朝
勇者が目を覚ますと、ブラッドとリリーに囲まれ見下ろされていた。一瞬、思考が停止したが、同じ部屋で休んだことを思い出す。
「おはようございます」
リリーが水を持って来てくれた。勇者は礼を言って受け取る。さすがだ。こういう気の利く仲間がいないまま旅を続けていたのが自分でも信じられなかった。
「どうしたんだよ、二人して俺の寝顔なんて見て……。部屋は一つしかなかったんだから怒られても謝らないぞ」
勇者が言うとリリーが激しく首を振った。そういうことではないらしい。
「何ともない?」
ブラッドが珍しいほど大人しく声を掛けてきた。
「何とも? いや、まださすがにあちこち痛むけど、一日で全快するような構造してないからさ、俺は」
皮肉を言ったつもりだったが、二人の反応は悪かった。勇者は察しがついてしまう。
「……寝てる俺に何かしたな?」
勇者の発言に間をおかずにブラッドが「ごめんなさい」と続けた。どこだ、何をされたんだ。
「勇者、体バキバキになってたからマッサージてあげようと思って。うつ伏せにして背中を押してあげたの。そしたら、バキッて音がして勇者が叫んだと思ったら静かになったから……」
「肋骨が肺に刺さって死んでしまったのではと……」
「リリーちゃん、殺人を目の前で目撃したら流石にとめような」
「すみません、とても自信満々に始められたので心得があるのかと……」
リリーは俯いてしまう。
「まさか、脅されたのか?」
「何でそうなるのよ」
ブラッドがすかさず言葉を挟んだ。リリーに施術か殺人術かの違いがわからないわけがなかった。
「……あ、あの。私がはじめに勇者様をほぐそうとしていたんです。けど、なかなか上手くいかなくて……」
「私がお手本見せてあげるわ、バキッて感じ」
「ゴブリンの殺し方講座みたいな流れやめて」
勇者がため息をついていると、部屋に商人が現れた。
「やあ、調子はどうだ?」
「おかげさまで」
勇者がブラッドを一瞥して答えると、肘が飛んできた。戦闘狂の肘は矢のような速さで勇者の脇腹を抉った。
「元気そうでなによりだ。今日は朝から町が賑やかでね。怪物に怯えることなく朝を迎えられたのは久々だ。本当にありがとう」
「いや、そんな」
「君らができることをしてくれたんだ。これからは俺たちができることをしていくさ。だから何も気にせず世界を救いに行ってくれ」
商人は笑顔で勇者の肩を叩いた。その目は朝陽よりも強く光って見えた。新しい区切り。この港町に、朝がやってきたのだ。
「そうだ、昨日、君の仲間が矢を買ってくれたよ。お代はいいと言ったんだが聞かなくてね。……あれはかなりの手練れだ。久々に武器屋の血が滾ったよ」
「なに、ナイトはもうどこかへ行ったの?」
「ああ。ブラちゃんに伝言もある。『そのまま自由で居続けてくれ』だそうだ」
ブラッドは「そう」とだけ答えた。表情に変化はなく、なにを考えているのかはわからなかった。
「そうそう。リザードの旦那が墓地にいるから声を掛けてくれって言っていたよ」
「ありがとう」
勇者らは支度をして墓地へと向かう。
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