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佳澄が言葉を続けた。
「さっきの話ですが。あらかじめ統合先の素材を用意しておかなければいけない、というパラドクス」
「あ、ああ」
「仮にあの装置が。その問題はクリアしている装置だとしたら、どういうことが考えられるでしょうか?」
「…としたら、そりゃあすごいことだよな。AとBが、足してCになるわけだろ」
「そうですね。Cは、もともと遠く離れていたAとBの二つの可能性を、どちらも持った存在になります。量子力学の多世界解釈に反します。観測されるまでは粒子はどんな可能性もとりうるというのが量子力学で、観測された瞬間にそれが一つの可能性だけになる。その他の可能性はその他の可能性の世界として無数に分岐して全く別の世界がそこから生まれていく」
「別の世界が…?」
「だから、分岐した他の世界を認識できるなんてことは、普通はあり得ないんです。観測できませんから。です…が」
「…ですが?」
興奮してきた真人は、先を促した。
「たとえば本多さんが統合された存在だとしたら…。その瞬間、本多さん自身が二つの世界にいることになります。本多さんが二人いるのではなく、本多さん自身が両方にその瞬間存在し、両方の世界で起きていることを同時に認識していて、両方の世界で同時に行動をすることが出来る、そういう概念なのかもしれません」
「そりゃあ…理解の範疇を超えるな」
「量子的にいえば、重なり合っている、という表現。複数の世界に同時に存在し、同時に認識している…」
「別の世界を同時に認識している。ん? いや、いやいやいや。まさか…」
「どうしました?」
「俺の…予知っぽいのも、ひょっとして関係があるんだろうかと思ってね。まさか、儀式が失敗したときに記憶を失った分、他の世界とやらのことでも分かるようになった、なんてね…」
真人は肩をすくめたが、佳澄は真面目な顔をしていた。
「冗談ではないかもしれませんよ。人間の脳は、活動していない領域がたくさんある、と言いますからね。あの装置が実現しようとした統合とは、そういうことなのかもしれません。たとえば本多さんと真緒ちゃんが仮に統合されていたら。本多さんと真緒ちゃんの記憶や人格が統合されて。そのときに、光速を超える因果を『体験』するわけですから、何かを『見る』こともあるのかも」
「うーん…」
「あの装置自体は…あれは量子テレポーテーションそのものというよりも、同じ世界の中で二つの人を統合しようしていましたよね」
「美奈子姉ちゃんと理沙子…。俺と真緒…」
そうつぶやいて、真人はびくっと身を震わせた。スッと襲ってくる鳥肌。
「双子…。双子とは、そういうことなのか? まったく同じ人間ではないけれど。近いものを?」
「それは考えられますよね」
「しかし、そうだとするとおかしいんだ。俺と真緒は双子じゃないからな。パーソナリティが近いと言っていたけれども。そうは思えないんだけど」
「過去に儀式に巻き込まれたことで、二回目の儀式なら親和性がある、と考えられていたのでは? 思うんですが、さっきの鶏と卵の矛盾。それを解消するための試行錯誤を、白琴会はあの手この手で続けていたのではないでしょうか。双子、儀式に一度巻き込まれたもの、などなど…」
「……」
「でも、あれは未完成だとしても。あの装置が求めていた最終目標というのは、多世界に同時に存在し、同時に認識する、ラプラスの悪魔そのものだったように思うんです」
「確かに…。それが完成したら、歴史のIFを知っている存在、ということになるんだろう? ここで道を右に曲がったらどうなるか、左に曲がったらどうなるか。その両方の結果を同時に認識している存在…」
「結果を認識しているというよりも、その両方を『同時に行っている』存在になるんでしょう。そして両方の結果もまた同時に認識している」
「バカな…。ん…。でもさ、二つの可能性を同時に認識したとして、次はその二つがそれぞれまた二つに分岐していくって言ってたよな。そうすると、無限に分岐していって、きりがないんじゃないのか? どうなっちゃうんだ?」
「この統合というのは、もし最終的に成功したら、そういうことなのかもしれませんね。スタートさえすれば、あとはそこから続くすべての分岐世界も同時に体験して認識する…」
「そんなことが、人間の脳の容量で耐えられるとは思えないが…。それは、神だよな。いや、ラプラスの悪魔なのか?」
「可能性を認識しているだけの存在ならラプラスで。両方を認識していて、それによって世界に対して何か働きかけることが出来る、世界を変えることが出来る、そういう存在なのだとしたら、神ですね」
「それは…IFをすべて知ることが出来るなんて…。鳥肌ものだな。それは確かに知的好奇心のようなものを物凄く駆り立てられるが。不老不死と同じぐらい、それは、人間の永遠のテーマだよ」
「不老不死ともイコールかもしれませんよ。瞬時に、すべての可能性を知ることが出来るのなら、それは不老不死と同じことではないですか? 寿命ということ自体が、意味を持たなくなりますから。肉体だって意味があるのかないのか。そうなったとき人間の姿が人間のままなのかどうかも、見当がつきませんね」
真人は深く、深く息をついた。
「そんなこと…。それはもう、人間が手を出していい領域ではないだろうよ」
すると佳澄が皮肉混じりの笑みを浮かべた。
「だから、失敗するのではないでしょうか」
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