便箋は二枚目からすでに三枚目に移っていたが、そこまで読んだとき、手が震えて真人は束をカウンターに落とした。

肘をカウンターに突いて支えにして、こめかみを手で押さえて頭を抱えた。

しおりやバーテンダーからの視線を遮りたかった。

寒気に襲われて、息が荒くなった。


美奈子からの告白は悪夢だった。

自分の両親のことだけでも愕然としたところに、真緒。


つまり真緒と真人は従兄妹同士であり、しかも、真緒の出生には忌まわしい事実が隠されていたということになる。


例の儀式のターゲットが真人と真緒であったということも、決して儀式へ乱入したことだけが理由だったのではないようだ。実際に二人の血縁はだいぶ近いものだったということになる。

疑問は、これらのことを誰がどこまで知っていたのか、ということだ。


真人はキッと横のしおりを睨みつけた。

「お前は、この中身を知ってるのか?」


しおりは険しい表情のまま言った。

「読んではいないけど、内容はすべて水谷さんから訊かされてる。それに、おそらく終わりのほうには私のことも書いてあると思う」

「他にこのこと…、俺や真緒の本当の親のことを知っている人は?」


しおりの表情は変わらない。

「他には…。老師は当然知っている。水谷さん、美奈子さんと理沙子社長は、親だもの、自分の子どものことは知っているでしょうね。子ども本人達は知らなかったわけだけど…」


真人は言いよどむしおりの言葉に被せ気味で、食いつくように訊ねた。

「清水の寛子おばさんはどうなんだ? 佳澄は? それに…兄様…雅俊は? あえて、俺の父親とは言わないでおく」

「それは、続きに書いてあると思う。水谷さんが私に伝えたことは、すべてその手紙に書いてあると言っていたから…」


真人は頬をぴくつかせ、次の便箋に目を走らせた。


「私と理沙子の軟禁は続きました。

キミと真緒はそれぞれ白琴会に、幼い頃の養育を委ねられました。

親とはいえ私も理沙子も、幼い自分の子達に触れることはほとんどかないませんでした。


ただ、私はともかく、理沙子が真緒に抱く感情は複雑なものだったのではないかと思います。可愛い娘とはいえ、その血は生まれながらにして穢れています。しかし娘には何の罪もない。

理沙子と私がすれ違うようになったのも、この件が原因でしょう。すれ違うというのは随分控えめな表現で、おそらく理沙子は私を恨んでいるに違いありません。察するに余りあります。理沙子の忌むべき運命は、私のエゴが招いたものです。


軟禁されていた私達には、外界との連絡も限られていました。

雅俊が阿賀流に帰って来たときも、接触することが許されませんでした。

しかしどのようにしてか、秘密というものは漏れ出していくものです。

私と理沙子が子を産んだこと、その子どもたちが信者によって育てられていることは、白琴会の上層部においては周知の事実。


雅俊もどのような経路からか、その事実を知ったようです。


これは私の推測でしかありませんが、白琴会の間では、大っぴらに語られることこそないものの、キミ達二人とも、父親が老師ではないかと囁かれていました。あるいは老師自ら策謀のためそう吹聴したのかもしれません。世間では禁忌であっても狂気の集団の中においては導き手の子であるということは神性を高める意味があります。

それを、雅俊は信じたのではないでしょうか。

理沙子だけではなく私の子もまた、老師との間に産まれた禁断の子だと信じたのだと思います。


大学時代に白琴会への疑問に目覚めつつあった雅俊が、阿賀流に戻ってきた途端に、白琴会に転向したのはそれ故ではないでしょうか。激しい心の衝撃に襲われたでしょう。

直接、私が真実を伝えることは出来ず。誤解を解くことは出来ず。

自分が愛していた女の裏切り。

それに絶望、動揺した心に、さらにそれを覆い諭すような老師の巧みな言葉でもあったのでしょうか。

憎悪の負の感情の対象が老師から私に転嫁され、一転して雅俊は老師への服従者に変わっていました。


老師の前で雅俊と再会したときにも、私は誤解を解くことが出来ませんでした。老師の前では、許されない二人の愛を語ることは私にはもちろん出来ません。雅俊の身を危うくすることは言えませんでした。


雅俊は、自分から私に問いただしてくることはもちろんありませんでした。ただ、老師の子を大切に育てることを約束し、私を見限るような目で見ていました。


私は悲嘆しましたが、しかし救いもありました。

キミと真緒は、老師の信頼が厚い信者の庇護に置かれていましたが、雅俊と寛子の清水兄妹が中心に世話をすることになったのです。

たとえ父親が自分であると知らないとしても、雅俊がキミの養育に携わることは、ほんの少しだけ救いだと私は思いました。


何も弁解はしませんが、一つだけ私からキミに言えることは、どのような形であれキミは確かに父親と母親からの愛を受けて育っているということです。父親からは九歳頃までの幼い日々を。母親からは、その後、成人するまでの間の。キミが忘れてしまっているとしても、それだけは伝えておきたかった。


しかしその後も私と理沙子は引き続き、何年もの間、軟禁されていました。

外の情報はたいして手に入らず、寛子夫婦が時折、隙を見てはキミや真緒の様子を伝えに来てくれました。


寛子さんと夫の大輔さんは、キミと真緒の本当の親までは知らなかったと思いますが、それ以外の白琴会の行いはほとんどを知っていました。大輔さんは清水家に入り込む形までとって、白琴会に心酔しているように見せていたのですが、それでも疑惑の死を迎えました。


大輔さんを亡くしてからは、寛子さんは大輔さんのような表立ったスパイ行動はしなくなりました。夫と同じ轍を踏まないようにでしょう。

早すぎる行動は危険を招き、真実の情報を迂闊に漏らせば、どこから辿られるかも分からない。そんな状況では、自分の身の回りの情報を偽りで固めていくしか、身を守る術もないでしょう。


私が寛子さんから聞いたところでは、大輔さんは私達の軟禁のことをどこかに告発しようとしたようです。

大輔さんは事故死と聞きましたが、おそらく、危険を感じた白琴会が先手を打って始末したのだと思います。

私は雅俊を疑っています。寛子さんも同じ疑惑をもっているようです。


しかし苦しいことに、人を殺めるところにまで堕ちてしまった雅俊を、私は安易に糾弾することが出来ません。雅俊をそうさせてしまった一因は、確かに私にあるのですから」

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