三度目の

「そんでこうでこうでこう。ヨウ分かった?」

「……えっと」

 ね、簡単でしょう? と言わんばかりに、お手本として組みあげた枝の塊をポンポンと叩くカイリに向け、ヨウは何とも言えないような曖昧な笑顔を浮かべる。

 ダムの外壁にあたる枝の層の組み方を教えると言ってくれたのはよかったのだが、どうにもカイリの説明はあまりに感覚的すぎて何一つ伝わってこなかった。そのくせ手際だけは異常に良く、喋りながらもパズルのように幾重にも組んだ枝は、少し叩いたぐらいではビクともしない。

「分からなかった? そんじゃもう一回……」

「い、いや大丈夫だカイリ」

 再び枝を手に取ろうとするカイリを慌てて制する。もう一度きいたところでわかる気がしない。

「とにかくこの枝を壊れないように組み合わせていけばいいんだろ? ならなんとかなるさ」

「そう? うん、それならいいよ。じゃあヨウも一緒にお願いね」

 そう言ってカイリはダムの破損箇所へテテテと走って行く。トトとリーシャは既に作業に取り掛かっていた。背中に二宮金次郎のように枝を大量に背負い、カイリほどではないが手際よく枝を組み合わせ、それを木の皮で作った紐で結びつけて固定していく。

 ――よくもまあ、あんな鮮やかにできるもんだ……。

 三人の働きぶりに感心しながら、自分の枝を背負ってぽっかりと空いた穴に向かっていき、膝ほどの深さとなっている水の中へ進んでいく。。

 枝の層はどうやら細長い木の幹を骨組みとして、それに肉付けするように作られているようだった。カイリやトトはその幹を足場にして上の部分を修復している。細い足場の上で手を動かすその様子は、ヨウからすればほとんど曲芸のようだったが、当人達は一切の危なげもなく作業を進めていく。

「流石にあれは無理だな……」

 二人の仕事ぶりに若干呆れながら、目の前の高さにある幹に触れてみる。と、そこから少し離れた場所では、同じく手の届く範囲で黙々と作業を進めているリーシャがいた。

 ふとリーシャと視線が合う。するとその目いっぱいに不信感を宿してヨウを睨んできた。

「……なに? あんまりじろじろ見てると、おとうさんにいうよ?」

「そんな警戒するな。手本にしたいだけだよ」

「……かってにすれば」

 そう言ってリーシャはヨウに向けていた視線を手元に戻す。やはりというかなんというか、その態度は氷柱のように鋭くて冷たい。。

「……」

 苦笑いしながら、ヨウは自分の目の前の木の幹とリーシャの手元を見比べる。リーシャは枝を幹に絡めるようにして固定し、適度にしならせそれを紐で結ぶ。それらの工程を繰り返して枝の層を大きく広げていた。

 ―—こうか……?

 リーシャの見よう見まねで木の幹に枝を数本絡める。すると意外にすんなりと枝はしなって噛み合わさった。そしてそれらの組み合わさっている部分を紐で縛ると、多少不格好ではあるがカイリたちが作っているのと同じ枝の塊ができる。

「おぉ、できた……」

 初めて作ったその小さな枝のブロックに思わず感嘆の声を上げる。ビニティたちにとっては当たり前にできることなのだろうが、それでも嬉しいものは嬉しい。

 作っていて気付いたが、この枝の層はどうやら防波堤のような役割を帯びているようだった。

 ダムに当たる水流を入り組んだ枝の層が散らし、流れを殺してダムへの負担を減らす。ちょうど岬に置かれるテトラポットと似たような役割を持っている。

「こらにーちゃん! 手をとめないの!」

「っ、はいはい!」

 感心して手を止めていると頭上からトトに叱咤され、慌てて作業を再開する。その次も同じように枝を組み合わせて紐で結び、少しずつ作業を進めていく。

「なんか……楽しいな」

 周りを見るとカイリたちはヨウよりも十倍は手早く作業をこなしている。しかしそれでも、いま確実に自分は役に立っているという事実がヨウには嬉しかった。

 ―—頑張ろう……皆に受け入れてもらうために。

 そんな思いを背負い、ヨウはさらに手元に意識を集中させた。


     ・ ・ ・


「お仕事! 終わっ……たーっ!」

「いえーっ!」

「おねえちゃん……う、うるさい……」

「元気だなお前ら」

 ハイテンションで騒ぐカイリとトト、そしてそれをローテンションでなだめるリーシャ。そんな三人を横目にヨウは塞がった穴に視線を移す。

 さすがはビニティの技術力。なんともきれいに、破損していた痕跡も残さずにダムは修復されていた。ヨウが修復した部分を除いては。

「いやー、それにしてもにーちゃんぶきよーだな! あそこだけめちゃくちゃぶさいくじゃん!」

「あはは、まあ初めてだししょうがないよ。ね? ヨウ」

「はは……」

 カイリにそう言われヨウは苦笑する。ヨウが修復した部分は確かに不格好で、ダムの壁にできた瘡蓋のようにぽっこりと膨らんでいた。

「今後の課題だな。精進するよ」

「しょーじん? ってなんだカイリねーちゃん?」

「野草の名前とかじゃないかな?」

「ふたりとも……」

 同レベルの二人の発言に、リーシャは頭を抱えていた。

「それじゃいこーぜみんな! カイリねーちゃん今日はおさかなどれぐらいとれたの?」

「あ、あはは、今日はちょっと調子が悪くて全然獲れなくて……」

「えー? カイリねーちゃんが? めずらしーな」

「……」

「……なんだよリーシャその目は」

 どうせお前が足を引っ張ったんだろと言いたげにリーシャがこちらを見ている。しかし本当のことなのでなにも言えない。

「まあ魚については大丈夫! 他の人も頑張ってるだろうし、とりあえず一旦村に――」

 と、そこまで言ったところでカイリの動きが止まった。

「……? カイリ?」

「ヨウ、これ……」

 カイリの視線はヨウが修復した場所に向いていた。ヨウの顔とダムを交互に見て、その目はにわかに動揺の色を帯びていく。

「おーいリーシャ! トト! 修理は終わったかい?」

「あーっ! おとーさんだ!」

「おとうさん……っ!」

 その時後ろから声が飛んできた。振り返るとそこにいたのはフィンネルで、父親が来たと分かった途端、トト達はそちらへかけていく。

「っ、なんで君が、ここにいる?」

「開口一番にそれかよ……なんでって、ここを手伝わせてもらってただけだ」

 フィンネルの言葉にややぶっきらぼうにそう返すヨウ。しかしその言葉を聞いた瞬間、フィンネルは、「なんだって?」とやや上ずった声を上げた。

「手伝う? 君がこれを?」

 信じられないという風にこちらを見て、次いでフィンネルは視線をカイリに移す。その瞬間カイリの肩がビクリと震えた。

「カイリ。彼が直した部分を見せてくれ」

「えっ? な、なんで?」

 フィンネルに言われたカイリはダムを庇うように立ち塞がりながら乾いた笑顔を浮かべる。

「……っ」

 ヨウは思わず息を呑む。その態度だけでもう、カイリがなにを隠そうとしているのか判断するには充分だった。

「……カイリ、見せるんだ」

「あっ」

 カイリの体を押しのけてフィンネルはヨウが修復した場所を見る。

 その瞬間フィンネルの目の色が変わった。

「ふ、ふざけるなァ! なんだこれは!」

「ッ!?」

 感情任せ、力任せに胸ぐらを思いっきり掴み上げられる。フィンネルの目は今まで見せていた怯えではなく、ヨウに対するはっきりとした怒りに染まっていた。

「な、なんだよ? 確かに不格好だけど、でも俺はちゃんと……」

「ちゃんと、だって? 彼にやり方を教えたのは誰だ。トトかリーシャか、それともカイリか?」

「ち、ちがうよ! ボクじゃないよとーちゃん!」

「わたしも、ちがう……」

「……ごめんフィンネルさん。私」

 怒りの滲んだ声に応えたのはカイリだった。目を伏せ、申し訳なさそうに視線を下げている。

「君かカイリ。そもそも彼の面倒を見ると言ったのは君の筈だろう。きちんと教えてなかったのかい?」

「ご、ごめんなさい……」

 カイリはただただ申し訳なさそうに頭を下げた。その姿に小さく舌打ちし、フィンネルは、「見るんだ!」と強引にヨウの顔をダムに向ける。

「君が直した場所だ。結び方が悪い、枝の密度が足りていない、木の組み方もお粗末だ。こんなものでダムとしての役割を果たせるとでも思っているのか」

 フィンネルに言われて改めて自分が直した部分を見る。しかしヨウには、指摘されてなお何が悪いのか分からない。

「ち、違うよフィンネルさん! これは、ヨウじゃなくてきちんと教えなかった私が……」

「教えなかった? ふん、どうだか。今も自分がやらかした不手際が何なのかもわかっていないような彼だ。カイリの説明が理解できていなかっただけじゃないのかい?」

「……っ」

 それはまさしく図星だった。カイリの説明がわからないと最初から匙を投げて、自分のわかりやすい形で勝手に作業を進めたのである。

「これだから余所者は……こんな子供でもできる仕事一つまともにこなせない奴を置くだなんて、ババ様は一体何を考えているんだ」

「そんなこと……っ」

 口をつきかけた反論の言葉をヨウはかろうじて飲み込む。子供のトトとリーシャでもできることができなかったのは、まぎれもない事実なのだから。

 ——いや、でもだからって……。

 しかし嚥下した反論の言葉は、喉の奥に従ってふつふつと沸き立つ怒りに変わっていく。そもそもヨウは今日が初めての仕事だったのだ。それを、ずっとこの川で生きてきたビニティたちの仕事ぶりと比べるのは理不尽に思えた。

「……んなこと、ビニティと比べるなよ」

 思わず、本当にぽろりと零れたその言葉。しかしそれを耳にした瞬間、フィンネルの目つきが変わった。

「……一つ、教えておこうか」

「え?」

「このダムは、僕らの集落を守る生命線だ。村の周囲の水位を調整しつつ、住みやすい形に環境を整える。雨で流れが増大した時には村を守る盾にもなる。だから僕らはこのダムが壊れないように毎日細心の注意を払っているし、特にこの一番上流のダムはそれこそ自分の体よりも気遣っている。そしてそんな風にして造られたダムがあるからこそ、子供達も大人達も、安心して過ごせるんだ」

「そ、それぐらいわかってる」

「いいや、わかっていない」

 そう言って、フィンネルは一層強くヨウの胸ぐらを締め上げた。

「わかっていないから、得手じゃないから雑な作りでも仕方ないなんて言い訳が平気でできるんだ」

「っ!」

 フィンネルの言葉に、ヨウは呼吸が止まりそうになった。

 固まったヨウを目に、不愉快そうにフンと鼻を鳴らしてフィンネルは手を離す。力の抜けたヨウの体は、そのままストンと崩れ落ちて尻餅をついた。

「村に住む以上はビニティじゃないってことをできない理由にするのは許さない。それがイヤだって言うんなら、どうぞここから出て行くといい」

 そう言い捨ててフィンネルはヨウが直した部分をバキバキと音を立ててばらしていく。ヨウが時間をかけて作った枝の壁が、いとも簡単にただの枝へと戻っていく。

「作り直すには材料が足りないな……トト、リーシャ、二人は材料を集めてきてくれ」

「うん……」

「はーいっ!」

 そう言って二人は勢いよくかけだす。その時一瞬トトと視線が合った。

「……つまんないやつ」

 ひと言、本当になんの感情も無い声音でそう呟いたトトは、リーシャと一緒に川へ飛び込んでいった。その後ろ姿を見送ったヨウの肩を、カイリがポンポンと叩く。

「ヨウ……私たちは、戻ろっか」

「……」

「ね? ほら、そろそろランタンも帰ってくるし……」

 カイリがヨウの肩に手をポンと置こうとする。しかしそれよりも早く、ヨウは勢い良く立ち上がって走り出した。

「ヨウ!?」

 背後でカイリが叫ぶが振り返らない。ダムの上まで登り、その細い道の上を全速力で走ってその場を離れていく。

 

「はっ……はっ……」

 走り出してから数分。長い長いダムの上を駆け続け、背後にカイリたちの姿が見えなくなったところでようやくヨウは足を止めた。日はすでに西に傾き始め、セピア色の川面が光を反射してキラキラと光っている。

「なにやってんだ俺は……」

 ダムの淵に座り込み、深い深いため息をつく。

 別に自分が特別だと思っていたわけではない。しかしそれでも、ここまで何もできないというのは想定外だったし、そしてあの場から逃げてしまった自分の小ささもどうしようもなく情けない。

 記憶をなくし、全く知らない世界で目覚めたときにはあんなにも冷静だったくせに、こんな妙部分でヨウは《人間》だった。

「……戻ろう。戻ってカイリたちに謝らないと」

 そもそも謝って許される種類の問題ではないことは自分でもわかっていたが、それでもなにもしないままでは心が重たいままだ。

 そう考えて膝に手をつき、ヨウは重々しく立ち上がる。

 ずるり。

「は……?」

 視界がぐるりとひっくり返る。天地が入れ替わり、上下感覚がかき混ざった。

 足を滑らせてダムから転がり落ちたのだ、というあまりに間抜けな現状を把握したのと同時、ヨウは水面へと音を立てて叩き込まれた。

「が……っ、ごぼっ!」

 落ちた場所は深く、底に足がつかずパニックになる。しばらく水面でばしゃばしゃとみっともなくもがいていたヨウだったが、しばらくしてふと視界が暗くなった。

 ——あ、これ……。

 それはヨウにとっては覚えのある体感だった。体が急に重くなり、手足がしびれ、急激に意識が遠のいていく。

 そうしてヨウは意識を失った。この世界で目覚めて、三度目のことだった。



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