最終章 触手の奇跡

71匹目 降臨する女神

 平原の帝国軍が撤退してから僕が意識を取り戻すまでの間、魔族による戦後の処理が着々と進んでいた。


 今回の作戦で魔族陣営が倒した帝国貴族だが、かなりの数を葬ることができたらしい。多くの家が跡取りを失い、帝国議会は勢力図を再構築することが必要になるだろう。


 また、魔族領内には敗走中の帝国軍が残っており、彼らの排除もこれから行わなければならない。今後、豚鬼オークの族長を中心に作戦が展開されるそうだ。


 また、今回の戦闘で復活した《ディアボルス・ゴーレム》だが、戦闘終了後にメンテナンスをしたところ、故障箇所が発見されたらしい。

 魔力転換盾の中央にはめ込まれている水晶にひびがあったのだ。ルーシー姐さん曰く「もう魔力吸収はできないわ」とのこと。


 ディアボルスの魔力転換盾は開発中の試作品であることがギルダの遺品調査から判明した。失敗作であったために何度も繰り返し使えるほどの耐久性能を持っていなかったのか、元々何度も取り替える設計だったのかは不明だが……。

 特殊な技術が使われている兵器だけに開発者であるギルダが死んだ以上、水晶の修理・交換は不可能だという。

 それでも、帝国軍の戦力を大きく削って勝利に貢献してくれたことは間違いない。ここはギルダの置き土産に感謝しなくては。







     * * *


 エクスキマイラは飼育場で僕のことを待っていてくれた。


「お前のおかげで勝てたよ。みんなを守れたんだ」

「アリガトウ、オトウサン」


 戦闘で腕を何本か失っていたので、治癒魔法で再生させてやった。


 こいつがいなかったら、ギルダにも勝てなかったし、帝国軍にも勝てなかっただろう。随分と世話になった。僕は触手の偉大さを知った。






     * * *


 貧血から復活した僕は、魔族領に残る帝国軍の残党狩りに任命された。

 エクスキマイラとパラサイト・ニードルを引き連れて、族長の部隊に同行する。本当のところ、もっとゆっくり休養したかったが、人手が足りないのだ。


 残党狩りは簡単なものだった。

 基本、彼らは強力な装備を捨てて逃げているのでこっちが断然有利だ。一気にパラサイト・ニードルを向かわせて圧倒すればいい。


 また、彼らはエクスキマイラの出す潤滑液を嫌っているのか、水辺でよく見かける。水辺でゴシゴシと自分の装備を念入りに洗う敗走兵を数多く確認した。まあ、そうだよな。嫌なにおいがするし、性的興奮状態になってしまうし、感触が気持ち悪いし。そういう兵士にはエクスキマイラがさらに潤滑液をかけてやった。臭い状態で死ぬのが嫌なのか、多くの兵士が「捕虜になる」と懇願してきた。







     * * *


 それでも、残党狩りでピンチになることはある。

 相手は腐っても軍人。生きるためにあらゆる手段で必死に抵抗する。


 それは、夜も遅くなり森林の野営地で休憩していたときのことだった。


「敵襲、敵襲!」


 見張りの兵が叫び、僕は急いでテントから表へ出た。


「何だ、この数は……!」


 キャンプ地を包囲する帝国兵。人数はこちらの倍以上。彼らの握る松明たいまつの光が徐々にキャンプ地へ迫っていた。

 僕は狭いキャンプ地内で族長と合流し、戦闘態勢に入る。


「族長!」

「おう、坊主か。こいつはちょっとヤバいな……」


 敵は帝国領土から派遣された帝国軍の救出部隊だった。僕らが追っていた敗走兵と合流し、反撃に出たのだろう。装備も上等なものを揃えている。

 周囲を警戒させていたパラサイト・ニードルもほぼ全滅していた。無残にも散らばる触手。


 次の瞬間、敵が矢を飛ばしてくる。僕らは一斉に倒木や盾などの遮蔽物に身を潜めた。身動きを取れなくさせ、距離を詰めていく作戦だろう。僕も魔導弓まどうきゅうマスティマで数発反撃したが、敵の数が多過ぎる。

 また、大木などの遮蔽物が多く、エクスキマイラが繰り出す広範囲の薙ぎ払いも効果を発揮しない。


 何人もの帝国兵がキャンプ地まで迫っていた。


 そのとき――






 ドガァアアアアアン!






 爆炎。そして轟音。

 オレンジ色の巨大な炎が森林を照らす。

 炎の中心にいたのは何人もの帝国兵だ。断末魔の叫びを上げながら火達磨になって倒れていく。


「な、何が起きた?」


 さらに――


「ぐぁっ!?」

「矢だと? 一体、どこから!?」


 どこからか放たれた矢が帝国兵たちの頭部を貫いた。僕らの直前まで迫っていた敵はバタバタと倒れる。誰かが僕らを援護しているのだろうか。


 目の前で倒れた帝国兵。

 僕の隣で身を潜める族長が、敵の頭部に突き刺さる矢を凝視する。


「この矢は……」

「どうしたんですか、族長?」

「こいつぁ、森精霊エルフが使う矢だ。前に見たことがある。形状と使われている素材からして間違いねぇ!」


 森精霊エルフ族。

 森に暮らす精霊の種族だ。見た目は人間に近いが、耳の先端が尖っているという特徴がある。不老長寿で、何百歳という高齢の個体でも若々しく見えるらしい。温厚な性格で普段は森の中で静かに暮らしているが、住処を荒らされると弓で反撃すると言われている。


 だが、森精霊エルフの住処は魔族領に確認されていない。帝国領内のみに住むはずだが……。

 どうしてこのような場所に――?


 それに、さっきの爆発――。

 あの炎は間違いなく、僕の――。


 僕は空を見上げた。


 地表を覆う葉の隙間。

 月光を反射し、銀色の飛竜がそこに輝いていた。


 その光景はまるで、もう一つ月が夜空に存在しているかのように見える。


「――ファング」


 口から溢れ出す炎、鋭い目つき、巨大な翼――僕の最高傑作のハイブリッド・ワイバーンであるファングだった。


 そして、その上に乗るのが――


「――カジ殿、助けに来た!」


 さらさらとした金髪、凛々しい顔立ち、鎧の上からでも分かるほどの豊満な胸。

 彼女は、僕の最愛の人でもある――


「――クリスティーナ!」

「なかなか私を探しに来ないから、こっちから来てやったぞ」


 彼女は勝気に微笑む。


 白銀のドラゴンを操る金髪の乙女。


 月光で青白く輝くその姿は、僕らの目には女神のように映っていた。

 この世の者とは思えないほど美しい。敵に襲撃されている最中であることも忘れ、僕の視線は彼女に釘付けになる。それは他の魔族も同じだったと思う。族長も口をポカンと開けたまま、目の前に下りて来る竜を見つめていた。


「ひっ! 撤退、撤退するんだ!」


 僕らがクリスティーナに見惚れている間にも、誰かの放つ矢が帝国兵を襲う。

 どこからか放たれる矢と、ドラゴンの襲撃。それに恐怖した敵兵は再び敗走していった。







     * * *


 ようやく周辺から帝国兵が消え去り、戦闘が鎮まる。

 仲間も安堵し、空を見上げた。


「久し振りだな、カジ殿」

「ああ」


 飛竜から地表へ降り立つクリスティーナ。


 そして――


「ずっと……会いたかった」

「僕もだよ、クリスティーナ」


 僕は彼女と仲間も気にせず熱い抱擁を交わし、互いの生を喜び合った。

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