差し込む光
馬車を操っていたのはリザードだった。港町では勇者の知り合いの商人が再び宿を抑えてくれているらしい。
勇者たちは馬車に乗り込んだ途端に眠り込んでしまっていた。ナイトに声を掛けられ目を覚ますと既に馬車は港町だった。
「つい先日殺し合った相手と同じ馬車に乗り込み、ああも眠れるとは」
ナイトは呆れたように笑っていた。
「紳士だろ」
勇者の言葉に、ナイトは何も返さずに目を細めていた。
「起きたか。馬車では寝心地も悪い。宿で休んでくれ、話は明日にしよう。すぐそこに話した宿がある」
馬の面倒をしていたリザードが勇者に声を掛けた。ブラッドとリリーは声を掛けても目を覚まさなかった。
「そうさせてもらいます」
「なあ。ありがとう」
リザードは言った。
「町の皆には少しずつ、説明していこうと思う。姿を変えられた子達は治せるかもしれない。あいつの言う通り治せなくても、会話や意思疎通ができるようになれば話は変わってくる。すでに死んでしまった子達もいる。時間はかかるだろうが、確実に光は差してきたよ」
「俺たちも、子供を……」
勇者は言葉を途切らせた。そう、自分たちは姿を変えたとはいえ、人の子を。
「人を守るため。仕方がない。……わかってる。仕方がないだなんて言えないってことは。俺だって未だに割り切れやしない。でも、割り切る必要なんてない。それが人じゃないか」
リザードは「今は休んでくれ」と勇者の肩を優しく叩いた。
勇者はリリーを、ナイトはブラッドを抱え宿へ入っていく。宿屋の一階では多くの客が酒を楽しんでいた。例の商人もその一人だった。こちらを見つけると立ち上がり陽気な声を出した。
「ああ、おかえり!」
赤ら顔の商人はリリーやブラッドを見て察したように席に戻った。
「ゆっくり休んでくれ!」
「ありがとう」
商人が大声を出すので周りの客も、訳がわからないまま「お疲れ様!」と叫んでいた。勇者自身も疲れていたので舌打ちもせずに部屋へと向かう。
「待って。鍵が一つしかない」
勇者は大きな舌打ちを鳴らした。しかし、下に降りて文句を言う元気はなかった。ナイトは部屋を覗く。
「大きなベッドが二つありますね。大丈夫。私はここには泊まりませんよ。女性たちを並べて寝かせましょう」
「ハヤブサが居たら地獄だったな……」
どちらかが床で寝ることになっていただろう。勇者は安心してベッドに腰掛けた。
「ありがとう。そうだ、下で声を掛けてきた男がいただろ。あの人は弓矢の商人だったんだ、声を掛けて損はない」
「それはありがとうございます。ではまた会うことがあれば」
「もう行くのか?」
「ええ。ここで終わりではありませんから」
「ブラッドに挨拶しなくていいのか?」
勇者の言葉を受け、ナイトはベッドに横たわるブラッドを見つめた。
「必要ないでしょう。改まって挨拶なんてした日には、ついでに喧嘩しようと言われるかもしれません」
ナイトは目を細めて言った。
「言伝があれば」
「……そうですね。そのまま自由で居続けてくれ。と」
「それはこっちが困りそうだ」
「たしかに」
二人は笑った。前勇者が異常な領域に達してしまっているだけで、その仲間たち、ブラッドやナイトは自分たちと同じなのだと勇者は実感する。ハヤブサが気にしているドラゴンもきっと大丈夫だろう。
「……勇者を、ああ、いや、先輩勇者が、大変な目に遭っているとしたら、助けられるのは俺みたいな弱い奴じゃなくてブラッドやあんただと思う」
勇者は俯いて、本心を伝えた。自分の弱さは受け止めざるを得ない。だが、ここまで来れたことには意味があるはずだ。
「ありがとう。心に留めておきます」
勇者がその言葉に微笑み、顔を上げると、騎士は音もなく姿を消していた。
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