3
二時間ほど走り、パーキングエリアで運転はしおりに代わった。
亀利谷の話の後は、しおりと真人も少しずつ、自分達と白琴会、仙開、阿賀流との関わりを話したのだが、二人はお互いにほぼすでに知っている話であるし、亀利谷は亀利谷でこれまたおおよそ整理が出来ている話のようだった。
おのずから、再びしおりと真人の質問の矛先は亀利谷に戻った。
亀利谷には不思議が多すぎるのだ。
「すまん、どうしても気になる。つまり亀利谷さん、あなたは結局どういう人なんだ?」
「どうって…さっきから説明している通り。しがないサラリーマンだぜ」
「日本人なんだよな?」
「国籍は日本だ」
「さっきまでの言い方から総合すると。アガルタというのが何か失われた文明みたいなものだとして、あなたはそこからやってきた人だなんて言わない?」
「さあ…。そうかもしれない。そういうことにしておいたほうがいいかもしれないぜ」
ニコニコしながらはぐらかすような亀利谷に、運転席のしおりが大きめな声を上げる。
「ストーカー疑惑はなくなったけど、怪しいんだよね…。絶対さ、亀利谷っていう名前だって偽名でしょ? それであなたを信用しろといっても、心の底からは難しいんだよね」
「限られた時間でお前らにインプットできる情報量なんて、上限がある。無理して大量の情報をインプットしようとしてもね、悲惨なことが起こるぜ。人間の脳にはそこまでの余裕はないんだ」
随分と話を一般論化したな、と真人は眉をひそめた。亀利谷にはまだまだ隠しているボールがあるのだろう。
それはさておき、真人は自分の意図を正しく伝えたく、亀利谷の言葉を途中で遮った。
「いや、俺がその質問をしたのは、ちょっと思ったことがあってさ」
「うん?」
「貴方のような超能力だか魔法だかなんだかわからないけど、そういう力さ。それは、あなたとかその…組織みたいなものの人間だけのものなのか? それとも、たとえば俺やしおりのようなでも身に着けることが出来るものなのか。それを知りたかったんだよ」
亀利谷は頬を少しぴくつかせたようだ。
「なぜそんなことを知りたい?」
「白琴会の出家者は、その、アガルタの遺産とやらで怪人に変わっていた。そして、サテライトプランが発動すると、日本人が大なり小なり皆あの怪人みたいになるっていうんだろ? とするなら、対抗するこっちも戦力が必要なんじゃないのか?」
亀利谷は静かだ。
真人は続けた。
「あいつらの総本山に、たった三人で立ち向かうのか? 人間から怪人を生むことが出来るということは、同じような源泉から来る力なら、普通の人間でも得られるんじゃないのか?」
隣席から唾を飛ばす真人に、亀利谷は静かに手を出して黙るようジェスチャーをした。
「まあ、結論だけ言えば、出来る」
亀利谷の言葉を聞き、真人は目を輝かせた。
「ほんとか?」
「俺とお前たちの間に生物学的な意味での違いはない。俺も霊長類ホモサピエンスだ。訓練で魔法使いになった仲間も俺は知っている。あ、でもあれだぞ、三十まで童貞を貫いたとかそういう話じゃないぜ。ちゃーんとそいつらには俺が…あ、これはまあどうでもいい話だがな」
「それは、白琴会の連中が怪人に代わるように、わりとすぐに出来るものなのか? 時間がかかるものなのか?」
「あせってどうするんだ、本多。なぜそんなに力を求める?」
「求めるのが当たり前じゃないか! 俺は、もどかしさと自分への怒りがあるんだ。そういう力があれば、こんなことにはならなかったはずなんだ。悲劇も失くすことが出来たはずなんだ。真緒も、美奈子姉ちゃんも、寛子おばさんも、駐在さんも。…佳澄だって」
そうつぶやいてうなだれる真人を、横から亀利谷が牽制した。
「…そういう発想は危険だぜ。アガルタはその発想から罪を生んだ。起きたことをなかったことには出来ないんだ」
二人の議論が白熱してきたことを感じ取ったか、しおりが運転席から訊ねてくる。
「また出てきた。ねえねえ、さっきから言ってる、そのさ、アガルタの罪ってなに?」
「うーん…。それはまた別の機会だな。いま話しても、お前らには理解出来ないことだろう」
亀利谷の口はまた堅くなったようだった。亀利谷にはどうしても言いたくないことがいくつかあるらしい。
「じゃあ、質問を変えてさ。私が知りたいのはね、アガルタの遺産というのは…日本だけなの? ってことかな。それも、どうして阿賀流にあるの? 他の場所にはないの?」
「アガルタの記憶を示すものは、世界中にある。日本にもいくつかある。阿賀流は地名からして関係を匂わせてるだろう? 俺達がまだ見付けられていないものもあるだろう」
「鍾乳洞とか地底とは関係があるのか?」
「それは一つのキーかもしれないぜ。アガルタは地底に基盤を置いた文明だからな」
「どうして地底なんです?」
「地底である必要があったからだよ」
「必要?」
「つまりアガルタ人は始めから極力、お前らの文明に接触をしないようにしているってわけだぜ。外からいらん影響を与えないようにな。だから地底に潜むんだ。まあ、それでも、ときどきアガルタはお前らの歴史に姿を現して、大きな影響を与えてしまうことがある。だからこそ、どうも引っかかるんだがな」
「何が?」
「さっきも話したけどさ。阿賀流で見えている力は、中途半端なんだ。カケラなんだよな。俺が疑ってるのは、阿賀流ではないところにもまだ秘密があるんじゃないかってこと。核心の技術は他のところに眠っている」
「その、アガルタの核心の技術ってのは、例えばどんなことがあるんだ?」
「うーん、そうだな、例えば…。そもそもアガルタがこの世界に現れたことからして、アガルタの技術だったんだぜ。量子テレポーテーションのことを調べたなら、多世界解釈って知ってるだろ?」
真人は目を見開いた。
「さわりぐらいは。つまりどういうことだ? さっきもちらっと。アガルタはこの世界と違う分岐をした他の世界だと?」
「そのとおり。そしてアガルタ文明の核心たるものには、まだお前達はお目にかかっていない。アガルタの遺産そのものに触れたとき、人はもっととんでもないことをやらかすんだ。お前らの世界の進化速度を逸脱しているからな、アガルタの知的レベルは。知ってるかい? アガルタの遺産に触れた人間にどんな連中がいたか? 異常な知識やカリスマ性を発揮するヤツ、自分を神様と勘違いしてしまうようなヤツ、が多いな。あるいは実際にアガルタから来た人間もいるのかもしれない」
「信じられないなあ。そんなことが…。たとえば、私達が知ってるような人、いる?」
亀利谷はあっさりとしおりに答えた。
「たとえばレオナルド・ダ・ヴィンチは、おそらくアガルタの遺産に触れた人間だ。自分が得た知識をどうにかして芸術で表現しようとしたんだろう」
「うそ!? ほんと?」
「あとなあ、フランシス・ベーコンとか」
「あれっ、なんだっけ、その人?」
「哲学者だっけ?」
「思想家だ。それに、シェイクスピアはベーコンのペンネームなんだ」
この話題だと亀利谷の口はそう重くないようだ。
真人は続けてみた。
「そういうオカルト話で必ず出てくるのがサンジェルマン伯爵だよな?」
「サンジェルマン伯爵は、アガルタに触れた人じゃなくてな。アガルタから来た人だぜ」
「…」
真人は閉口した。次から次へとビックリ箱だ。
「日本にもアガルタとの接点があるって言ったな。じゃあ、アガルタに触れた人間も?」
「日本だとなあ…。これ言っていいのかなあ…。卑弥呼とか、織田信長とかな。アガルタに触れたことがあるとしか思えない人間達だよな…」
真人は肩をすくめた。次々に亀利谷から飛び出す歴史上の人物名。現実離れをしているような、遠い世界の話でも聞いているような。そんな大層なことに巻き込まれるような理由は真人の側にはなかったはずなのだが。
「…逆に、明智光秀は俺と同じ役目の人間だぜ。つまり、行き過ぎた遺産の使用をした信長の過ちを修正した人物だ」
亀利谷がつなげた言葉に、真人は思わず目を見開いた。
「どういうことだ? つまりそんな昔からあんた達は活動していた―?」
「その通り」
「でも、本能寺で確かに信長の野望は潰えたけど、光秀だって三日天下だったじゃないか」
「そうだぜ。俺達だって人間だ。魔法使いだなんだと言ったってな、万能ではない。俺もそう。この世界ならざる力は使えるが、肉体的にも精神的にもお前達と何も変わらない。あの怪人達のような身体能力はないし、他の次元を見通せるわけでもない。それが俺達の自制。恋もしたけりゃクソもする。人並みに悩みもすれば、愛も苦しみも悲しみも怒りも。そりゃあ、スパイであっても一度は仕えた殿様を、自分の手で始末しなきゃならなかったってのは、耐え難いものだったんだろうなあ。秀吉に討たれたのは、あれは自殺みたいなものだったんだろうぜ。俺達の仕事は、そんなものなんだよ」
「……」
「だからな、アガルタの遺産を自制しようとせずに使えば、あの怪人達のようなものが生まれるってわけ。世の中を簡単にひっくりかえせるような異常な能力の持ち主が。アガルタの遺産は、表に出ちゃあいけないものなんだぜ」
「じゃあ白琴会の場合は、老師がアガルタの遺産を?」
「さあな。老師か、黒澤か。あるいはその両方か。それをこれから突き止めてやろうってわけさ」
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