思い出

「私は恥ずかしながら、この国から出たことがなかったんです。仕事が認められて、仕入れに連れて行ってもらったのがあの村なんです。港町で船に乗って、ドキドキしてました」

「何もないところだったでしょ?」

「いやそんな。たしかに木は大きくないし、人も少なかったですが、私はとても好きです」

 ライラは微笑んだ。

「何より、村の人たちが優しくて……。よそ者の私がウロウロしていても嫌な顔せずに挨拶してくれて」

 ライラの言葉に勇者は頷いた。何もない村だからこそ、閉鎖的にならないよう、明るく受け入れる。そんな村だ。父の仕事が村全体に伝わっているおかげもあるだろう。父は村の良さを外に発信する存在だった。

 手続きや商談に入る際、積荷を運び終えたライラは時間を潰すことになり、父に頼まれた勇者が案内することになった。当時の勇者としても大きな商店には興味があったので快諾したのだった。

「村を歩いて時間を潰しただけなのに、そこまでよく思ってもらえているのは嬉しいよ」

 勇者が笑顔で言うと、次はライラが頷いた。

「私にとっては何もかもが初めてだったので……とても素敵な思い出です。ずっと塞ぎ込んでたのが元気になるくらい!」

 ライラは笑った。その様子を見て、両親は目を滲ませていた。ライラは勇者とは関係のない遠い存在だからこそ、目の前の現実から少し離れることができたのだろう。家の外に出られず、すぐ側に何かを感じながら怯えていた彼女にとって、まだ明るかった綺麗な思い出が訪ねて来たのは幸運だったのかもしれない。

「また行きたいです」

「この旅が終わったらぜひ、また案内させてもらうよ。そうしたら、今度は君がこの国を案内してほしいな」

「ええ、ぜひ。……私が閉じこもっている理由を、知っているのですね?」

 ライラは穏やかな表情を浮かべたまま勇者に聞いた。両親の顔色が暗くなるのがわかる。

「詳しくはわからないよ。ただ、俺たちが追っている件に関係があるかもしれない」

 勇者は正直に答えた。ライラは少し間を空けて口を開く。

「だから、話を聞きに来たんですね」

「そう。けど、大丈夫。無理はさせたくないから。それに、君が今みたいな笑顔で外に出られるようにしてみせるから、理由を聞くのはその時でもいいよ」

 勇者は言った。これは本心だった。こちらの都合で人の心をかき回していいはずがない。こちらの歩調で話を進めるのも同様だ。勇者が世界を救うためだからと、何かを強要するのはこちらの気分が悪かった。

 しかし、ライラは首を振った。

「大丈夫です。話をさせてください、勇者さん。こんな奇跡みたいな偶然、これを逃したら私は二度と立ち上がれないと思うの。だから、私の我儘ですけど、力を貸してください」

「ああ、喜んでやらせてもらうぜ。な、勇者?」

 黙っていたのが辛かったのか、ハヤブサが勢いよく返事をした。

「私たちに任せてください」

 リリーも胸を張って答えた。ハヤブサと違い、リリーは落ち込む彼女に対して、何か声を掛けてあげたかったようだ。


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