第38話 小さな鍛冶師と出会った。

 

「……夢じゃなかったか」

 レイアは昨日のショックから抜け出せず、ディーナの胸に包まれながら眠った。


 翌日朝から『一部身体変化』を発動させようと試みるが、二十四時間に一時間という制約から発動すらしない。

『女神の身体』は愛にしか反応せず、欲望は届かないとのことだった。


「想いが真の意味で通じ合った時に、繋がりは生まれるそうですよ」

 ナビが言うからには間違いないのかと、何度もその台詞を反芻する。


「んなもんしるかよぉ……」

 悲痛に眉を顰めながら項垂れていた。しかし、とりあえず一時間とはいえ相棒の復活を喜ぼうと立ち上がる。

 必要なのはネガティブな思考で無く、ポジティブさだ。少なくとも、これは前進であると自分に言い聞かせた。


「ディーナ、起きてー? 今日は武器や防具を見に行くよ?」

「眠いのじゃあるじさまよぉ。ねむねむなのじゃあ〜」

「じゃあ置いていっちゃうからなぁ? 御飯も先に食べちゃうぞぉー?」

「ご、御飯⁉︎」

 その言葉を聞くや否や、白髪の美姫は迅速に立ち上がった。


「よし。じゃあアズラを呼んで、朝御飯にしよう!」

 隣の部屋に行くとアズラはもう起きており、朝から筋トレをしていた。相変わらず良い筋肉をしているとレイアは観察する。

 その後自らの細くプニプニな二の腕を摘んで比べては、漢としての嫉妬の炎が瞳に燃え上がっていた。


「んっ? おはよう姫! 飯にするか?」

「うん、おはよう筋肉野郎。ご飯を食べたら鍛冶屋へ向かうよ! 良い鍛治師はいた?」

「朝から何だその視線は……まぁいい。何人か当たりをつけておいた! あとは姫が『女神の眼』で見て判断した方がいいだろ?」

「確かにね。特殊なスキルがある人の方が腕が良さそうだし、今後の付き合いを考えて性格的にも信頼のおける鍛治師を見つけたいよね」

「妾の武器〜! 楽しみなのじゃあ〜!」

 階下に降りていき三人で朝食を食べる。フレンチトーストに似ており、パンを卵に絡めて柔らかくしたものに、甘みをつけてこんがりと焼いていた。

 色が濃いオレンジで少し抵抗があったが美味いと頬を垂らす。


(ミルクを混ぜたりもっと工夫できないのかな?)

 レイアは元の世界の知識からアイデアが閃いたが、また今度話して見ようと後回しにした。


「らっしゃい! 安いよ安いよー!」

「今朝とれたての新鮮な魚介だよー! なんと銀貨一枚だぁあ! もってけー!」

「あたしの農園で作ったリービヤだぁ! 甘さはどこにも負けねぇぞー!」

 町の大通りはいくつもの屋台が並んでおり、朝から活気を帯びている。フードを深く被りながらチラチラとその様子を見ては、興味を惹かれていた。


「用が済んだら絶対に屋台巡りをしようね」

 レイアの提案を受けるまでも無く、ディーナの口元からは既に涎が溢れている。


「主様よぉ、あの玉鶏の焼き串が食べたいのじゃあ〜」

「しょうがないなぁ。はい、これで買えるだけ買っておいで?」

 広げられた掌に銀貨三枚を渡す。ちなみに焼き串は銅貨四枚だ。一体何本買わせる気だとアズラが呆れた表情を浮かべており、レイアはディーナに対してベタ甘であった。


「わぁぁい! 愛してるのじゃあ〜!」

 レイアは突然飛び付いてきたディーナから、不意打ちで激しいキスをされて腰砕けになる。

(柔らかいなぁ〜)

 何故かこの竜はキスのテクニックが半端ない。練習なぞしている筈もないのに一体何故だと不思議に思ったが、女神は唇と胸の柔らかさに負けて思考を放棄した。


 暫くして、ディーナが両手の串を何本も頬張りながら戻って来る。

 レイアはその様子に微笑みながらアズラについて行き、次第に武器屋が何軒かチラホラと見えた。


「とりあえず、値段は高いが良質な物を揃えているのがこの店だ。ただ主人自体が鍛冶はしてないから、商人だと思っておいた方がいい。素材の加工は出来ないな」

「成る程ね。そんなに急ぎって訳じゃないし、どうせ色々回るんだからいいさ。じゃあ見てみようか!」

「妾の武器は何にしようかのう?」

 三人は店内へと入る。革鎧からフルプレートまで各種防具が木のマネキンに飾られ、プラスチックの様な額の中に数々の武器が並べられていた。


 この店では主にミスリル装備を扱っているのだとアズラから説明される。


「想像していたよりも内装までしっかりしてるんだなぁ。流石王都だね」

「お気に召してくれたなら何よりだ。さぁ、色々探そうぜ! これから冒険者になって荒稼ぎするんだから、金は気にしなくていいだろ!」

「うん!」

『女神の眼』を発動させて商品のランクや効果を調べていく。しかし、正直どれもレイアのヲタク心を擽ってはくれなかった。

 ミスリルは確かに良質だが、ランクとしてはBに届くかどうか。鋼よりは上質というレベルである。


「う〜ん。悪くはないんだけど、俺自身の装備と比べちゃうとなぁ。ルーミアが使われていないと、これからの戦いでは直ぐに壊れちゃいそうだよ」

 レイアは既にレグルスの国宝とも言うべき装備をいくつも身に付けている。それらには『神の鉱石』と呼ばれる特殊な鉱石の一つであるルーミアが使われている為、品質は比べる迄も無い。


「確かに良質だが、俺達の力量に合ってはいねぇなぁ。防具もピンとこねぇ。代用品にするにはミスリルは高価だしな」

「妾の力でこれらを思い切り振るったら、即座に壊れるぞ?」

 三人はどうしたものかと唸りながら、一度店を出る事にした。


「やっぱり鍛冶師に直接オーダーメイドを頼むのが無難だよ!」

「そうだな。何人か紹介するから見てくれ! ドワーフだから多分黒竜の角を見せれば、大抵の奴が協力してくれる筈だ」

 その後、シュバンに住むドワーフの鍛冶師の腕を見て回るが、どうにもピンと来る人物がいない。

 腕のいい者はレイアの装備を見て、邪な欲望を掻き立てているのがスキル『心眼』で感じ取れたからだ。


 普段は人の心の声なんて聞きたくもないので発動しないが、今後の付き合いを考えて聞く様にしている。


 ちなみにアズラは新装備と強くなる事しか考えていないし、ディーナは昼飯とレイアの事しか考えていない。仲間の純粋さに何処か救われた思いがした。


 __________


 三人は次第に腹が減ったので、昼飯にしようと『バハナ亭』と書かれた食事処に入った。


「お腹も空いたし御飯にしよう? ディーナはさっきからそればっかり考えてるし……」

「し、失礼なのじゃ主様よ! ちゃんと別の事も考えておる! ふふん、妾を舐めるでないぞ〜?」

「いや、あと俺の事だけじゃん……」

「飯と主様の事意外、何を考えればよいのかぇ?」

 ディーナは首を傾げながら、困惑の表情を浮かべていた。


「いいから注文は決まったのか? 俺はブラックオークのステーキを頼むぞ! おーい、注文頼むわ!」

「はいはーい! いらっしゃいませ〜! ご注文はお決まりですか?」

 小さい身体の幼いウェイトレスがこちらへテクテクと近づいてくる。


「妾もアズラと同じステーキでいいのじゃ!」

「俺はこのアマミティートーラ? を頼むよ」

 三人が注文を終えて暫くすると、ステーキ肉とパスタに似た料理が運ばれてきた。


(アマミティーってなんぞや?) 

 レイアは勇気を出して異世界メニューへ冒険したのだが、出て来たのはトマトソースに似た酸味と甘みのあるパスタだった。

 具材は違うが挽肉を使っている事からボロネーゼに似ている。何処か懐かしい味がして嬉しかったが、普通に美味しかった事に残念な気持ちも覚えた。


「ご注文は以上でよろしいでしょうか? 宜しければ食後に当店オススメのデザートは如何ですか?」

 先程の幼いウェイトレスがデザートのオーダーを聞きに来る。良い接客だと微笑みを向けるが、レイアはその女の子を見た瞬間、店内に響き渡る程の大きさで叫んだ。


「い、い、いたああああああああああああああぁっ!」

 周囲の客を含めて、いきなり大声を出されて店内が騒めき出した。


「わ、私、何か粗相をしちゃいましたか?」

 肝心の幼女はブルブルと頭を抑えながら震えている。小動物の様で可愛い。


『女神の眼』に映った者、そこには『鍛冶神ゼンの右腕』というリミットスキルがハッキリと出ていた。


「君、ドワーフだよね?」

「は、はい。」

(絶対この子だ! 見つけたぞ)

 レイアは偶然か必然かはともかく、出会えた幸運に感謝を捧げる。


 後に、伝説の鍛冶師と呼ばれるドワーフ『コヒナタ』と、女神レイアの出会いは鍛冶屋では無く食事処だった。

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