木こりは笑う5

「どうする?」

 勇者の問い掛けにバニーは答えなかった。目を閉じて何かを考えている。その顔はあまりにも切なく見えた。

「ねえ、折ってきていい?」

 ブラッドは右手でバニーを指差した。左手は自分の首をつついている。

「足とか腕に出来ない?」

「死なないじゃない」

 ブラッドは首を傾げた。勇者はどう答えていいかわからず、一緒に傾げておいた。

「この剣は大地の国のもので、かなり高価デス。勇者殿、粗末に扱うのは商人としていただけませんネ」

バニーは先程勇者が捨てた剣を持って微笑んだ。

「喋り方がコロコロ変わるけど、大丈夫かしら? 頭の病気じゃない?」

 ブラッドは怪訝そうに呟いた。

「余裕ぶってるんだろ。てことは、何かあるんだよ、きっと」

「マア。あるとかないとか、そういうのは教えないですケド、勝つ計算は終わらせましたヨ」

 バニーは剣を構えてブラッドに走り込んだ。身構えるブラッドに剣で斬りかかる。

「ちゃんと実践的に振り回せるのね」

 剣を避けながらブラッドは言う。しかし、避けたはずの彼女の身体に、斜めに血が走った。攻撃を受けたブラッドは後方へ吹き飛ばされる。

「ブラッド! 距離を取れ! 魔力でリーチを伸ばしてるんだ」

 勇者は叫ぶと弓を構え、バニー目掛けて矢を射る。飛んだ矢はバニーの持つ剣の間合いを遥かに超えた位置で斬り伏せられる。

「ヤアヤア。もしやと思いましたガ、やはり魔力がないようデスネ。それゆえのあの身のこなしなワケですネェ」

 バニーは頷きながら剣を振り回した。剣の二倍の位置の地面から火花が散る。

「スタミナ切れは狙えませんヨ。魔王からの魔力があれば、こんなこと息をするようなものデス」

 バニーはアハハと戯けたように笑うと、姿勢を低くしてブラッドに向き直る。

 突進する気だ。勇者がそう思った時には、バニーはブラッドに飛び掛かっていた。勇者が弓を構える時間はなかった。

 起き上がったブラッドは飛び退くのではなく、踏み込み突進した。バニーが斬りかかる前にブラッドの拳が彼女の顔面に叩き込まれる。まるで爆撃を受けたかのようにバニーは吹き飛んでいく。

「勇者、ごめん。今のが最後」

 ブラッドは弱々しく微笑むと、その場に倒れた。

「ブラッド!」

「斬られた時に魔力もらっちゃったみたい、しばらくは動けなさそう……」

 勇者はブラッドに駆け寄る。彼女は顔色が悪く、目も虚ろに見えた。

「わかった、ありがとう」

 勇者はブラッドの手を握ると、ゆっくりとそこから離れた。吹き飛ばされたバニーはふらふらと立ち上がろうとしていた。

「馬鹿女……なんで突っ込んでくるんだ……思考回路がいかれてるとしか思えない……」

 悪態をつく相手を見て勇者は舌打ちした。しぶとい。だが、ブラッドの一撃は確実に効いている。それを無駄にするわけにはいかない。

「馬鹿女はぶっ倒れたか。……なら、もう勝ったも同然」

 バニーは余裕たっぷりといった表情で勇者に歩み寄る。

「モンスターを狩るのは難しいが、狩ってしまえばその後は簡単だ。逆に人をさらうのは簡単だが、その後が難しい」

「どっちもずっとやってきたくせに何を」

「やってることは周りと一緒だ。中身が世間に認められるか否か」

 バニーは再び魔法陣を展開した。先ほどとは違うもののようで緑色に光っている。

「これは複数のモンスターが反応する場所を探知して無理やり転送する空間移動魔法。先程のようにはいかない。手を汚したくないんだ」

 バニーは片手で剣を振るった。魔力の斬撃が勇者を襲う。リーチを伸ばすだけではなく、放出もできるらしい。勇者は地面に倒れながら痛みに耐えていた。体は繋がっているが、胸が焼けるように痛かった。

「手負いの雑魚を放り込めば、私の掃除はおしまいだ。早く戻って残りの二匹の死体を品定めしなければならない」

 魔法陣は大きな音を立てて勇者と、ブラッドを飲み込んでいく。

「後でまた中を覗いてやる。アハハハ」

 バニーの笑い声を最後に、勇者の視界は別のものへと変わっていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る