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車はほどなく仙境開発に着いた。
広い駐車場の一角にレンタカーを停め、寛子に続いて社屋に向かう。
上からの遠望では白いカマボコ状の建物に見えたが、近くでは白というより灰色、コンクリート打ちっぱなしの壁面が多い。会社というより工場と形容すべきだろう。
受付は入り口を入ってすぐにあった。社名のプレートが掲げられた正面の壁に、呼び出しの電話機が一つ。あとはソファがあるだけの簡素な受付になっている。
しかし壁といい床といい、埃も汚れも見当たらない、実にきれいなものだ。
これまで見てきた阿賀流の周りの風景や建物から比べると随分と都市的で、まるで別世界だ。
寛子は勝手知ったる様子で電話機を取り、どこかと通話を始めた。
「…ええ。黒澤さんとお約束で…。見学です」
そんな寛子を見ながら、腕組みをして真人は考える。
まったくの勘であるし、邪推に過ぎないのかも知れないが、真人を宿で襲おうとした者達が白琴会だとしたら、ここ仙境開発とも何かしらつながりがあるのだろう。
末端の人間達だけが関与しているのか、もっと大がかりな組織ぐるみなのか。これから会おうとしている黒澤という常務はどうなのか。
寛子がわざわざ真人のため手配しているだけに、何かはあるのだろう。
鬼が出るか蛇が出るか。あるいは鴨がネギを背負ってきてしまっただけになるのか。
寛子に促されたソファに腰かけて待つこと数分、ドアが開き男が現れた。
「黒澤さん、おはようございます」
「や、清水さん」
常務というからにはそれなりに老いを感じさせる出で立ちだろうと考えていた、真人のよみは外れた。
年齢はおそらく五十代なのではないかと思えるが、壮健な印象を受けた。
体格は良いが、不摂生な印象のする太りかたではなく、スポーツマン風の力強さを感じさせる。
肌はやや焼けている。髪型もさっぱり短めに刈っており、眼鏡もしていない。
寛子への挨拶の返し方一つとってみても、決して見下した感じや横柄さがなく、かといって不要にへりくだった感じもない。
実にフラットな印象を受ける。
このタイプの人間がもし敵に回ると、厄介なことになりそうだと真人は悟った。
じっと目を黒澤に向けると、黒澤もちらりと視線を真人に送ってきた。
力強い。
敵意ではないが、挑戦的な。楽しそうにさえ感じられる。
二、三秒のぶつかり合いだったが、真人には充分だった。
黒澤は真人の何かを知っている。それに、単純な悪意や善意だけではないものを真人に抱いているようだ。
「ご友人が、社内見学をご希望だそうで。合ってますか清水さん」
「合ってますよ。こちらが、本多さん。小さい頃は阿賀流にいたのよ。黒澤さんが来るずっと前ね」
と、寛子は真人を黒澤に紹介した。
続けて今度は真人に黒澤を紹介する。
「この人が、お話ししていた黒澤さん。仙開さんのことを紹介してくれるのよ」
「本多です。よろしくお願いします」
「こちらこそ。取材だそうですね。お手柔らかにお願いしますよ」
黒澤は名刺を差し出した。仙境開発株式会社、常務取締役、黒澤秀樹(くろさわひでき)となっている。
「いやあ、形になるかどうかも分かりませんが、色々教えてください」
ひととおり社交辞令を済ませた真人は、軽くジャブを打ってみた。
「大手でもない取材で、わざわざ常務にご案内いただけるとは思いませんでしたよ。いつもそうなんですか?」
「はは。いつもというわけではありませんよ。清水さんのご相談ですからね。それに、常務といっても、田舎のこんな会社ですから、何でも屋みたいなもので」
苦笑いする黒澤の表情は穏やかだ。隙は感じさせない。
「ささ、時間も限られてますから、早速行きましょうか。取材ということで、基本的には自由に撮影して構いませんよ。ただ、従業員の顔は写さないようお願いします。個人情報が昨今は色々ありますからね。あともちろん、企業秘密に当たる場所では言いますから、撮影ご遠慮願いますね」
真人と寛子はうなずく。
黒澤の説明は流れるようで、落ち着きを感じさせる。
一筋縄でいく相手ではないと真人は見立てた。
「じゃあ、このゲストカードをストラップで首からかけてください。館内ではずっと見えるようにしてくださいね。それがないと、すぐ警備員が飛んできますし、ICカードになっていますから、どこに出入りするにも使うんですよ」
最近の工場やオフィスビルではよくある当たり前の説明だ。それなりにセキュリティはしっかりしているということか。
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