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佳澄が、もう無駄と分かっているのかもしれないが、真緒に強い声で呼びかけた。
「真緒、こんなことやってはいけない。正気に戻って、いつもの真緒に。これは真緒から未来を奪った機械だよ!?」
佳澄からすると、真緒からの返事はもはや期待していなかったのかもしれない。
しかし真緒は、優しい声で佳澄に応えた。
「佳澄ちゃん…」
意外だったのか、佳澄は上ずった声で真緒を促した。
「うん。なに、真緒」
「私がなくしたものは、佳澄ちゃんがいつも一緒にいて教えてくれてきたね。でも、もういいんだよ。佳澄ちゃんには佳澄ちゃんの人生があるんだよ」
そう静かに言葉を紡ぐ真緒は微笑している。
「真緒…?」
佳澄は首を傾げた。
「今まで、ありがとう。佳澄ちゃん。きっと佳澄ちゃんなら、私の本当の気持が分かってくれると思う。私がしたいと思っていることも。佳澄ちゃんは、もう一人の私だもの」
「…真緒ちゃん!」
佳澄は息を呑み、それっきり無言になってしまった。
その間にも真人は、牛歩戦術よろしくのろのろと身を屈め、兄様の指示通りにごくゆっくりと服を脱ぎ始めて時間を稼ぐつもりでいた。
それこそまずは靴下からだ、というところだったが、そこまで穏やかに言い終わった真緒が、急に語気を強めて真人のほうに言葉を飛ばした。
「兄様。このノロマをけしかけてください。準備が出来てないうちにスイッチが入ってしまったら大変なんですよね?」
真人をノロマ呼ばわりする乱暴な物の言い方に、ここにきて初めて、真緒に対して怒りあるいは苛立ちのような感情が生じ、真人は思わず動きを止めた。
兄様がゆらりと真人のほうに動いた。
「当然。不完全な転送により、復号化の破損が起こる。かつて起きたことと同じだ。あのときは、設定されている因子とは違う因子が二つも加わってしまったことが原因だったがな」
「失敗するとどうなりますか。昔のように記憶障害が?」
「いや、追加の因子がない状態で、設定と異なるデータの組み合わせになるということは、転送自体は行われ、復号化が失敗するだろう。転送元は消え、エラーの塊が吐き出されて終わってしまう。今さらそんな失敗は出来ない」
「今は、私と本多さんが因子として設定されているんですね」
「そうだ。お前らの情報をセットしている。お前はデータとして真人に統合される」
「お、おい。真緒をそんな風にモノみたいに! 人間をなんだと思ってるんだ!」
「さあ、なんだろうな。ただ一つ確かなことは、この実験が人間の可能性を高めるものだ、ということだ」
暖簾に腕押しの噛み合わない議論で、真人は無力感に襲われた。
「そのプレートは、もう準備出来ているんですか?」
「いつでも。始動ボタンを押すだけだ」
「そうですか。それなら急ぎましょう」
真緒は意地の悪い笑みを浮かべて、辛辣な口調で真人を咎めた。
「ノロいですね、本多さん。今さら男らしくない、さっさとしてください!」
屈みかけていた真人は、憎さまで感じて真緒を見あげ、そこで困惑した。
決して。
決して錯覚ではない。
真緒は兄様に背を向け、真人だけに顔を向けていた。
真緒の表情には。
真人を見る瞳には。
優しさが見えた。
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