第79話 嫌われ者のフェンリル。
(またか……また、起きてしまったのか……)
もう何度目になるかも覚えていない。何度人間に殺されたかもだ。
私はフェンリル。Sランク魔獣と呼ばれ、冒険者や国々から災厄指定されている。
全く失礼な話だ。死にたく無いから戦っているだけで、こちらから人間を攻撃した事なんて一度も無いのに。
記憶を受け継ぐ特性を持つ私は、死ぬと一定の期間をあけて蘇る。場所も目覚めるまでの時間も自分では選べない。
神とやらが存在しているなら、随分弄んでくれるモノだと、昔は神殺しを真剣に考えていた。
何百年も経てばそれすらどうでもいい。どうせこの何処か分からない森で寝ていれば、勝手に人間共が騒ぎ出して殺してくれるだろう。
(……あぁ、そう言えば昔一人だけ私を見て逃げなかった少女が居たなぁ)
あの子を乗せて野山を駆け回るのは楽しかった。
その後、村で私の話をしてしまい近隣の国の軍隊が来て結局殺される羽目になったが、けっしてわざとでは無かったのだとわかる。
ーーもう一度会いたいなぁ。背に乗ってくれたあの子に。
ーー人間に追われる事なく、のんびりと生きたいなぁ。
……無理だ。まだそんな希望を持っていたのかと自分で自分を笑おう。嫌われている。疎まれている。憎まれている。
私はフェンリル、殺され続けるだけの存在だ。
___________
グラトンの事件から一週間。俺とビナスはモビーさんの家で、新婚さんばりのイチャイチャ生活を送っていた。
ビナスは初めての夜から自然に我とか堅苦しい言葉使いも無くなり、デレアマドMメイドと化している。
「はい、旦那様あ〜ん!」
「ほいほいあ〜ん! 美味しいよぉ〜!」
「ちょっとは腕も上がったかなぁ? モビーさんのお陰だね!」
「いやぁー! まさかビナスが料理を作れる様になるなんて、想像もしてなかったよ? 流石元魔王様! やれば出来る子! 俺の嫁!」
黒髪ツインテールをもしゃもしゃ撫でながら、顎をチロチロと指で撫でる。
「あヘぇ〜! やめて旦那さまぁ〜まだ昼なのに止まらなくなっちゃぅっ!」
壮絶なバカップルぶりを見せる俺達へ、モビーさんが呆れた口調で話しかけてきた。若干視線が痛い。
「これこれ、いい加減にしなさいよ? まったく昔着ていたメイド服をあげてからレイアは止まりゃしないねぇ」
「モビーさん、実はその事でお願いがあるんです」
「い、いきなり真顔になってどうしたんだい?」
「俺に裁縫を教えて下さい! ビナスのメイド服は俺が作りたい! 否! 作るのです!」
その瞳に情熱の炎を灯し、俺は右手を掲げて宣言した。若干引かれている。
「それはいいけどさ。あんた最初の清楚な面影がカケラも残ってないねぇ」
「モビーさん相手に演技してもしょうがないし。なっ、ビナス?」
「私は演技って言うか、素を見せれるメイド服が気に入っちゃっただけだよ。旦那様も喜ぶし、前より沢山胸元を見てくるしね」
「こらぁ〜! そんな事人前で言っちゃいけませんよ? 事実でも恥ずかしいだろう〜」
俺は頬を赤く染めるビナスの脇をつつく。口元はだらしなく緩んでいるのが自分でも分かった。
「ひゃん! いやん!」
身悶える美少女を見つめてデレる。だって可愛いからね。
「じゃあ、今日の夜からでも練習を始めようかね?」
「うっす! お願いしゃっす!」
俺は両手を交差させると、空手家ばりの押忍を決めた。
結論から言うとビナスの本来の封印は解けたが、『聖女の嘆き』は解除されておらず、呪印は消えていない。
しかし、俺と粘膜接触を行なった時のみだいたい五分前後、封印していたリミットスキル『
今はDランク冒険者として『風の導き』を含め、モビーさん以外には演技している為、試す機会が無い状態だ。
それも悪く無いと、二人で穏やかな日常を満喫していた。
どうせピステアの首都カルバンに行けば、ディーナとコヒナタに会う為にクエストを受けて戦いの場に戻らされるのだから。
__________
一方その頃、日課である村の外周の見回りに出ていたメムル、マムル、ゼーダの三人は、ある程度魔獣の繁殖期も終わりに近付いているのを感じていた。
「だいぶ森も静けさを取り戻してきたよな? 俺らの依頼も終わりが近い。やっとカルバンに帰れるぞ〜!」
「そうねぇ。レイアたんと遊びたいから私はまだ終わらなくてもいいけど?」
「そうだねマムルお姉ちゃん。レイア様の美貌を眺めていられるなら、私は何年でも頑張れるよ! 歳下とはとても思えないあの魅力に憧れるなぁ」
「……お前らハマりすぎだろう。美しいのは俺も認めるが所詮はDランクだぞ? もう少しAランク冒険者の矜持って奴を持てよ?」
「んなもん豚と共に消えたわよ」
「うん。豚は死すべし」
ゼーダは深いため息を吐くが、凄まじい邪気を感じて瞬時に片手剣を抜く。
「何かいる⁉︎ 気を抜くな!」
ズルズル……ズルズルズル……ズルズルズルズル……
何かを引き摺る音が徐々に近付き、三人の目の前に現れたのは巨斧を口に咥え、四肢の無い状態で目玉を垂らしたグラトンだった。
一眼見て分かる程に、生者では無い腐臭を放っている。
「なっ⁉︎ これはゾンビ化しているのか?」
「死んでたなんて……」
「マムルお姉ちゃん落ち着いて。ゾンビはヤバイけど、四肢が無いからスピードは大した事無いよ! 急いで焼こう」
双子は杖とロッドを構え、ブツブツと魔術を詠唱した。
「「フレイムウォール!」」
グラトンゾンビは地面から巻き起こる炎に焼かれるが、ズルズルと身体を引き摺りながら前進をやめない。まるで熱さを感じてない様に映った。
メムルとマムルが連続して魔術を放ち、ゼーダがとどめを刺そうとした瞬間。
ーーワオォォォォォオン!!
途轍もない音量の遠吠えが森中に響く。グラトンゾンビは怯える様にズルズルとスピードを上げ、森の奥へ逃げていった。
「なんだったんだ。今の遠吠えは?」
ゼーダが不思議そうに目を丸くしていると、メムルとマムルが全身を震震わせ、しゃがみながら答える。
「う、うそ、でしょ?」
「こ、こんな場所にい、るはず無い……」
「お前ら、何か知っているなら教えてくれ」
「……フェンリルが眠りから目覚める時、凄まじい咆哮を放つのよ。ゼーダ気付いてる? 自分の身体が震えてる事に」
暗い視線を向けるマムルに指をさされ、ゼーダは驚愕した。
「ほ、本当だ。俺、なんでこんなに震えてるんだ?」
「マムルお姉ちゃんが言ってたでしょ? それこそがフェンリルの目覚めを示してる。災厄指定Sランク魔獣。私達だけじゃ絶対に勝てないよ」
双子の言葉を受けて尚、ゼーダは真剣な面持ちで答える。
「お前達は村に戻ってガイルに報告を。俺はフェンリルの存在だけでも確認してから戻る」
「何言ってるの! 危険過ぎるからやめてよ!」
「俺らの依頼は村を守る事だ。そんなヤバイ魔獣なら、姿を確認した後にカルバンの冒険者ギルドへ応援を頼まなきゃいけないだろ? 村への報告頼んだぞ!」
ゼーダは手を振りながら、咆哮の起こった方角へ走っていった。
メムルとマムルは流れる涙を拭いて、村へ駆け出す。
ーーこれが今生の別れになるとは知らずに。
___________
「はあああああああ〜〜! なんで俺はあんな事言っちゃうかなぁ。一緒に逃げればいいのにさぁ」
ゼーダは一人溜息を吐きつつ格好付けた事を後悔していた。だが、好きな女の為だと気合いを入れる。
「こんなんなるなら、マムルに好きだって言っておけばよかったかなぁ。出会った頃、格好つけて俺は女に興味ないなんて嘘つかなきゃよかった。ありまくりだっての」
迫って来る強大な気配から、そろそろだと片手剣を抜く。木の陰から覗くと、そこには体長三メートル程の銀色に輝く狼が穏やかに寝ていた。
ゼーダは初めてフェンリルを見たが、邪悪な魔獣だと思えない程の美しさに見惚れている。
目的は達した為、振り向くと音を立てない様に静かに場を離れた。
暫く忍び足で歩いた後に剣を鞘にしまい、全力で駆け出してその場を脱する。
「存在は確認したが、あれが本当に災厄指定される危険な魔獣なのか? 俄かには信じられねぇな」
ふと立ち止まると、木に手をついて考えていた。何かが間違っているんじゃないか、と。
「みんなに相談してから考えればいいか!」
ーーズドンッ!!
「……えっ? ーーガフッ!」
気付くと肩口から腹部まで巨斧が己を斬り裂いている。グラトンゾンビは『ざまぁみろ』、そう言わんばかりに醜悪に身を捩り、ゼーダを見て嗤った。
残る力を全て振り絞り、吐血しながらマムルの為にゾンビの首へ剣を突き刺した直後。
「マムル……どうか、無事で……」
その言葉を最後に、ゼーダは力尽きて絶命したのだ。
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