ヒトと罠とペットボトル

「はい。これでどうかなヨウ?」

「丁度いいな。刃渡りの長さも手頃だし、片刃だから作業するにも向いてる」

 カイリから渡された骨のナイフを手にヨウは感嘆の声を上げる。巨大な獣の骨から削りだした白亜の刃、どちらかというと短剣に近いぐらいの長さではあるが、それでもヨウは嬉しそうにそのナイフを眺めている。

 時刻は朝飯時、ヨウの寝床になっているビーク小屋の側で、ヨウとカイリ、そしてゾボロの三人が話していた。

「ありがとうカイリ。これで色々と作業がし易くなった」

「作業? なんの?」

「色々とだよ」

 カイリの疑問に曖昧に答え、刃を布で巻いて紐で括る。それを腰から提げたところで、カイリの後ろに立っていたゾボロが重々しく口を開いた。

「そういう代物を欲しがったということは、やっぱりそういうことなのだねヨウ君」

「……はい?」

「へ? ゾボロさんどうしたの?」

 カイリだけでなく、言葉を向けられたヨウ本人も首を傾げる。

「ああ、大丈夫だ。村の皆には私の方から言っておこう。ヨウ君が、私たちについてこの村から出て行くということを」

「え!? ヨウ出て行っちゃうの!? なんで!?」

「いや、出ていかないけど……」

 急に話が飛んでパニックになるカイリに冷静にそう言い、ヨウは一昨日にゾボロの言っていたことを今更ながらに思い出す。

「そうか、違う違う。今日来てもらったのはそういう話じゃないんだゾボロさん」

「何? 違うのかい?」

「ああ、俺はまだまだ村からは出ていかないよ」

 ゾボロはヨウがこの村から出て行く決心をしたのだと勘違いしたのだろう。取り回しやすいナイフなどを求めたから、余計に勘違いさせてしまったのかも知れない。

「そうじゃなくてゾボロさんに買ってきて欲しいものがあるんだ。頼めるか?」

「そ、そりゃあ構わないけれど……」 

 ヨウの意外な申し出に少し戸惑うもそう言って頷くゾボロ。

「助かる。買ってきて欲しいのは布なんだ」

「布?」

 声を上げたのはカイリだった。ヨウの要求が意外だったようである。

「布なら前に買ったのがまだいっぱいあるよ? アマラさんに言って分けてもらってくる?」

「いや、それは服を作ったりする為の布だろ? そういうのじゃなくてもっと目が細かい……水の微細な汚れを濾し取れるようなやつがいい」

「水の汚れ……んん? まさか濾過装置を作ろうとしているのかい?」

「そうだ。他の材料は自然から調達できても、これだけはそこらにはないからな」

 ヨウが作ろうとしていたのは、以前ゾボロが話していた生け簀、それの水を濾過する為の装置である。

 昨日一日考えてみて、ビニティの技術があればほとんどの材料は森から調達したもので間に合うと判断した。ただ、コーヒーネルのような布となると流石に調達できないので、そればっかりは買ってきてもらわなければならない。

「ううむ、正直あるかどうかは分からないな……けれどどうして急にそんなことを?」

「別に、大した理由があるわけじゃない。俺にできそうな数少ない仕事の一つがそれだっただけだよ」

「ひ、卑屈なことを言うね君は……」

 やや引いた表情を見せるゾボロ。そして少し考える素振りを見せる。

「そうだね……そういうことなら私に任せるのではなくヨウ君も一緒に来るのがいいだろう。私では君の欲しい物がなんなのかきちんと伝えきれるか分からない」

「そう、か……それじゃあ俺も明後日についていくよ。ありがとう」

「いやそれはいいのだけれど……本当に大丈夫かい? ここで暮らして」

「大丈夫だってゾボロさん。俺のことなら心配しなくていいよ」

 心配げにこちらを見るゾボロにヨウは気さくに笑い、そしてカイリの方に視線を移した。

「そんじゃそろそろ出るよ。カイリ、いつも通り村の外まで頼む」

「おっけーっ! でもヨウ大丈夫? また気を失うんじゃないの?」

「ああ間違いなく失うと思うから、その辺もよろしく」

「……ヨウ、なんだか開き直ってない?」

 そんなことを話ながらヨウはカイリと歩き出す。腰ではカイリからもらったナイフが歩く度に揺れていた。 


     +++


「これ……もう何度目?」

「さあねー?」

 トトに連れ帰られてきたヨウを見下ろし、リーシャは呆れ気味に嘆息する。夕刻、また気絶して戻ってきたヨウにもはや大人達は集まらなくなっていた。

 ヨウがこの村にやって来てから三日経つが、毎回村まで戻ってくる度に気絶して戻ってきている。その内目を覚まさないでポックリ死んでしまうのではないかとも思っていたが、中々どうしてしぶとい。

「おねーちゃん……もうこいつのおくりむかえやめたら? ひとりで村をでいりできないのなんて、自分のせきにんだよ……」

「んー、でもボクはヨウにーちゃんの師匠だからねー」

 そう言って悪戯っぽく笑うトト。

 ――可愛い……。

 自分と同じ顔つきながら、暗い性格の自分とは違って明るく活発な姉の笑顔にリーシャは心が締め付けられる。

 それに引き替えヨウはまったくダメだ。泳ぎもできないし手先も器用ではない。最初にやって来た日からまったく代わり映えしない……と思っていたリーシャだったが、そのとき半眼のその瞳に、昨日までとは違う部分が二つ映った。

 一つは腰から提げられた骨から削りだしたナイフ。そしてもう一つは、

「……? おねーちゃん、これなに?」

「ん? あーヨウにーちゃんがなんかつくったんだって」

 それは、不思議な形をした籠だった。

 短冊状に切られた細長い木片、それを木の皮から作った紐で組み合わせ、漏斗のような形にしてまとめた物体だった。

「てきとうなつくり方だね……こんなのわたしがつくったら、おとーさんにおこられちゃうよ」

 そう言いながらリーシャはその道具を持ち上げてみる。

 その瞬間、籠の底が開いて二匹の魚が地面に転がった。

「えっ?」

「おーすっげー。ヨウにーちゃんおさかなとったんだ?」

 驚くリーシャと感心しているトト。と、そのとき背後でゴホゴホと咳き込む音がした。

「よ、ようお前ら……」

「ヨウにーちゃんおっはよー」

 苦しそうに呼吸を整えながらヨウが膝に手を突いて立ち上がる。それを見ていたリーシャは、魚が出てきた奇妙な形の籠とヨウの顔を見比べて問いかける。

「これ……なに?」

「それか? 魚を捕まえる為の罠だ」

「わ、わな……?」

 困惑するリーシャの横を抜け、ヨウはその籠を掴み上げる。

「その辺に落ちてる木……村の皆が切り倒した木を削って作ったんだ」

「……? どういうしくみ?」

「簡単なモンだよ。ペットボトルを半分に切ってそれを逆向きにくっつけても同じ物ができる」

「ぺっとぼとる?」

「あ、いや違う……まあいいや。ともかく仕組みは簡単だ。壊さなきゃ見てもいい。さあメシだメシだ!」

 そう言ってヨウは魚を掴んで小走りに走って行った。昨日一日カチュアしか食べていないと聞いたので、相当お腹が減っているのかも知れない。

「……」

「どーしたの? ちょっとはヨウにーちゃんのこと、みなおした?」

「……そんなわけ、ないでしょおねーちゃん」

 からかうような口調のトトにそう答え、リーシャはその罠を観察する。

 構造は確かにヨウが言うように簡単だった。漏斗状になった上蓋は、入るときはなんとか滑り込むことができるが、体の幅いっぱいの狭いその穴は、一度入れば逆側からは出てこられない。そして魚を閉じ込めて捕らえる。

 ビニティなら魚は泳いで獲った方が早い。こんな手間をかける必要も無い。だが、

「……おもしろいことするね、あいつ」

 足りないからこそそれを埋める為に作られた道具。それを目にしてリーシャは小さく呟いた。


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彼方へのレガシー 雨空修一 @ranobe22

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