第十章 猛る白琴会

第十章「猛る白琴会」1

真人は暗い道を駆けた。制限速度をどのぐらい超えていたかも良く分からなかったが、自分の運転技術が及ぶ範囲でとばせる限りとばして、よこまちストアまで戻ってきた。


エンジンを切るのももどかしく、転がるように店に入ると、寛子が入り口を閉めた。


店自体はすでに閉店していたようで、すぐに佳澄が出てきた。

「お母さん、本多さん! 心配しました!」

佳澄にしてはと言ったら失礼かもしれないが、切に憂慮を浮かべた表情で、真人には少し意外な印象だった。


「俺達は大丈夫。それより、真緒のことだ」

「どういうこと?」

「佳澄。時間がないの。すぐ話をしましょう」

「あ、うん」


例によってコタツを囲んで三人は顔を突き合わせた。

すでに肌寒くなっていた屋外に冷え始めていた真人の身体には、コタツの赤外線が心地よかった。

身体ももちろんだが、あの青い目を思い出すと胸の奥までしみるように冷えてくる。

真緒がここにいないということも、その分で空いた空間以上の喪失感を胸に与えてきた。


寛子が佳澄に手短に状況を話し、真人がたどたどしく説明を補足する。

もっとも、説明といっても、真人は自分が見聞き体験したことをそのまま話しているだけで、それが本当の意味で何が起きているのかの説明にはなっていないと感じてはいたが。


聞き終わった佳澄が、考え込んだ暗い声で言った。

「真緒ちゃん、どうしてあの防空壕に入ったりしたのかな。まだ早いって言ったのに…」


真緒自身の口から聞かされたことが、その理由を示唆していたと真人は感じたが、黙っていることにした。

寛子と佳澄が意図していることと、真緒の想いの間には少し違いがあるようなのだから、真緒の意志を尊重したかった。


代わりに真緒を擁護する言葉でも発しようかと思ったとき、またポケットのスマホが震えたような気がして、ふと思い付いた。


「そういえば。真緒はスマホか携帯持ってないか?」

「もちろん、持ってると思う。私とおそろの」

佳澄が紫のガラケーを取り出す。


「忙しすぎて気付かなかった…。もし、真緒が防空壕から出て安全になっているなら、電波届くんじゃないか?」

「呼んでみる」


だが佳澄はすぐに首を横に振った。

「圏外」


「つまり、まだ防空壕の中にいるか、電源を切っているか、切られているか…」

「…山の奥のほうに行くと圏外の場所もあるわね」

と言いながら寛子の口調は投げやりで、自分でもあまりそう考えていないことを明らかにしている声色だ。


「とにかく、俺は今からでも真緒を探しに戻るよ。放ってはおけない」

「危険よ。マサ君。夜の白琴会の異常さはもう分ったでしょう?」


真人は身を乗り出した。

「そう、良く分かった。けどまったく分からない。あいつらはなんなんだ? それに、美奈子姉ちゃんのこと、もっと教えてくれ、おばさん」


「…何を?」

「分校に捕まってるときに、兄様と、仙境開発の社長に会った。社長は、姉ちゃんの双子の理沙子って言ってたけど、あれは、本当に美奈子姉ちゃんじゃないのか?」

「違う。彼女は、美奈子さんの双子の姉、水谷理沙子よ」


真人は息を呑んだ。

「本当の、本当に…!? 姉ちゃんに、双子の姉がいたっていうのか。しかもそれが、仙境開発の社長!? どうしてそんな大事なことを黙ってたんだ?」


寛子も佳澄も無言だ。ただじっと真人を見て何も言わない。

新旧ミス渋柿のダブル凝視となるとダイヤモンドにでも穴を穿ちそうだが、真人は譲るつもりはなかった。


「他にもたくさんあるよ。君達が何を企んでいるのか知らないが、そのせいで危険が増えるのはもうたくさんだ。出し惜しみなんかやめて、全部教えてくれ。阿賀流の秘密は全部吐き出してくれよ。君達が味方だっていうのなら、俺を信じさせてほしい。でないと俺は、一人でも真緒を助けに行くぞ」


「抑えて、マサ君。すべて説明出来るような時間はないし、私達だって何もかも知っているわけではないのよ。推測しか出来ていないこともある。とにかく、今はまずい。夜は白琴会に逆らっては」


「そう、それだってそうだ。夜はダメだって、何回聞かされたことか。どういうことだよ。あの青い目。異様な動き。兄様も、青道着のあいつらも。あれは、ぞっとするような言い方をすれば、人間離れしていた。青く光る眼なんて、ホラー映画か何かの世界じゃないか!」

唾を飛ばす真人に、寛子と佳澄が顔を見合わせる。


そのとき、ガタリと勝手口のほうでドアが開く音がした。

思わず三人が三人とも腰を浮かせ、勝手口に向かおうと立ち上がりかけた。


「お邪魔しますよー」

良く通る大きな声が、向こうから飛び込んできた。すでに聞き慣れた渡辺駐在の声だ。

「渡辺さん…!」

「…いやあ、激論だったんで、聞こえちゃいました。案外、本多さんの言う通りホラー映画なんですよねえ、これが」


渡辺は勝手口からのっそりと中に上がりこんできた。

「その様子だと、本多さんを助けるのにはどうにか間に合ったようで。黒澤さんの依頼を果たせたというわけですな。良かった良かった」


「ちっとも良くない」

「まあ、まあ…本多さん。そう慌てないことです。…お、暖かい。もうすっかりコタツの季節ですなあ」

渡辺はにっこり笑いながら丸っこい体をコタツに滑らせる。


寛子と佳澄は、渡辺駐在を迎えて、再びコタツに戻った。

真人も話の腰を折られた格好で、仕方なく再び座りこんだ。


渡辺は、ぐいっと顔を真人に向けると、急に真剣な表情に変わった。

「本多さん。彼らは…いや、もう『あれ』は、と言ったほうがいいのかもなあ。ありゃ人間じゃなくなりかけておるんですよ。昼間が苦手な、夜の生き物になろうとしているんです」

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