第80話 死を撒き散らし、変態悪魔現る。

 

 村に戻ったマムルとメムルは、急ぎガイルに森で起こった事を泣きながら報告した。


「フェンリルが相手なんて勝てる訳無いよ。村人と一緒に避難しよう!」

「ちょっと待てマムル。先にグラトンがゾンビ化してたってのは本当なのか? それが本当ならフェンリルより拙いぞ……」

 ガイルは苦々しく顔を顰める。昔、冒険者仲間に聞いた話を思い出したからだ。


「この森周辺に、悪魔デモニスがいる……」

 双子はその深刻さをはらませた呟きに、驚きの表情を浮かべ座り込んだ。


「そ、そんな! フェンリルだけじゃなくて、悪魔までいるの? どうしてそう思うのよ!」

「昔、名のあるAランク冒険者仲間がリーダーを残して全滅したんだ。その時に死を操る悪魔の話を聞いた。人の魂を食らった邪悪な悪魔デモニスの話を……そのパーティーは仲間同士殺し合う様な状況に追い込まれて、リーダー以外死霊にされ、見逃された本人も後に廃人になったらしい。気になってギルドの情報も確認した。間違いないと思う」

 顔を伏せる姉の手を握り、メムルは問う。


「マムルお姉ちゃん。結界の中にいれば防げないの?」

「……無理よメムル。私達の魔力を遥かに超えた存在に結界は無意味だわ。悔しいけど、すぐに食い破られちゃう」

「とにかく、今の話からゼーダが危ない! 村長に報告してから急いで迎えに行こう!」

『風の導き』の面々は怯えながらも、仲間を見捨てられないと強く頷いた。


 ーー既に事切れたゼーダを想いながら。


 __________



 静かに死すべき時を待ちながら、森で眠っていたフェンリルは、邪悪な気配を感じて気持ち悪さから距離をとった。

 戦いになるならそれも構わないと思ったが、次々と数を増し、鼻につく腐臭を嫌悪したのだ。


(森で一体何が起こっている? これは昔嗅いだゾンビやグールの臭いか。忌々しい死霊どもが)

 近付いて来る邪悪な気配を遠吠えで散らすと、そのまま振り返り森の奥へと進んだ。


(死霊の肉など食いたくも無い。追って来るなら引き裂いてやるが。しかし、感じる気配からとんでもない数がいるな。何者かが操っているのか? 私には関係ないか)

 苛立ちながらも逃げ去る銀狼フェンリル。その姿を遥か後方から眺めていた悪魔デモニスは、バレリーナの様に踊りながら心をときめかせていた。


 こんな森で上質な魂を見つけたのだ。それにこのデモニスはある特殊な性癖を持っていた。マッチョな肉体にピンと跳ねた凛々しい髭、そして身に付けるのは女性の下着。


 己の美意識こそが最上級だと決して疑わない変態が、フェンリルの輝く銀毛は自分にこそ相応しいと狙いを定める。

「待っててねぇん! 私の可愛いフェンリルちゃぁん。準備が出来たら迎えにいくわぁん!」


 その背後には、数百匹のゾンビやグールが召喚され蠢いていた。


 __________



 ガイルから森の異変を聞くまでも無く、既に感知していたは俺はナナに問いかける。


「ナナ、何が起こってる? 邪悪な気配をビンビン感じちゃってるんですけど。嫌な予感しかしない」

「マスター正解です。以前、悪魔の話をしたのを覚えていますか? その中でも人と契約し、その果てに魂を食らった《悪魔デモニス》が森に現れました。繁殖期の瘴気を利用して、己の操るゾンビやグール等、死霊の増強が目的でしょう。あの双子が張った結界など即座に破られますね」

 俺はやれやれと肩を竦めて溜息を溢す。またか厄介ごとの予感がするからね。


「妖精擬きの次は悪魔かぁ……どれ位の規模なの?」

「死霊なので索敵が正確では有りませんが、ざっと二百匹近くはいますね。問題はそれよりデモニスの強さです。死霊がいる限りダメージを与えても死にませんし、肉体の欠損も補填されます。『滅火メッカ』で先に死霊から倒すしかありませんが、人に比べて完全消滅させるには何発撃つ必要があるか……」


「つまり『セーブセーフ』を今から発動させて、MPを無くしちゃうのは悪手って事か?」

「いえ、今回はあの魔術師の双子がいますので、回復薬を持っているのでは?」

「それだ! リセットするなら力を見せても構わないしね。『セーブセーフ』を発動させて、とりあえずデモニス本体の強さを確認して見よう!」

 目算を立てて喜んだ所に、ちょうど焦燥したガイル達がモビーさんの家を訪れた。多分死霊達の事だろうから、素知らぬ振りをしようと演技する。


「突然済まない! 村長は勿論、レイア達にも無関係じゃ無いから、聞いて欲しい話があるんだ!」

「一体どうしたんですか? 尋常じゃない様子ですけど」

 マムルが両手を広げ、バタつかせながら慌てて喋り出す。


「森にSランク魔獣のフェンリルが出現したの! まだ遠吠えだけで確証は無いんだけど、間違いないんだよレイアたん!」

「マムルお姉ちゃんの言う通り拙いの。今はゼーダが一人で様子を見に行ってるんだけど、私達が見回りの途中にグラトンのゾンビに襲われたの! それを聞いたガイルが悪魔デモニスまでいるって言うのよ! 逃げたいけど、どうしたらいいか……」


 ーー俺は双子の報告を受けて演技では無く、ガチで驚いた。


(あの豚……死んでも人に迷惑掛けるのか⁉︎ あとフェンリルって何? 俺の胸当ての素材になった魔獣でしょ? それ百パーSランクじゃん! 強敵二体同時で更に死霊付きかよ)


「え、えぇ、事態は想像以上に拙いみたいですね。どうしましょう……マジで」

 ガイルはショックを受けるDランク冒険者の俺達を見て、それも致し方のない事だと憐憫の視線を向けてくる。


 前にギルドで聞いた話じゃ、Sランク魔獣に出会う事などほぼ無いのだ。正直、運が悪すぎる。ガイル達は自分達を含め、この村の住人に生き延びる可能性など無いと、半ば諦めかけているのだろう。


 そこへ、突然ビナスが的外れな発言をぶちかます。


「さっきから何を焦っているのだ貴様らは? 我がフェンリルかデモニスを魔術で殺し、旦那様がもう一方を瞬殺すれば、何も問題は無いではない、ーーーー痛たたたぁぁぁい! ごめんなさい旦那さまあああっ!」

 俺は余計な事は言うなと太腿を抓り、ビナスは涙目でテーブルに項垂れた。


 ビナスを戦闘の面子として数え無かったのは、呪印の影響が分からなかったからだ。『セーブセーフ』を発動したら、最初にどの程度魔術が使えるのか試そうと考えた。


 今のメイドの姿をした美少女の発言を聞いて『風の導き』の三人は首を傾げるが、恐怖からの強がりだろうと聞き流してくれた。


「ところでメムル、マムル、MPの回復薬ってどれ位持ってる? 必要になるかも知れないからストックがあったら売ってくれないかな?」

 俺がお願いすると、双子は申し訳無さそうに首を横に振った。


「もう直ぐ繁殖期が終わると思ってたから、昨日の戦闘で残り二本まで使っちゃったんだ。ごめんね……これを渡しちゃうと私達が回復して戦えないから、渡せないんだよ」

「そっかぁ! しょうがない! 大丈夫だから気にしないで?」

 マムルとメムルの申し訳無さそうな表情を見て、俺は気を遣い優しく微笑んだ。実際Dランクだと思ってる人に渡す馬鹿はいないか。


 自分の魔力を失ってでも、時間制限のあるビナスを信じて『セーブセーフ』を発動して情報を集めるか、使わずにこのまま単身戦うか。

 迷っている最中に、ガイルがゼーダを捜しに森へ戻ろうと立ち上がる。


 俺はふと気になり、ナナに問い掛けた。


「ナナ、ゼーダさんは?」

「……マスターの想像通りです。次に会う時は襲ってくるでしょう」

「やっぱりそうか。じゃあガイルさん達を止めないとね。無駄死にはさせたくない。演技もここまでだなぁ」


 ーーパァンッ!


 俺は頬を両手で叩き、気持ちを切り替える。

 全てを駆逐しようと決意したこの後、新たな出会いがある事など予想もしないままに。


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