リーシャとトト

「ねーねー、にーちゃんってなんでしっぽないのー? なんで手がつるつるなのー? ねーなんでー?」

「え、いや……」

「おねーちゃんやめなよ……おとうさんがあんまりはなしかけるなっていってたよ……」

「コラ! あんまりヨウにくっつかないの!」

 村から上流に一キロほど登ったダム。その上で二人の小さな女の子が待っていた。恐らく双子であろうそっくりな顔立ち、ビー玉のように丸く大きな目に、やや灰色がかった髪の色や髪紐で縛って片方にで纏めたサイドテールの髪型も全て同じだ。しかしその髪型は、おどおどした方は左、元気な方は右と対象になっている。

「ほら二人共。ちゃんとこのお兄さんに挨拶しようね」

「はーいっ! ボクはトト! こんちはーっ!」

「リ、リーシャ……」

 元気に挨拶をしたトトに続くようにビクビクしながら頭を下げるリーシャ。恐らく双子なのだろうが、ここまで性格が正反対というのも珍しい。

「ねーねー、おとうさんがいってたんだけどね? にーちゃんってわるいやつってほんとー?」

「や、やめなよおねーちゃん……食べられちゃうよ……っ」

「誰が食べるか」

 物騒な物言いをするトトに苦笑するヨウ。それを横目に見ながら、カイリが二人の頭をぽんぽんと叩く。、

「今日はヨウお兄ちゃんも一緒にお仕事だから。二人共仲良くするんだよ?」

「いいよーっ! じゃあにーちゃんにはボクがおしえてあげる!」

「わたしは、おねーちゃんとふたりがいいよ……」

「リーシャわがままいわないの! ちゃんとしっかりしなさい!」

「ふぇえ……」

 泣き出しそうになるリーシャを見て思わず笑ってしまうヨウ。こういう様子を見ていると、やはりビニティも人間もそう違わない。生きる場所が異なるだけだ。

「可愛いでしょこの二人。フィンネルさんの自慢の娘だからね」

「フィンネル? ああ、朝シロッコと一緒にいた……」

 カイリに言われてあの警戒を含んだフィンネルの表情を思い出す。敵意でこちらに接してくるシロッコとは違い、どちらかというとヨウの存在を怖がっているような素振りを見せていた。

「にしても……お父さんが言っていた、か」

 フィンネルの顔を思い出しヨウは僅かに渋面を作る。

 今朝の反応から好意的には見られていないだろうと思ってはいたが、子供にまで言い含められているというのは少しばかり悲しい。なまはげにでもなった気分だ。

 ――いや、っていうかフィンネルだけじゃないよな。俺を恐れてたのは。

「カイリ。昨日も気になってたけどこの村の皆は、なんで余所者をここまで嫌うんだ」

「え?」

 ヨウを村に住まわせるとビャクシンが宣言した時の、村人達が見せた拒絶的な反応を思い出しヨウは問いかける。それに対して一瞬驚いたあとにカイリが見せたのは、らしくもない悲しげな表情だった。

「うん……昔ちょっとね」

「……」

 その表情から察するに、ヨウが目覚めるよりずっと前になにかがあったのだろう。しかしそれを指摘することはせず、「そうか」とヨウは話を切る。

「まあそれはいい。それより俺はここでなにをすればいいんだ?」

「あ、うん。あれだよ」

 そう言ってカイリが指差したのはヨウ達が立っている場所から二十メートルほど離れた場所だった。ダムの中腹辺りにぽっかりと穴が開き、その周りを背の低いダムが囲って水の流れから守っている。

「あーボクしってる! あれってこのまえの大雨であいちゃったんだよね!」

「うん。流木がダムに突き刺さって壊れたの。私たちの今日の仕事はあれの修繕だよ」

 そう言いながらカイリは次に穴の開いた場所の上に、山と積まれた大量の枝を指差す。

「もう穴を開けた木は取り除いたし、ダムの芯は完成してるから、私たちはあれを使って穴を塞ぐの」

「……ちょっと、ダムの中を見てみてもいいか?」

「? うんいいよ」

 カイリにことわりをいれて、ヨウは修復箇所を守っている仮作りのダムに降りていく。三メートルほど背の低いそのダムの上に立つと、流木の開けた穴からダムの内部構造が見えた。

 泥と枝が混ぜ込まれた土壁と、その奥にはよく育った大樹がダムの芯となって組み込まれているのが見える。そしてそのさらに外側を幾重にも編み込まれた枝が分厚く表層を覆っていた。どうやらダムの芯の部分までは補修が終わっているようで、あと残されている作業はダムを覆う枝の枝だけである。

「このダムってねー、さんそーこーぞーなんだよっ!」

 唐突にひょこっと顔を出してきたトトが、自慢するようにそう言った。

「ああ、そうみたいだな。よく出来たダムだ」

「すっごいよね! さんそーこーぞーっ! さんそーこーぞーっ!」

「……」

 楽しそうにその言葉を連呼するトト。だが恐らく三層構造という言葉の意味は理解していない。

「こらもうトト! 分からないのにそんなに同じこと何度も言わないの!」

 そう言いながらカイリもこちらに降りてくる。その後ろに隠れるように、リーシャもおっかなびっくりついてきていた。

「えー、だってー」 

「まだトトは子供なんだからわからないでしょ? 偉そうにしないの」

 唇を尖らせてぶー垂れるトト。それを横目に見ながら、ヨウはお姉さんぶって説教するカイリに視線を移す。

「じゃあカイリ。具体的にこのダムはどういう構造なんだ?」

「……」

 何故そこで黙るのか。

「お前も知らないんじゃないか」

「だ、だって仕方ないじゃん! ダム造りのほとんどは男の人とビーク達の仕事だし! 私たちがやることは枝で一番外側を覆うだけだもん!」

「……まあ、たしかに力仕事っぽいしな」

 巨大なダムを横目に見ながらヨウは呟く。普段女子供が手伝わない場所のことを聞いて、知らないという答えになってもそれは仕方ないのかもしれない。

「いっつもこういう仕事はお兄ちゃんだったりゾボロさんだったりが中心だしね。私も手伝ってみたいんだけど、中々許してもらえないの」

「パパもぜーんぜんここのおてつだいはさせてくれないもん。ねーリーシャ?」

「え……う、うん……」

 不服そうに唇を尖らせるカイリとトトに、リーシャは遠慮がちにこくりと頷く。

「私も……まだ二回しかお手伝いしたこと、ない……」

「「……」」

 その時のカイリとトトは、幽霊でも見たような驚きの表情をしていた。

「え、嘘……私も手伝わせてもらったことないのに……?」

「えーっ! リーシャずっこい! なんでリーシャだけーっ?」

「え、えっと……」

 二人に詰め寄られておろおろしだすリーシャ。そのカイリの悲壮な表情は妙に印象的だった。

 ――けどリーシャが選ばれた理由もなんとなくわかる気もする……。

 川で生活の糧を得ているビニティにとって、ダム造りはそれこそ生命線だ。そしてそれを指揮する立場に立つ者は、きちんと冷静に頭を回して的確に周りを動かせる者でなければ務まらないだろうし、幼いながらも利発そうなリーシャは期待されているのだろう。

 そしてリーシャに比べるとカイリとトトは、そういう立ち位置で働くには少しばかり奔放であったために仕事の手伝いに呼ばれなかったのだ。

 言葉を選ばずに言うならば、頭を使う仕事をさせられないと判断されたと思われる。 

「変な気はおこさないでね……」

 その時、ヨウだけに聞こえるぐらい小さな声でぼそりとリーシャが呟いた。視線を向けるといつのまにか側に寄ってきていたリーシャが伏し目がちに、しかし親譲りの目ではっきりとした敵意をもってヨウを睨んでいる。

「おねーちゃんやカイリちゃんはだませても、わたしは油断しないから……」

「……リーシャ?」

「パパがよそものはわるものっていってた……」

 そう言ってリーシャは背中を向ける。そして、「わたしもそう思ってる……」と言い捨てて、カイリ達の方へと走っていった。

「……賢すぎるな、あれは」

 最初は臆病な女の子だと思っていたが、その実しっかり親の忠告に従い、ヨウに対しても牽制を飛ばしてきた。最初から警戒心ゼロのカイリとトトとは大違いである。

「ヨウ。そろそろ始めるよー」

「ああ、今行く」

 ダムの内側に降りていくカイリに呼ばれてヨウもそれに続く。

 カイリもトトも能天気に談笑している中、リーシャだけが警戒しきった視線をこちらに向け続けていた。


 

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