小さな師匠

「ヨウ! おっはよーっ! ちゃんと眠れ……あれ?」

「カナタ! 君に少し話が……んん?」

 朝、まだ空が薄暗いその時間、カイリはヨウを起こしにビークたちの柵に向かったところで、フィンネルとばったり出会した。

「フィンネルさん? なんでこんな朝早くに?」

「カイリこそ。仕事に取り掛かる時間にしてもまだ早すぎると思うけれど」

「私はヨウが心配だったからだよ。こんな場所で寝させられて大丈夫かなーって。そう言うフィンネルさんこそなんで? ヨウになにか用事?」

 そうきかれた途端フィンネルは、「う……っ」と気まずそうに視線を逸らす。

「い、いや僕は……ちょっと彼に用事が……」

「あ、またヨウにイヤなこと言うつもりでしょ? そういうのだったらダメ。いかせないからねフィンネルさん」

 半眼で少し怒ったようにそう言うカイリ。しかしそれに対して何故かフィンネルは焦って首を横振る。

「っ! ちょっと待ってくれカイリ! 違う違う! そういうのじゃないんだ! 今日はただ――」

「しー、フィンネルさんうるさい。まだ村のみんな寝てるんだよ?」

「ぐ、うぅ……」

 カイリに言われ困り果てたように顔をしかめるフィンネル。と、そこでカイリはふと気付く。

「あれ? そういえばヨウは?」

「え?」

 柵の中を見ると、そこには誰もいなかった。ならビーク達が眠る小屋の中にいるのかなとも思ったが、しかし小屋の外にはヨウが使っていたと思われる薄布が敷かれている。

「なんだろ、もう起きてるのかなヨウ」

「いやどうだろう、起きたとしても特にすることもないはずだけれど……」

 二人して唸るカイリとフィンネルだったが、そのとき、「おとーさん……」という小さな声が後ろからした。振り返ると、眠そうに目を擦るリーシャがフィンネルを見上げていた。

「リーシャ? どうしたんだこんな時間に。まだ陽も昇ってないっていうのに」

「あのね……さっき起きたらおとーさんがいなくて……それで、おねーちゃんにそれを言おうと思ったら、おねーちゃんもいなくて……」

「なんだって?」


     +++


「おーい、ヨウにーちゃんだいじょーぶ?」

「……大丈夫だ」

 こちらを見下ろすトトに応え、体を起こして口の中に入った枯れ葉をぺっと吐き出すヨウ。

 二人がいたのは、村から出てすぐのところにある川岸だった。すぐ側では、一頭のビークがヨウのことを珍しいものでも見るかのように見つめている。

「しっかし、だらしないーなーヨウにーちゃんは。ちょっともぐっただけで気絶するなんてなー」

「はは、まあそうだな」

 苦笑いを浮かべるヨウ。しかし、先ほどまで意識を失っていたにも関わらず、ヨウの振る舞いは普段とまったく変わらなかった。

 ――流石に四回目だしな……。そろそろ気絶慣れしてきた。

 胸中でそう呟き、即座に、「気絶慣れってなんだよ」と思わず自分でつっこむ。そんなヨウの様子をトトは不思議そうに見ていた。

「にしても、よかったのかトト。俺のこと手伝ってくれて」

「うん、だいじょーぶだよ! ボクいっつも早起きだから! べつにこれぐらいなんてことないって!」

「いや、そういうんじゃなくて」

 ヨウは、昨日のことを思い出して言葉を次ぐ。

「その、トトは昨日で俺を見限ったと思ってたから……」

「ん? なんで?」

 きょとんと、本当にヨウが何を言っているのかわからないという表情で、トトは首を傾げた。

「きのうのことなんて一晩たったらもうオシマイじゃん。へんなのー」

「そ、そうか」

 ヨウはあっけらかんと笑うトトを見る。父親や妹と違って随分さっぱりとした性格だ。もしかすると母親似の性格なのかも知れない。

「それに、なんたってボクはヨウにーちゃんのししょーだからね! ふふん!」

「そ、そうか……」

 トトは腰に手を当てて得意げに笑っていた。その声は弾み、少し興奮しているようにも見える。もしかすると生まれて初めて弟子ができたことで舞い上がっているのかもしれない。

「ほらほらヨウにーちゃん! ボクのことししょーって呼んでみてよ!」

「え?」

「ほらほら! はやくはやくっ!」

 そわそわそわそわと、まるで玩具を見せられた子犬のように目を輝かせるトト。それを見てヨウは少しだけ逡巡した後、

「……師匠?」

「~~~~っ!!」

 その言葉を聞いた瞬間、トトは嬉しさ爆発といった様子で手足をばたつかせる。

「もっかい! もっかい言って!」

「師匠」

「くぅ~っ! もーいっかい!」

「師匠……」

「よ、よーっし! わかったヨウにーちゃん! ならこのボク、トトがヨウにーちゃんをびしば――」

「おねーちゃんっ!」

「ぐえっ!?」

 直後、有頂天になっていたトトの横っ腹に、水面から飛び出してきたリーシャのドロップキックが炸裂した。

「う、うぐ……なにするのさリーシャ……」

「おねーちゃんなにしてるの! そいつとかってにでてきて! なにかあったらどうするの!」

 苦しそうに呻くトトにリーシャがぷんぷんと怒ってみせる。どっちが姉だかわかったものではない。

「おーいリーシャちゃん、いたー? ってうわあどうしたの!? トトちゃん顔真っ青!」

「ほ、本当だ! リーシャ、トトに何かあったのかい?」

「え……?」

 遅れて岸に上がってきたのはカイリとフィンネルだった。二人の顔を見てリーシャは少しだけ考え、

「……あいつがやったんだよ」

 まっすぐにヨウを指差した。

「カナタ! キッサマァ!」

「いや信じないでよフィンネルさん。まっすぐリーシャちゃんが泳いでいったの見たでしょ?」

 激昂しかけたフィンネルに、カイリから冷静なツッコミが入った。

「それでヨウ、どうしたのこんな朝早くに外に出て」

「……どうせ、きのうやくにたたなかったから、もう出ていこうとかおもってたんでしょ?」「何!? カ、カナタそれは――」

「いや、違う」

 急に焦った表情を見せたフィンネルだったが、それを即座に否定し、「残念だったな」とつまらなそうに言う。

「色々とやりたい事があったから、早起きして動き出してただけだよ……まあ、といっても一人じゃ出られないから、ちょうど顔を合わせたトトに連れてきてもらったんだ」

「ししょーだからね! ボクは!」

 大きく胸を張るトト。実に誇らしげである。

「えらそうにいわないのおねーちゃん。ビークといっしょじゃないと私たちはまだ出てこられないでしょ」

「なっ? そ、そんなこというならリーシャもでしょ! それにボクはリーシャとちがって、もうほとんど泳いででられるもん!」 

「そんなの関係ないよ……わたし、ずっとおとーさんのせなかにくっついていくから」

「そんなのだめにきまってるじゃん! ばっかじゃないの!?」

「おねーちゃんとカイリちゃんにだけはいわれたくない……」

「私関係なくない!?」

 二人してケンカしているトト達。その様子を見ながらビークはつまらなそうに欠伸をしている。

「なんか……今日のランタン気怠げだな。まだ眠いのか?」

「? それ、ランタンじゃないぞカナタ」

「え?」

 ヨウの言葉にフィンネルがそう言い、それにカイリ達が続く。

「うん、その子は別の子だよ? ランタンはまだ寝てる」

「えー? まさかヨウにーちゃん知らなかったの?」

「……ださ」

「え? いやそれは……」

 そういわれて慌ててヨウはビークを見る。ビニティ達にとっては一目瞭然なのだろうビーク達の違い、しかしヨウにはまったく見分けがつかない。

「いやいや、そんなもん分かるわけ……」

 そこまで言って、視界にフィンネルの顔が入る。

 そしてそれと同時に、昨日の言葉が思い起こされた。

「……?」

「いや、なんでもない」

 そうだ。得手じゃないからできないじゃすまされない。昨日言われたばかりではないか。そうしてヨウは咳払いを一つして、カイリ達の方を見る。

「まあ色々話したいこともあるんだが、それはひとまず後回しだ。とりあえず俺は今日一日自分のできる事から始めていこうと思う」

「よしきた! それじゃあ私、今日もヨウのこと手伝えばいいんだね!」

 息巻いて声を上げるカイリ。しかしヨウはそれに対して首を横に振る。

「いや、カイリはカイリで自分の仕事をやっててくれ。俺は、ひとりでできることをやっていきたい」

「え……?」

 それは、カイリにとって予想外の答えだったのだろう。いやカイリだけでなく、フィンネル達も同じように目を丸くしている。

「そ、それは大丈夫なのか? カナタ一人でできる仕事なんてあるとも思えないけれど……」

「そうだよヨウにーちゃん! どうせまたおぼれるか食べられそうになるかするだけだって!」

「うん、まちがいないね……」

「息をするように失礼だなお前ら」

 まっすぐに飛んできたその言葉に少しだけいらっとしながらも、ヨウは言葉を続ける。

「大丈夫だ。危なくなったら素直に助けを呼ぶし、自分の食い物の自分で調達する。だから一日放っておいてもらっていい。邪魔にはならないようにする」

 そう言って、ヨウはフィンネルを見た。

「残念だったな。俺が出ていかなくて」

「っ……待ってくれカナタ! 僕が言いたいのはそういうことではなくてだな!」

「ああそうだ。トト、日が暮れる前ぐらいにビークとまた来てくれるか? 俺一人じゃ村に入れない」

「えー? なんでボクがー?」

「頼むよ師匠」

「まっかせてよ!」

 フィンネルが何か叫んでいたが、それを押しのけてヨウは話を終わらせ、カイリ達に背中を向ける。

「そんじゃあまた後でな」

「いや待てカナタ! こっちの話はま」「ヨウ!」

 その時、まだ何かを言おうとしていたフィンネルを遮って、カイリが声を荒げた。

「ほ、本当に大丈夫なの? 私、その……」

「大丈夫だ」

 即答だった。カイリの不安を打ち消すように、ヨウは何でもないように言う。

「こっちはこっちでなんとかするから、カイリも今日は自分のことを頑張りな」

「……う、うん」

 それ以上なにも言えずカイリはぎこちなく頷く。

 そしてヨウは、そこらに生えていたウドを一本千切って、森の奥に消えていった。


 

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