にしててな。お前達の仕事もいくつか紹介してやるぞ。良かったらついて来いよ」

 クラドは『いやいや怪しすぎるだろう』と後ずさるが、ディーナとコヒナタはまるで獲物を見つけたとでも言わんばかりに、口元に三日月を描いた。


 ちなみにこの男が所属する『マヒーア商会』は、確かに荒事も起こすが『ナルケアで困っている人を助ける』という、立派な考えを持った善人達の集まりだ。


 ーーそう、この日までは。


 __________



「もうすぐアジトにつく。ボスは優しい方だが挨拶だけはキッチリとしてくれよ? 礼儀にはうるさいからな」

 アジトが見えて来ると、ディーナは徐ろに『紅華ベニハナ』を拡げて、ヒラヒラと優雅に舞い始めた。

 コヒナタは『ザッハールグ』をハードケースから取り出して右手に装着し、固定ベルトを締める。


「なぁ〜? 盗賊かマフィアかは知らんが、金は持っておるのじゃろ? 寄越せ」

「レイア様に会いたい、レイア様に会いたい、レイア様に会いたい、レイア様に会いたい、レイア様に会いたい、レイア様に会いたい〜〜!! 吹き飛ばせ! ザッハールグ『一式』!」

 コヒナタが半狂乱化すると、突如現れた『一式』の巨大な鉄球がアジトの壁を破壊した。


 ディーナとコヒナタはナルケアに着くまでに、何度もその容姿を狙い襲って来た悪人達を懲らしめ、最早飽き飽きとしていたのだ。


 ーーどうせこいつらも同じだろう、と。


「燃え盛れ、ーー『紅華ベニハナ』!」

 ディーナから巻き上がった灼炎が、アジトを更に破壊し燃やし尽くしていく。『マヒーア商会』の面々は突然突っ込んで来た謎の鉄球と、アジトの火災に動揺し、困惑しつつも必死に脱出していた。


「これって、やり過ぎなんじゃあ……」

 クラドは冷や汗を流しながら、人差指で頬を掻くが暴走を止められない、そして止まらない。ディーナとコヒナタは死者こそ出さないが、『マヒーア商会』の建物はボロボロに焼け崩れ落ちていく。


 一体何が起こったのか理解出来ず、脱出に成功した人々はただ呆然と立ち尽くしていた。


(何故? 何故奴らはこんな真似をするのだ⁉︎)

 商会のボスの指示を受け、商会のメンバーは犯人を睨み付けて取り囲む。その疑惑の視線を浴びても、一向に意に介さないコヒナタとディーナは、目的の金の事しか頭に無かった。


「コヒナタよ。建物を壊してはこやつらの溜め込んだ金貨も埋もれてしまうぞ?」

「その時はこいつらに掘り起こさせればいいのですよ。人を攫う下衆に容赦は要りません」

「さすがコヒナタは天才じゃのう。ならば妾も『迦具土命カグツチ』を放つとしようか」

「街ごと破壊してはいけませんよ。こんな雑魚には必要ありませんしね」

 邪悪な微笑みを浮かべながら殺気を放つ仲間の様子を見て、クラドは遠く離れたレイアを想った。


(……レイアさん、きっと苦労してたんだろうなぁ)

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