その後は、明日の仙開さん待ち、という暗黙の同意が出来たようで、当たり障りのない会話での食事に戻った。


食事が終わると寛子が訊ねてきた。

「泊まるとこ決まってないんでしょ?」

「ええ。今日もカー泊かなあぐらいで」


「泊まっていきなさいね。部屋ならあるから」

「え、いや、でも……」


「他に当てなんかないでしょ? 他のどこに泊まったって、ロクなことにならないから。うちにいなさい。そのほうが真緒のためにもいい」


「真緒ちゃんが?」

「同じ布団で寝ろってわけじゃないから大丈夫」

「そんなこと分かってるっての。いやなんかさあ、真緒ちゃんが病気か何かみたいな言い方するから」


「あら、失礼。真緒は元気だし、心身とも健康な安産型よ」

「そ、そんなことはいいのッ」

「まあまあ照れちゃって。なんなら私も……」

「い、いやいいです。ホラー映画とか苦手なんで」

「何か言った?」

「いえいえ」


結局、真人は二階のひと部屋を借りることになった。

他の宿への漠然とした疑惑もあるが、決定打は宿代がゼロということだ。取材も真面目にやるなら、予算は削るに越したことはない。


寛子達にはまだ何か裏がありそうにも思える。しかし少なくとも宿を襲った連中よりはマシだ。


人間は、脳を活動させるだけでエネルギーを消費する。

何もしていないときでも、生命活動を維持しているだけで脳は膨大な情報処理を行っている。


こういうときは、どこかでどっしり腹を据えることにも意味がある。

あれやこれやと悩み思考することや、判断することをやめて、成り行きを見守ることも必要だ。


何かがあるときに備えて、そのときに最大の瞬発力で最善の判断を下せるよう。


ここまで起きたことの要点をメモに残してから、部屋の明かりを消し、静かに目を閉じて心を落ち着かせる。


寛子達を信用するなら、阿賀流二日目の夜は何事もなく終わるだろう。


頭を働かせることは避けたかったが、メモをとったことで、少し考えが整理出来たようだ。


十年前はともかく、今回の始まりは、古本に挟まっていた栞だ。

あの栞に導かれて、過去を探す旅に出た。


栞が挟まっていた本をいじっていた男。何者か。これは不明点の一つ目。


そうして阿賀流に着いたのが昨日。


観光案内所の真緒と佳澄は、最初はただの名物嬢かという程度に考えていたが、今日を経て、どうやら真人と昔から知り合いらしいということが分かった。


基本的に彼女達は真人に好意的なようだし、味方を約束してくれている。

だが、何かまだ違和感があるのも確かだ。


真緒への違和感は、真人との過去に何かがあったように思えること。当の真人は覚えていないことを。


佳澄への違和感は、言動そのもの。ふざけた態度かと思えば、突然小難しいことを喋る。


そして寛子も含めた三人に共通している違和感は、彼女達の間にあるパワーバランスとでも言うべき不思議な構図だ。


年齢からしても、てっきり寛子が三人のまとめ役かと思いきや、どうも、リードしているのは佳澄のように思えて仕方がない。

あるいは、行動の主体は寛子でも、娘の佳澄がお目付け役になっているような。


そしてその二人とも、さらに真緒のほうが上の序列にあることを認めている。

序列という表現が正しいのかどうかは分からないが、真人が信頼すべき順番だという言い方だった。


佳澄と真緒の変化。

観光案内所にいたときとは、どちらも随分印象が異なった。


おふざけな言動から想像も出来なかった、学者肌とでも言うべき発言が飛び出す佳澄。


それと逆にというべきか、案内所での快活な印象から一転、物静かな雰囲気になった真緒。


そして三人とも、真人の幼い頃をよく知っている。

それにもう一人、誰か幼馴染みがいたようだが。

兄様と真緒が言っていた以上、真人達より年上で、男性だろう。


必然的に、怪電話をかけてくるミスターXの声が思い浮かぶ。

思い込みで決め付けるのは早計だが、真人には、その二人が同じ人物だという予感がしてならなかった。

ミスターXが誰であれ、寛子達との接点があるのかどうか。そこにも一つのポイントがありそうだ。


当面、あの三人を当てにするとしても、全面的に信用するには少し早いだろう。

まだ、何かある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る