ここから

 星が見えない。木で作られた天蓋に遮られて見上げてみても僅かに明かりが射し込むばかりだ。

「……」

 ヨウにあてがわれた寝床。ビーク達の柵の内側でヨウは大の字になっていた。。一応最低限お気遣いはしてくれたのか、低い柵の中にはヨウが手足を伸ばして寝転べるぐらいの大きさの布が敷かれて、その上でヨウは食べ終えた肉の取り皿と一緒に天蓋を見上げている。

 ――寝心地が悪い……下が硬くて眠れない……。

 体は疲れているが妙に目は冴えている。それに加えて土の硬さをダイレクトに反映するこの薄布では、まったくといっていいほど眠れない。

 せめてランタンのふわふわした体に寄りかかって眠れればまだ寝付きもよかったのだろうが、ビーク達はもうみんな小屋の中に入ってしまっていた。

「……まあ村の外に追い出されなかっただけマシか」

 外に出ていればきっと今ごろ昨日出会した森の王とやらの餌食だっただろう。いや、こんな大きな天蓋で村全体を覆っているぐらいなのだから、もしかするともっと他にも巨大な捕食者がいるのかも知れない。

 これからどうしようかと、考えをまとめる。

 まず大前提として死ぬのは論外だ。今も首から提げているドッグタグに刻まれた文字に誓って、ヨウは生き続けなければならない。

 なら次にどう生きるかという話になってくるが、これが難問だ。

「この村か、この村以外か……」

 ゾボロはこの村を出て生きた方がいいと言った。ゾボロがどういう性格であるのかはまだ完全には掴みきれていないが、それでも彼が善人であるということはひしひしと伝わってくるし、単純な偏見だけで物事を計ったりしないということも分かる。

 そしてそんなゾボロでさえもヨウに出て行くことを勧めるのだ。本当にヨウは出て行った方がいいのだろう。

「……」

「ほ、なんじゃ。渋い顔をしおって」

 その時闇に慣れた視界に淡い光が射し込む。僅かに目を細めてその方向を見ると、ランプを手にしたビャクシンがすぐ側に立っていた。

「ビャクシン……さん」

「さんはやめい、こそばゆいわ。他の者と同じようにババ様と呼ばんか」

「……ババ様?」

 言われてまじまじとビャクシンの顔を見る。

 真っ白な髪にしわくちゃの顔。笑顔が不思議とよく似合うその穏やかな顔は、まかり間違っても様という感じは似合わない。

「じゃあ……ばあちゃんで」

「……敬意が足らんが、まあええじゃろ。隣いいかの?」

 そう言って柵を跨ぎ、ビャクシンはヨウの隣に座る。それに合わせて体を起こしたヨウは、ビャクシンが地面に置いたランプに視線を移した。

「これはジンクという街で商いをやっておる者から買い付けた明かり取りじゃ。木を使ったものなら大抵作れるが、硝子やら金細工は儂らは不得手じゃからのう」

「……」

 ビャクシンの言葉を聞きながら、硝子の奥で揺らめく炎の光を見る。そしてビャクシンの方を見ないままに問いかける。

「三日後、ゾボロさん達がそのジンクに行くって言ってた……それで、よかったら森の外まで送っていくから、ジンクに向かってみたらどうだって……」

「ほう、それでなんじゃ?」

「俺、ついていった方がいいと……ばあちゃんは思うか?」 

「……知らん。そんなもんは自分で決めい」

 腹を括って問いかけたヨウに帰ってきたのは、身も蓋もないほどあっさりした答えだった。

「なんで儂がお主の今後を采配せねばならん。どこで生きるかなど、自分で決めればいいじゃろうが」

「いやまあ、そうなんだろうけどさ……」

 口ごもり、沈黙が流れる。

 言いたいことは山ほどある。これ以上ここにいても迷惑をかけるだけだとか、でもカイリを置いていくのは忍びないとか、しかし泳ぎも手先の器用さもないヨウにこれから何ができるのかとか、喉まで出かかった言葉はいくらでもあった。だが、その全てが口をついた瞬間ただの言い訳になると知っていて、だから何も言えずにいる。

「何に悩んでおるかは大方見当がつくわ……お主、もう少しいい意味で鈍いと思っておったが、案外繊細じゃな」

「繊細?」

「いくら悩もうが行動が伴わぬでは何も変わらぬ。そうやってウジウジしているだけ時間の無駄じゃて」

「無駄ってなんだよ。実際俺は泳げもしなければ技術だって……」

「無駄じゃろう。出来ぬ事ばかり数えて己を下に下にと押し込んでおる」

 そう言ってビャクシンは僅かに口角を上げる。こちらの内心などお見通しというような、そんな風な笑い顔である。

「魚を捕まえるのが得意な者、手先が器用な者、力が強い者、いろいろおる。じゃができることの数で貴賤がつくということでもない。何かを持たざるのなら、代わりの何かを必ず持っておるのじゃからな」

「……っ」

 そう言われて僅かに息を呑み、しかしすぐに頭を振る。

 ――そう言ってくれるのは嬉しいけど、俺が持っているものなんて……。


 ――ヨウ! 教えてよこの世界のこと!


「……あ」

 思い出したのはカイリの言葉。カイリが誉めてくれたヨウの知識のこと。ヨウがこの世界でも持ち合わせる、ちっぽけなもの。

「……ありがとう。やる気出てきた」

「ほう? なんじゃ急に調子づいたの」

「ああ、ちょっとやるべきことが見えてきた」

「そうか。なら気張るとええ……」

 そう言ってビャクシンは立ち上がる。その顔には満足げな表情が浮かんでいた。

「精進せい。それが、あやつへの弔いにもなろう」

「ん?」

「おっと……口が滑ったの。そいじゃの」

 そうして、ビャクシンは柵を再び跨いで村の中へと消えていった。

 ――口が滑ったって……なにが……。

 ビャクシンの言葉の意図がわからず考えるヨウだったが、それは考えても恐らく栓のないことだろうと思い直して目を閉じる。

「ひとまず、持っているものを一つずつ試していこう……」

 胸中で呟き小さく手を握りしめる。

 はじまりは、ここからだ。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます